「なつかしさ・ひとなつこさ」は、サービス業にとってお客さまの心をつかむ重要なキーワードだ。大切なのは、それを具体的な形にし、お客さまが実際に見て、聞いて、触れて、味わうことのできる体験として提供することではないか。そのためにはまずスタッフみんなで集まり、この二つの言葉から連想するものを自由に出し合うことから始めてみたい。
色なら、使い込まれた家具の深い茶色。形なら、丸みを帯びた卓袱台(ちゃぶだい)、縁側の木の椅子。においなら、ご飯、畳、薪(まき)や炭を燃やしたときの煙、梅干しの香り。音なら、風鈴、屋根を打つ雨、夕方を知らせる鐘。言葉なら、「おかえりなさい」「これ、お好きでしたよね」といった、相手との距離を縮めるひと言。味なら、子どものころに食べた煮物、祖母がつくってくれたような素朴な味わい。
もちろん、昔のものを並べれば、それだけでなつかしさが生まれるわけではない。重要なのは、そこに宿や地域ならではの物語や、人のぬくもりが感じられること。
地元のおばちゃんから教わった郷土料理、その料理にまつわる思い出や地域の暮らしをスタッフが紹介する。客室やロビーには、職人がつくった木の小物や編み物、布。手に取るとその土地の風土や文化が伝わる。お見送りの時、土地の小さなお菓子を「道中で召し上がってください」と手渡すのもあり。こうした小さな工夫の積み重ねが大切だ。
ただし、人の感じ方は、世代や性別、育った環境、旅の目的によって異なる。昭和の暮らしを懐かしく感じる人もいれば、古いものよりも地元の人との気さくな会話や自然の中で過ごす時間に親しみを感じる人もいるだろう。若い世代にとっては、昔ながらの道具や料理がかえって新鮮で魅力的に映ることもある。
だからこそ、自館のお客さまは誰なのか、どのような体験を求めているのかを考え、ターゲットに合った表現を選ぶ必要がある。
加えて、ぜひ見直したいのは、パンフレットやホームページの言葉。「癒やしの宿」「温かなおもてなし」「新鮮な食材」「吟味された料理」「ゆったりとした温泉」。こうした表現は、決して間違いではないが、多くの宿が同様の言葉を使っているのも事実。
例えば、「温かなおもてなし」と書く代わりに、「夕食のあと、女将が地元の昔話をひとつお聞かせします」と伝える。「新鮮な食材」と書く代わりに、「今朝、地元の農家から届いた野菜を、昔ながらの煮物に仕立てました」と紹介する。「癒やしの宿」と書く代わりに、「縁側でお茶を飲みながら、何もしない午後をお過ごしください」と提案する。具体的な情景が浮かぶ言葉には、その宿で過ごす時間への期待を高める力がある。
広告宣伝だけでなく、建物や客室のしつらえ、料理、接客、地域とのつながりまで、一貫して「なつかしさ・ひとなつこさ」を表現できれば、それは他館には簡単にまねのできない個性となるに違いない。
お客さまに「どこも同じような宿だった」ではなく、「なぜか懐かしく、またあの人に会いに行きたくなる宿だった」と感じていただくこと。そんな宿づくりを目指して、自館ならではの「なつかしさ・ひとなつこさ」を、具体的な体験や言葉に置き換えるところから始めてみませんか。
(EHS研究所会長)




