企業の使命は継続 身の丈に合った経営を
――税理士の資格をお持ちと聞く。自身の旅館経営には―。
大いに生かされている。貸借対照表、損益計算書など決算書の数字をおよそ10年先まで予測できる。他の旅館に泊まったときは、その旅館の損益計算書の数字が何となくだが分かる。
経営で覚えておきたいのは減価償却と残存価格の考え。RC構造の建物は耐用年数がおよそ50年。その間、年々価値が下がってくる。築後25年で新築時の50%、30年で40%の価値しかない。
価値が下がれば売り上げが下がるのは当然だ。売り上げをある程度維持するためには、無理のない範囲で、設備のメンテナンスや時流に合った改修を進めなければならない。
しかし、何もしないで売り上げだけがどんどん上がる計算をしている人がいる。
売り上げが下がると最初に人件費を削り、次にメンテナンス費用を削るという悪いパターンに陥りやすい。
逆に、過大な設備投資をする人もいる。コンサルタントの言いなりになったり、コンサルタントを金融機関に同行させたりしている。そういう旅館が破綻をしたり、ものすごく苦しんでいる。
経営者自身が経理をしっかり勉強し、理解をする必要がある。
旅館に限らず、企業の使命は継続することだ。従業員、取引先の生活が成り立たなくなる。継続することが前提。そのためには身の丈に合った、堅実な経営をすべきだ。
――以前、年商以上の借り入れをすべきではないと講演で話をした。
今は厳しい時代となり、年商の80%が上限だ。余裕を持って経営をしなければ、今回のようなとき(新型コロナウイルス流行)に致命的になってしまう。まさに「腹八分目に病なし」だ。
――近年は天災など、旅館にとって受難続きだ。
天災、景気変動、人々の価値観の変化と、経営は山あり谷ありだ。私どもの蔵王では、近年は東日本大震災と、2度にわたる火口周辺警報発令があり、そのたびに風評被害を受けた。昨秋の台風はあまり影響がなかったが、この冬は雪不足とコロナウイルスのダブルパンチを受けている。
京セラの稲盛(和夫)さんが、危機が3年続いても大丈夫な体制を取らねばならないと著書で書いている。3年は難しいが、1年は耐えられるように、内部留保を含めて、体制をしっかりしておかねばならない。
――インバウンドについて持論がある。
のめり込むのは危険だと以前から申し上げていた。戦争、為替、流行病のリスクがあること。そして、決して人種差別ではないが、生活習慣や文化の違いから、日本人のお客さまが敬遠してしまう。
日本は人口が減り、国内旅行をする人も減るわけだから、それを埋めようとする国の基本的な方針、政策は間違っていない。ただ、あまりにものめり込み過ぎではないか。
旅館としては、一つの国に的を絞って受け入れるのは特に危険だ。今回のようなことがあったときに終わってしまう。
日本人を中心に、そのほかはこちらがコントロールできる範囲で受け入れるのがベストではないか。
――経営のポリシーをいくつか挙げると。
「継続する」「良い商品を作る」「地域に貢献する」「足るを知る」「利他の心」、そして「判断に迷ったら従業員のプラスになるか否で判断する」。
「足るを知る」とは、別の言い方をすれば身の丈を知ること。先ほど話をした設備投資などだ。「利他の心」とは社会や人様に対する目配り。経営者は道徳、倫理観を持たねばならない。
従業員については、東日本大震災のときに1人の解雇者も出さず、ワークシェアリングなどで全員雇用を継続した。これは従業員のモチベーションアップ、サービスレベルの向上につながった。取り組みは決して間違っていなかったと確信する。
(聞き手=森田淳)
伊藤 八右衛門氏(いとう・はちえもん)1948(昭和23)年山形市生まれ、72歳。慶應義塾大学経済学部卒業後、家業の近江屋旅館(現在の蔵王カンパニー)入社。86年から社長に就任し、山形市蔵王温泉で「おおみや旅館」「蔵王国際ホテル」「蔵王四季のホテル」の3軒を経営する。今年2月から専務の伊藤聖氏に社長を譲り、会長に就任。現在、蔵王温泉観光協会長、蔵王温泉旅館組合長も務める。