【日本ふるさと紀行 43】磯原(茨城県北茨城市)~童謡詩人・野口雨情のふるさと 旅行作家 中尾隆之


海青く、山緑なす、潮風香る町

 太平洋に臨む茨城の海岸線。その最北の五浦、磯原は断崖や入江、岩礁に縁取られた変化に富んだ景勝地である。その玄関口にあたる磯原駅では♪からす、なぜ啼くの……のメロディに迎えられる。駅前のからくり時計にも「七つの子」や「シャボン玉」が流れる。

 ここ磯原は大正・昭和に一世を風靡した野口雨情の生まれ故郷。線路沿いの国道を北に歩いて15分ほどに生家がある。裕福な廻船問屋だった木造2階建ての広壮な屋敷である。

 この家に生まれたのは明治15年(1882)。東京の学校に入る14歳まで暮らした。今は生家・資料館として公開。雨情の業績とともに家の没落、離婚、転職、流浪など思いのほか、貧困と苦悩を抱えた生涯であったことも知った。

 帰りしなにお会いした雨情の直孫で館長の野口不二子さんは「早稲田での坪内逍遥先生との出会いで文学に目覚め、小川未明や中山晋平、石川啄木ら多くの出会いに恵まれました。反骨精神の持ち主でもあったようです」という。

 8年前の大震災の日は外出の用事があったが、なぜか出掛ける気になれず家にいると、午後に地震と津波に襲われた。1階の床まで浸水。資料を夢中で2階へ放り上げた。

 第一波がくるぶしまで達すると、原稿をリュックに詰めて高台に逃げた。振り向くと第二波が防波堤を越えて押し寄せた。8割ほど守った資料を必死に整理して50日後に再開している。

 昔は2階から青々とした海が見えた。その横の天妃山は雨情が好んだ小山との館長の言葉に、樹木茂る弟橘媛神社の石段を上った。足下に太平洋がひらけ、浜辺や岬が見渡せ、潮の香りや波の音に包まれた。少年雨情の感性を育んだ秘密基地のように思えた。

 大北川や磯原、平潟港などゆかりの地を歩くと、「船頭小唄」や「波浮の港」など詩句が慈雨のように心にしみる。

 (旅行作家)

 ●野口雨情生家・資料館TEL0293(42)1891

 
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