【2021新春対談】隈研吾氏(建築家) × 山崎まゆみ氏(温泉エッセイスト)


新しい時代の旅館建築を考える

 温泉エッセイストの山崎まゆみ氏をコーディネーターに、各界の著名人に聞くシリーズ企画「アフターコロナ・ウィズコロナ時代の観光」。6回目は新春特別編として、日本を代表する世界的建築家の隈研吾氏に登場いただき、新時代の旅館建築をテーマに語っていただいた。

 山崎 ウィズコロナ、アフターコロナ時代の理想とする旅館のハードとはどのようなものでしょうか。隈先生に今後の方向性を伺いたいと思います。

 隈 「箱からの解放」がこれからの大きなテーマです。箱の中に人間を閉じ込めるのが今までの建築の方法で、それは一貫していました。箱の中に何もかも納める方が効率的だし、何より人が快適だった。箱の中で火をたいて、空調をしてと、ある種人工的な環境をつくることが人にとって快適であり、幸福であるという考えでした。

 それがコロナにより、完全に覆りました。

 風通しが良い箱の外で風を感じて、光を浴びてと。そういう体験が求められますし、そんな欲求に旅館も応えなければと思います。

 旅館はもともと開放的な空間でした。それなのに、いつしか西洋風の、ホテルの概念にとらわれてしまいました。自分たちのスタンスを、これから再び見直さなければと思います。

 山崎 高度成長期、旅館は宿泊も食事も土産の購買も、全て施設の中に囲い込んで、完結する仕組みを作りました。これを例えば湯治場のような空間に戻すということでしょうか。

 隈 もともと旅館は食事もお風呂も外で済ませるようなところがありましたよね。それが西洋的な概念にとらわれて、全て建物の中で完結するようになった。そこから脱却しなければと思います。

 山崎 建物の中に自然を取り込むという、隈先生のコンセプトがこれからさらに注目されそうですね。

 隈 世界に発信できるコンセプトだと思います。

 山崎 ウィズコロナ、アフターコロナ時代の理想の旅館について、具体的に思い浮かぶものはありますか。

 隈 逆に、海外の方で早く気付いているところがありますね。モルディブやボラボラ島などの熱帯リゾートで、より加速化している気がします。

 山崎 グローバルに建築を見ている隈先生から見て、日本旅館の強みとは何だと思いますか。

 隈 まず、木造であるということ。木造の持つヒューマンスケール(人間にとって適切な空間規模)。木造は柱と柱の間のスパンを大きく飛ばせないから必然的に良いヒューマンスケールができる。その部分をもっと生かせばいいですね。

 渡り廊下で冬の寒さ、夏の暑さを一瞬感じる。そういう空間を過ぎた後、室内に入ると、部屋がより快適に感じられることがあります。そういうめりはりがある空間づくりも行ってはいかがでしょうか。

 山崎 先生はすごく温泉好きで、そして野天湯がお好きなんですよね。野天湯は究極の開放的な空間ですね。

 隈 そうですね。野天湯も日本から世界に発信できる文化だと思うんです。

 単に外にあるというだけではなく、石の使い方とか、自然との関係性がほかの国のお風呂と全然違う。

 山崎 先生が全国に行かれて、すごく良かったという野天湯はどこですか。

 隈 いろいろありますが、一つは大分県の山の中腹にある「へびん湯」。浴槽の底にこけが生えてぬるぬるして、あれは外国人はびっくりすると思う。怖くて入れないかもしれない。お風呂の底でテクスチャー(質感)を感じたのは初めてでした。ほかではできない体験です。

 山崎 私もよく知っています。お湯が新鮮で良いですね。

 隈 秋田県の「鶴の湯」も、混浴なのですが、造りがよくできている。

 山崎 ほぼ開けっぴろげですが(笑い)。

 隈 お湯に入るまでのアプローチがついたてのようなものでうまく隠されている。無防備で恥ずかしいところをうまく隠すソフィスティケーション。

 山崎 昔、リクエストしたことがあります。

 隈 そうなんですか(笑い)。

 山崎 初めて行ったのが1997年なのですが、その時は混浴のお風呂がぽつんとあるだけで、脱衣所からお風呂に行くまでのアプローチが恥ずかしかったんです。お湯が濁っているので入っているときはいいのですが、アプローチが恥ずかしいと言ったら、ご主人の佐藤さんが作ってくれたんです。

 隈 あれは良くできていると感心したんですが、そうだったんですね。

 あと、気になるのは脱衣所の在り方。どこも普通で、脱衣所とお風呂が扉で仕切られていたりする。鶴の湯の内湯は脱衣所と浴場が一体になっている。空気も一体になっていて、脱衣所に入ったとたんに開放感が感じられる。

 山崎 昭和初期に日本人が作った湯小屋は、小屋の真ん中にぽつんと湯船があって、天井は木で組まれて、湯気抜きがあって、周囲に脱衣所ではなく服を入れる籠が置かれて。その姿を佐藤さんは継承しているのだと思います。

 

 隈 鹿児島県の「天空の森」も、そんな脱衣所の造りになっていますね。昔の脱衣所の在り方を現代風に表現して、よくできていると思いました。

 山崎 お風呂も脱衣所も自然を取り込む。脱衣所に入った瞬間に湯気を感じる。そんな空間は温もりを感じますよね。

 隈 湯気はいろんなものをきれいにする感じがします。籠に入れた自分の服もそんな空気にさらされて、きれいになっていく。普通の脱衣所はいろんなにおいがこもっているような、清潔ではないイメージがありますが、湯気が入ってくる脱衣所は、それが全然ない。

 山崎 今はヒートショックの問題もいわれています。脱衣所とお風呂の温度差も、これらを一体化すればなくなりますね。

■    ■

 山崎 コロナで全国の旅館が苦しんでいます。経営者など働く人に勇気の出るメッセージをお願いします。

 隈 これから必ず追い風が吹きます。今、ワーケーションがいわれていますが、体が解放される場所でなければ、やる意味はないと思います。お湯に漬かれば体が解放されます。旅館で仕事をする、旅館を自分の仕事場にする、という人がこれからかなり増えると思います。

 私も旅館で原稿を書くことがあります。リズム良く、仕事に打ち込むことができます。

 山崎 私も良いアイデアはお湯に入った後にひらめくんですよ。

 隈 そうでしょう。体だけではなく、脳も解放されるんですね。

 山崎 やはりウィズコロナ、アフターコロナ時代は、いかに解放される空間をつくるかなのでしょうね。

 隈 温泉はもともと、疫病やストレスから人々を解放するために作られたものです。これからが真価を発揮する本番だと思います。

 山崎 最後に、私は先日、女将さんをテーマにした本を出版したのですが、女将さんには隈先生のファンが多いんですよ。

 隈 そうですか。うれしいです(笑い)。

 山崎 女将さんにも何かメッセージをいただければ。

 隈 女将のような存在は世界のどこに行ってもないですよね。旅館に行って温泉で癒やされるとともに、女将という存在で癒やされる部分がかなりあると思います。こちらの体のコンディションを、ある意味お医者さん以上に分かってくれて、優しくマネジメントしてくれる。日本の温泉ファンはそんな特別な存在の女将にひかれるのでしょう。

 山崎 今のお言葉を本に書きたかったです(笑い)。

 隈 海外でホテルを手掛けたとき、一番物足りなかったのは、女将がいなかったということ。日本の女将を世界に輸出したいです(笑い)。

 

コーディネーター 山崎まゆみ氏(温泉エッセイスト)

 

隈 研吾氏(建築家)

 

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