法政大学大学院政策創造研究科は3日、シンポジウム「負の遺産観光から見る、観光の可能性」を法政大学市ケ谷キャンパスで開いた。「従来の楽しい観光から一線を画し、戦争や災害の跡などの人類の悲しみを対象とした観光」と定義づけられている「ダークツーリズム」について4人の研究者が研究発表と討論を行った。
法政大学大学院政策創造研究科の須藤廣教授は「負の遺産観光から見る観光の可能性」を発表。「観光(ツーリズム)の定義は、場所の移動を含む非(脱)日常経験。観光は消費活動であり、ダークツーリズムも現代の体験消費の一つにすぎないが、良い意味でも悪い意味でも、政治(社会運動)へ向けたプロパガンダとなる可能性を秘めている」などと述べた。
北九州市立大学の濱野健准教授は「ポリフォニックな近代表象と歴史の文化政治—北九州地域と富岡製糸場の産業遺産観光を中心に」と題して発表。「8県11市に点在する23の施設群からなる『明治日本の産業革命遺産』が7月に世界遺産登録された。重工業による日本近代化のモニュメントを世界遺産化することで近代国家の権威と正当性を示した格好だが、“小さな物語(負の側面)”が“大きな物語”へ回収、包摂されてしまった印象はぬぐえない」と話し、世界遺産登録が構造的に抱える問題点を指摘した。
獨協大学外国語学部の須永和博准教授は「スラム・ツーリズムの現状と課題—大阪釜ケ崎を事例として」の中で、釜ケ崎の町再生フォーラムが主催する「釜ケ崎のまちスタディツアー」を紹介した。ツアーは、同フォーラムのスタッフと元日雇い労働者が当事者の視点から釜ケ崎の町について語る取り組み。「釜ケ崎に行ってみて、釜ケ崎=怖い町というわけではないことが分かった。まだ解決しなければいけない問題はたくさんあるが、見えないエネルギーや生きる力にあふれた街という印象を受けた」など、参加した学生の声も披露した。
日本でのダークツーリズム研究の第一人者、追手門学院大学の井出明准教授は「ダークツーリズムの可能性—悲しみの記憶を観光資源にすることの意味」の中で、「欧州では天国と地獄、正と死などの二元論概念が浸透しているのでネガティブ情報も自然と継承されるが、日本では『負の記憶』の承継がしにくい」と日本の特殊性を指摘した。具体例として、「石見銀山では世界遺産登録前後から処刑場の表示が見当らなくなった。日本では観光地化されると負の記憶が消える」と述べ、「その結果、本質は継承されなくなる」と懸念。その上で、「ダークツーリズムの重要性は、ポジティブな記憶とネガティブな記憶の両立にある。近代化は必然的に負の記憶を含むが、この部分をわれわれは認識していない」と語り、ダークツーリズムの潜在力を示唆した。
シンポジウムの様子