根来氏
――(聞き手=関西支局・小林茉莉)観光業、主に宿泊業に携わる人材のリ・スキリング、リカレント教育の状況をどのように見ているか。
「今の観光業界の一番の課題は、観光に直接携わる人材の不足だ。特に宿泊業では経営人材、現場人材ともに足りていない。人材不足の要因には、拘束時間の長さや給与水準の低さといった労働環境そのものの課題がある。非正規労働者が半数以上を占めるのも宿泊業の特徴だ。非正規雇用が多いままでは産業全体の給与水準も上がらない。マルチタスク化や休暇の拡大などを進め、できる限り正社員として働ける環境を整えることが必要だ。そのためには経営改善が欠かせない」
「一方で、宿泊業の経営者には『自転車操業』のような状況で従来型の働き方を続けざるを得ない人も多い。限られた人員と時間の中で、学び直しによって自らの経営を見直したり、業務効率化を考えたり、顧客アンケートの結果を分析して改善につなげたりするところまで、なかなか手が回っていないのではないか。国として定量的に調査したわけではないが、宿泊関連の業界団体との意見交換では、経営人材が学び直す場があればありがたいという声を聞いている」
「観光庁ではこれまで、観光MBAの創設・取得推進や中核人材育成事業などを通じ、観光業界に携わる人材の学び直しを進めてきたが、課題も見えている。例えば観光MBAでは、取得者が海外に出たり、コンサルタントになったりと、観光に直接関係しない分野へ進む例も目立ち、必ずしも観光人材の拡充につながっていない。経営学について大局的には学べていても、実務家教員などによる実務に即した内容が十分でない面も、観光MBA取得後の進路のミスマッチにつながっていると捉えている」

根来氏
――学び直しを含めた、観光人材の育成・確保に関わる施策は。
「観光庁では昨年度から、地域全体で学びの場を持つ実証事業を始めた。一例だが愛媛県の道後温泉で、早稲田大学大学院の協力の下、半年間にわたり月1回程度地域の観光に携わる人たちに集まってもらい、さまざまな課題について議論した。宿泊業など観光に直接携わる人だけでなく、地元の金融機関や交通、小売業、飲食業、スナックなど接客業の人も参加した。幅広い立場の人が集まることで、地域の課題を共有するだけでなく、新たな気付きも得られたのではないかと手応えを感じている。こうした地域単位や団体、施設単位での学びの機会を増やしたいと考え、今年度は『観光地経営の高度化事業(人材育成補助金)』を実施している。専門家を招く講師料や参加料の補助などに活用でき、学びの場を創出するために使いやすい予算だ。現在、第3次公募を行っている」
「3月に閣議決定した観光立国推進基本計画では、今回初めて『観光産業の強靱化』という文言が盛り込まれた。経営力の強化やDXの推進、産業の担い手の確保などを通じ、観光産業の強靱化に取り組む方針だ。人材不足の解決に向けても、まず経営者自身が学び直し、経営を見直すことが重要だ。その結果、働きやすい環境が整い、若い人材が宿泊業に入ってくる。そうした好循環を生み出すことが理想だ」
「令和9年度予算では、『観光地・観光産業の強靱化』の一環として、観光地経営人材や宿泊人材の育成などを含む『観光地・観光産業における人材育成等推進事業』を計画している。また、7月に閣議決定された『日本成長戦略』では、戦略17分野と社会インフラ関連分野の担い手となる人材育成・確保に向けて、各分野の業所管省庁と厚生労働省、経済産業省、文部科学省が、業界団体や大学等と連携し、一気通貫でリ・スキリング支援を推進する方針が示された」
「こうした中、観光庁では宿泊分野の人材育成・確保を推進するため、文部科学省と連携しながら大学等を活用した人材育成方策を検討している」
「宿泊業では、新卒者向けにはホテルスクールや専門学校などの教育機関による人材育成の仕組みが整備されている。一方、われわれが特に力を入れたいのは、現在宿泊業に従事している方々への学びの機会の充実だ。現場で働く方々の中には、『このままではいけない』『もっと知識やスキルを身に付けたい』と感じていても、どこで何を学べばよいのか分からない、学ぶ時間を確保できないという悩みを抱えている方も少なくない。また、宿泊業の後継者層の中には、事業を継ぐこと自体に悩んでいる方もいる。そうした方たちの背中を押せる学びの場も必要だ」
「こうした現状や課題を踏まえ、今後全国の大学等の協力も得ながら、現場の課題解決に直結する実践的なリ・スキリングプログラムを開発し、そこを基盤に学び直しを進めたい。内容としては、経営改善や業務効率化などに加えて、現場が抱える課題を持ち寄り学び合うものを想定しており、より現場のニーズに合った実践的な学びを提供したい。さらに、オンライン講座も充実させるなど、宿泊業特有の『中抜け』の時間なども有効活用しながら、スキルアップできる環境を整えたい。宿泊業従事者が学び続ける仕組みを構築するため、必要な予算の確保も含め、中長期的な視野で検討をしていきたい」
――中小企業が多い宿泊業では、学び直しに伴う人的、金銭的な負担も大きい。何らかの助成を検討しているか。
「文科省とは、厚生労働省の教育訓練給付制度の対象とする方向で検討している。できる限り金銭的な負担を抑えながら学んでもらえるようにしたい」
――新たな事業では、既存の「ポストコロナ時代における観光人材育成ガイドライン」に準拠した人材育成も求めるのか。
「コロナ禍を経てインバウンドがこれだけ盛り上がる一方、観光産業の課題も先鋭化している。人材不足についてもフェーズが変わってきた。今年度からヒアリングなどを進め、来年度以降、ガイドラインを見直す必要があると考えている」
――学び直しのモチベーションとして、待遇や処遇の向上がある。観光業界では学びに見合った処遇が得られない点も、学び直しが進みにくい要因と考えるが。
「国際観光旅客税の引き上げに伴い、観光庁の予算も大幅に増額したことから、今後は人材育成・確保への支援もさらに充実させていく。地域によっては宿泊税を財源としてDMOの高度専門人材の確保に取り組んでいるところもある。補助金やその都度のプロジェクトだけではなく、安定した財源がなければ、良い人材を呼び込み、定着してもらうことは難しい面がある」
――国際観光旅客税をDMOなどの人材確保に活用する可能性は。
「直接人件費に充てられないが、DMO自体の足腰を強化することで良い成果が生まれ、より高度な人材を呼び込めるようになることを期待している」
「地域づくりではDMOが旗を振る地域もあるだろうが、次年度の新たな人材育成事業を通じ、経営を学んだ宿泊業の人たちにも期待している。学び直しによって宿泊業の経営力が高まり、地域経済に好循環をもたらすだけでなく、地域ブランド力の向上や人材の呼び込みにもつながればいい」
「今これだけ盛り上がっている観光産業だが、必ずしも『夢がある職業』とは思われていないのが現状だ。特に宿泊業は、客室単価が上がっても働く人の給料は上がらないままだ。このような産業構造を変えていかなければならない。そのためにも、経営力の向上に向け、学び直しを活用してほしい」




