「宿は地域のショーケース」 北と南の宿泊業リーダーが語る持続可能な観光の未来


 日本能率協会は10月7、8日の2日間、札幌市で「第9回観光・ホテル・外食産業展-HOKKAIDO2026-」を開いた。8日の主催者セミナー「大自然と地域を未来へ繋ぐ~持続可能な観光とこれからの宿泊経営~」には日本旅館協会会長で由布院玉の湯社長の桑野和泉氏と鶴雅ホールディングス社長の大西希氏が登壇した。九州・由布院と北海道という日本の南北それぞれを代表する宿泊業のリーダーが、地域との共生、人手不足への対応、高齢社会における旅の可能性など、観光産業が直面する課題と未来像を語り合った。

3代目社長の原点 フロントからパン屋へ

 鶴雅ホールディングスは北海道を中心に16の宿泊施設と札幌のレストランを運営する。大西氏は今年3月1日に代表取締役社長に就任したばかりの3代目だ。

 「父はカリスマ的なところがある経営者でした。そのカリスマの後を受け継ぐ経営者というのもそれだけの数いますから、たくさんの先輩たちの知見をしっかり勉強して、自分の役目を果たしていかなければならないと思っています」と大西氏は語った。

 大西氏のキャリアはホテルのフロントから始まった。その後、地域の空き店舗に目を向け、「街のためになり、住んでいる方も嬉しく、訪れるお客様の価値にもなるもの」を模索した。当時、その地域にはパン屋がなかったことから、パン屋の経営に乗り出し、職人に学びながら3年ほど社長を務めた経緯がある。

 この経験が、宿づくりと街づくりを一体として捉える現在の経営姿勢の原点だ。

大西氏

 

「住んでよし、訪れてよし」 観光立国の原点を問い直す

 桑野氏は2003年の観光立国政策の出発点として、「住んでよし、訪れてよし」というキャッチコピーを挙げた。「観光は住んでいる住民が素晴らしいと思うことが重要で、それが訪れる人たちにとっても感動につながる。住みよい街をつくることが観光にとってすごく大事だ」と述べた。

 桑野氏が拠点を置く大分県由布院温泉は、1960年代から「住んでいる人のための街づくり」を追求してきた。観光地をつくることを目標に掲げるのではなく、住民が誇りを持てる環境を整えることを最優先としてきた歴史がある。

 「自分の町の名前を誇りを持って言える、ゆふいんという町で生まれましたと言える環境づくりが、父の時代の一番のミッションでした」と桑野氏は振り返った。

 大西氏も同様の視点を共有する。北海道では長らく「北海道ブランド」だけで集客できた時代が続いたが、個人旅行客が主流となった現在は、観光地そのものの魅力を掘り起こす必要があるという認識だ。「地域に合った宿づくりを進めていくと、結局、街を魅力的にしないと宿も魅力的にはならない」と大西氏は語った。

 由布院の景観づくり――屋根のラインと山のラインを合わせるほどの細やかな配慮、色彩の統一――を高く評価し、「ずっと由布院という町を目標にしてきたのが、うちの温泉地です」と述べた。

桑野氏

 

オーバーツーリズムという現実 「住んでよし」の施策が急務

 2003年以降、観光庁の設置(2008年)を経て、インバウンド(訪日外国人)は急増した。コロナ禍を経た現在、4千万人を超える水準に達しているが、その反面、各地でオーバーツーリズムが深刻な課題となっている。

 桑野氏は「今は歩けない。歩く通りは毎日、海外の人たちがあふれるばかりに来る。でも、そういう人たちが増えると、住んでよしという環境にはなりにくい」と現状を語った。

 そのうえで「今、私たちがすべきことは住んでよしの施策をどれだけやれるかだ」と強調した。働きたくなる街づくりが人材確保につながり、それが観光産業の持続性を支えるという構図だ。「働く人が選んでくれない街には人手不足という問題がある。日本全体の中でも、特に観光産業、特に地方は労働力確保が難しい局面にある」と桑野氏は指摘した。

 北海道ではインバウンド価格高騰の影響が出る中でも、道民が宿泊しやすい環境を守るため、業界をあげて道民向けの施策を実施してきた。桑野氏はこの取り組みを「地元の人が泊まれることが何よりも大事だ」と評価し、九州でも同様の取り組みを導入していることを明かした。コロナ禍に根付いたマイクロツーリズム(近距離旅行)の重要性も改めて確認。「近くの皆さんが旅できるというのが基本だ」と述べた。

 

宿は地域のショーケース

 対談で繰り返し強調されたのが、「宿は地域のショーケース」という考え方だ。

 桑野氏は「宿が全部を囲っていた時代があった。旅館や施設に行けばその地域が全部分かったつもりになれるという時代が長くあった」と振り返りつつ、現代においては「宿だけでなく地域とのつながりが重要で、地域の人たちとの触れ合いが旅の感動をより深めてくれる」と語った。宿で味わった感動が地域との触れ合いによってさらに増幅し、「来てよかった」と思えるような体験につながる。

 大西氏の経営する施設について、桑野氏は「その土地というものをすごく感じることができる。地域のいろんなものを全部ショーケースに載せているその代表が鶴雅さんだ」と評価した。

 大西氏は今後の方針として、地域の文化、自然、食、音楽などをホテルのデザインや料理の表現に取り込むことに加え、「新たなローカル文化をつくることにも挑戦したい」と述べた。ある湖畔の施設では地元のオーケストラを招いたコンサートイベントを開催するなど、すでに実践を始めている。

 出店先の選定については「観光はリッチ(立地)がすごく大事だ」として、ポテンシャルのある地域を見極めることを基本方針としている。これまでリノベーションを中心に施設を展開してきており、「前のオーナー様や歴史を受け継ぐことで、地域の人たちにとって大切な宿の存在意義をつなぐことができる」と語った。

 観光は単なる人の流れではなく、交流人口から関係人口を創出する入口であるという認識も両氏で共有された。「観光は現象を見るだけではなく、本質をふまえて考えていくことが持続できる地域のあり方につながる」と桑野氏は述べた。

 

10年後に26%不足 おもてなしの構造改革へ

 宿泊業が直面するもう一つの大きな課題が人手不足だ。

 大西氏は国際的な調査を引用し、「2035年までに世界で生まれる雇用の3分の1は看護・サービス関係になる可能性があると指摘されている。中国やインドでも観光人材が不足すると言われており、日本では10年後におよそ26%の観光人材が不足するという試算が出ている」と説明した。

 「今の4分の3の人員で、わざわざ来ていただける宿づくりと地域づくりをしていかなければならない」というのが大西氏の現状認識だ。

 そのための具体的な取り組みが「おもてなしの見直し」だ。「かつては接客回数とお客様満足度が比例していた。ある施設では1日10回部屋に入れと指導していたし、当社でも1日4~5回、お茶や浴衣、おまんじゅうを持って部屋に伺っていた。それが最上のおもてなしと評価されていた」と大西氏は述べた。

 しかし現在は事情が異なる。「今の日本の若いお客様に同じことをすれば、うざいと言われる。海外のお客様からも、もう少し違うもてなし方が求められている」と大西氏は指摘。顧客の多様化に対応した新しいおもてなしのかたちを、今後2年ほどで構造的に見直す方針を示した。

 リゾート地ならではの人材定着の難しさも課題として挙げた。「札幌の若者がリゾート地に来ると、最初は業界に夢を抱いて来るが、プライベートと仕事の境目が分からなくなってしまう。そのため定着しにくいケースが多い」と大西氏は語った。

 この課題を受け、社員のライフスタイルやキャリア形成を企業として支援する方針を打ち出している。社長就任後には全施設を直接訪問し、経営方針や福利厚生の考え方を伝えながら回った。その過程で約100件の社員意見を収集。「みんな仕事を頑張ってくれているが、その分つまずくものもたくさんある。その声に応えたい」と大西氏は強調した。

 

旅をあきらめない 高齢者・病気の方も泊まれる宿

 桑野氏が現在力を入れているのが、高齢化社会における「旅をあきらめない」環境づくりだ。

 「日本は高齢化社会だ。ご病気の方も前向きに旅ができるようになってきたが、なかなか旅に出られない現実がある」と桑野氏は語った。コロナ禍に人々が最も求めたのは「旅に出ること」「宿に泊まること」「温泉に入ること」だったとし、だからこそ人生において旅と宿が持つ意味は大きいと強調した。

 そこで桑野氏が大分県で取り組んでいるのが、新湯治温泉宿「STAY玉の湯」という施設の運営だ。1週間単位での療養・滞在が可能で、必要に応じて医療・看護・介護のサービスを受けられる。病院や施設ではないため、ワーケーションで訪れる若者や一人旅の男性も受け入れる。多様な利用者が共存する宿として2年前に開業した。

 「実はあまり順調ではない。お客様が来ない。旅をするにあたって、病気の方やご高齢の方は躊躇してしまうようだ」と現状を明かしたうえで、「市場というのはなかなかできにくいが、まず事例をつくることが市場形成につながる。病気になっても高齢になっても家族とともに旅を楽しめる環境をつくることが、日本が世界から尊敬される国になることにつながる」と述べた。

 「北から南まで、ご病気の方もご高齢の方も何度でも泊まっていただける環境が増えていくと思う。そのためにも私は一歩踏み出した。この事業を成功させなければならない」と桑野氏は強調した。

 大西氏もこの取り組みに共鳴し、「国内マーケットが縮小していく中でも国内のお客様は大切だ。お客様に1泊、2泊、3泊とその地域で長く過ごしていただくことが一つの答えだ。医療の話もそうだし、持続可能な観光とはそういうことも含めて一緒に考えていくことだ」と述べた。

 

北と南が連携 観光立国を共に牽引

 セミナーの締めくくりで、桑野氏は北海道と九州の連携の意義を改めて強調した。「北海道と九州は首都圏から離れているからこそ、共通の課題がたくさんある。大自然や地域を大切にするという点でも、北と南はよく分かり合える。日本の観光は北と南から一緒に頑張っていこう」と述べた。

 両氏は今後も定期的に情報交換を行い、観光立国としての課題解決に連携して取り組んでいく方針を確認。次回の対談では今回議論した施策の進捗を報告し合うことも確認された。

 宿泊業が単なる滞在場所を提供するのではなく、地域社会の持続可能性を支える重要なインフラであるという共通認識のもと、セミナーは幕を閉じた。

 「第9回観光・ホテル・外食産業展-HOKKAIDO2026-」は、宿泊・外食業界の経営者から現場担当者、商社・卸・メーカーを対象とした北海道最大級のサービス産業商談専門展示会。「人手不足対策」「生産性向上」「付加価値向上」を主要テーマに、約100社が展示に参加した。会期は2日間で、セミナーはいずれも事前登録制・聴講無料で実施された。主催は一般社団法人日本能率協会。後援には経済産業省北海道経済産業局、国土交通省北海道運輸局、札幌市、北海道経済連合会など多数が名を連ねた。

【kankokeizai.com 編集長 江口英一】

 
 

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