「共有地の悲劇」という言葉がある。有限な資源を共有する者おのおのが自分の利益を最大化しようと勝手にふるまうことで、資源が荒廃・枯渇し、関係者全員の不利益になってしまうことをいう。水産資源の乱獲や環境問題で取り上げられることが多いが、観光においても十分に起こり得る話だ。
観光産業(というか全てのビジネス)において最も大切な資源は「お客さま」である。一度来訪してくださったお客さまにご満足いただき、再びお越しいただく。また、口コミで家族、友人、同僚などに良い評判を広めていただくことで、マーケティングコストを低減しつつお客さまを増やし、ファンを育て、地域のブランドを確立していくことが重要なのは言うまでもない。
しかし、観光における商品は「地域全体」であり、その構成要素は自然、温泉、観光施設、文化、歴史など多岐にわたる。お客さまの満足・不満足に影響を与えるプレーヤー(事業者やその従業員)の数も多く、地域全体のクオリティをある一定の水準に保つのは非常に難しい。景観も旅館の料理も素晴らしかったが、最後に乗ったタクシーの運転手の態度が悪かったというだけで、その旅が台無しになったというのはありがちな話だ。
ブランドとは単なる商標やマークではなく、「顧客との約束」。お客さまの期待に応え、約束を守り続けることで市場に蓄積される信用や信頼のことだ。一過性のブームではなく、継続的にお客さまを集めている地域には必ず有形・無形の約束事がある。それがその街、その地域の「らしさ」を醸し出し、地域ブランドが形成されていく。
サインや看板の統一、古くからの街並みや自然環境を保護・保全するための規制や法整備など、自治体の役割も大きい。しかし、全てを管理することは難しいし、管理することで民間の活力が削がれるという面もあるだろう。
最も管理が難しいのが観光客を迎え入れる「人の意識」だ。交流人口の増加をビジネスチャンスと捉え、一見さんを狙った顧客無視の強引な商売に走る不届き者も出るだろう。
一方で、域外からの流入者を快く思わず、せっかくお越しいただいたお客さまへの対応が不適切で、その地域のイメージを悪くしてしまう人もいる。
また、悪気はないのだが、ユーザー目線の欠如やセンスの悪さから地域に不似合いなハコモノを建てたり、おかしなビジネスを始める人を見かけることもよくある。
このような共生・共創意識の欠如したふるまいによって、多くの善良な事業者や住民が創り上げた地域ブランドが一瞬にして瓦解してしまうことだってあり得る。
顧客や市場に対するブランディング活動ももちろん大切だが、どんな観光地を目指すのか、お客さまを迎え入れる姿勢や覚悟はできているのか、といった域内の住民や事業者に向けたインナーブランディングの活動はより重要かもしれない。
「共有地」を大事に育て、守っていく意識を醸成していくのもDMOの大切な仕事だと思う。
(せとうち観光推進機構事業本部長)