持続可能な形で観光立国復活
観光庁の髙橋一郎長官は7月19日、就任後初の専門紙記者会見に臨んだ。コロナ禍を経ても、観光が持つ潜在的な発展の可能性、底力を確信しているとして、「観光産業が持続可能で力強く稼げる産業に、そしてわが国の基幹産業へと変革していけるよう全力で取り組む」と語った。観光産業が抱える生産性の低さ、人手不足などの課題の解決に注力するとともに、旅行需要の平準化、インバウンドの地方誘客などの施策を強化したい考えを示した。会見の主な内容を紹介する。
――就任の抱負は。
若干の振り返りを交えてお話ししたい。私自身は観光庁で課長職を平成25(2013)年から平成28(16)年にかけて務めていた。当時はアジアをはじめ急成長する世界経済の成長力を観光を通して日本に呼び込んでいく。全国津々浦々にインバウンド消費と交流を生み出して観光がわが国の経済の柱となって地域の誇りとなる。こういうことを実感させていただいた3年間だった。
令和元(19)年に次長として観光庁に戻り、ほどなくして新型コロナの流行によって観光もビジネスも国内外の人流が一斉に止まり、需要がカラカラに乾き、蒸発したと言われたこともあった。その結果、各地で観光に携わる方々の事業継続と雇用の維持が危ぶまれるという未曽有の危機に直面した。あの当時、何とか人の動きを生み出し、観光需要を取り戻さなければという一心だった。Go Toトラベル事業を起こして、ポストコロナを見据えた取り組みへの支援事業を起こして、観光庁を辞したところだった。
それから2年がたち、観光需要も本格的に回復しつつある。この2年間は、和田(浩一)前長官にコロナ禍からの回復と観光の再始動に向けた歩みを大きく進めていただいているので、まずは観光立国推進基本計画や「新時代のインバウンド拡大アクションプラン」など、前長官のもとに決定した観光立国の復活に向けた大きな方針をしっかりと具体的な形にできるよう、関係の皆さんと連携して取り組んでいきたい。
その際、観光庁の大きな任務の一つとしては、持続可能な形で観光立国を復活させるよう地域経済を支える皆さんをさまざまな形で応援させていただくことだと考えている。地域社会、経済に好循環を生む持続可能な観光地域づくりを全国各地で進めて成功事例を創出できるよう取り組んでいきたい。
日常を離れて知らない場所を訪れたい、あるいは、旅をして新たなものに巡り合ってみたい、という気持ちは人間の根源的な欲求であり、私は観光行政に携わった経験を通して観光の持つ揺るぎないポテンシャル、発展の可能性、底力を信じている。そのような確信のもと、全国各地で観光振興を担っておられる地域の方々、あるいは観光産業に従事される皆さまが、未来に希望を持って心豊かに一層の誇りを持って取り組みを進めていただけるように、その声に耳を傾けながら観光行政に全力を尽くしていきたい。
――人手不足やゼロゼロ融資返済などの課題を抱える観光産業に対する施策の考え方は。
観光産業は、コロナ禍による大幅な旅行需要の減少によって極めて大きな影響を受けた。増大した債務の返済に加えて、従来から指摘されていたが、収益性、生産性の低さ、人手不足、これらの構造的な課題が顕在化していると認識している。
一方で、成長戦略の柱であって、地域活性化の切り札である観光。これを支える観光産業については、今、私が申し上げたような構造的な課題を解決し、力強い稼げる産業へと変革していただかなければならない。
そのために観光庁としては、観光産業の収益性、生産性を高めるために、観光地・観光産業の再生・高付加価値化、あるいは観光DXの推進などさまざまな支援策を総合的に講じているところだが、こうした事業支援に際して賃金水準の引き上げを求めるお願いをするなど、従業員の方々の待遇向上が図られるよう取り組んでいる。こうした取り組みによって、今後、宿泊業など観光産業の人材確保のための環境の改善が進むものと期待している。
また、国内人材をしっかり確保して育成していくことが大事だが、国内人材では充足しきれない部分については、業界の皆さまとの連携のもと、特定技能制度などを通じて外国人材の活用にも取り組んでいきたい。これらの政策を通じて、大事な観光産業が持続可能で力強く稼げる産業に、そしてわが国の基幹産業へと変革していけるよう全力で取り組んでいく。
――訪日外国人旅行者の地方誘客の拡大については。
インバウンドでは、大都市だけでなく、地方への誘客が本当に大事だ。地方部における観光地や宿泊・観光施設の受け入れ環境整備、公共交通機関の利便性向上が重要な課題だ。観光庁では、宿泊施設、観光施設、公共交通機関における多言語対応、キャッシュレス決済対応、Wi―Fiの整備などの取り組みを促進しているところで今後も支援していく。
また、一部の観光地において観光需要が復活をしてにぎわいを取り戻す中で、混雑、あるいはマナーの問題という懸念が出てきている。あるいは旅行者の方々の満足度が下がっているのではないかというような懸念の声が出てきていることも承知している。旅行需要の平準化が大事な課題で、朝の観光、夜の観光などで時間をずらす、あるいは現地の混雑を見える化する、そうした取り組みを地域の皆さんに進めていただき、それを支援している。旅行会社などの皆さんとは「平日にもう一泊キャンペーン」も進めている。
そうしたことをしっかり進めるとともに、地方にダイナミックに力強く誘客していかなければならない。全国各地にインバウンドを強力に誘客する観光再始動事業や、富裕層誘客に向けた魅力向上のためのモデル事業、JNTOの地方プロモーションの集中実施など、いろいろな取り組みを進めていきたい。
髙橋 一郎氏(たかはし・いちろう)1988年4月、運輸省(現・国交省)入省。2013年7月観光庁参事官、14年4月同観光戦略課長、15年7月同総務課長、18年7月内閣官房東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局企画・推進統括官。19年7月観光庁次長。21年7月海事局長。23年7月4日付で現職。東大法卒。東京都出身。59歳。
【向野悟】