「コスパの先に未来はない」 雪国観光圏・井口氏、ローカルガストロノミーで地域文化の産業化を訴え


 日本能率協会が10月7、8日の2日間、札幌市で開いた「第9回観光・ホテル・外食産業展-HOKKAIDO2026-」で、7日の主催者セミナー「ローカルガストロノミーと地域の未来」に雪国観光圏代表理事の井口智裕氏が登壇。とかちパンの会代表で満寿屋商店代表取締役社長の杉山雅則氏とともに地域文化などについて語った。モデレーターは、はまなす財団参事の根津薫氏が務めた。

 同セミナーは10月7日、アクセスサッポロ(札幌市白石区)で13時30分から開催。「ローカルガストロノミー」をテーマに、地域の歴史・文化を食を通じて体験する取り組みが地域価値の向上や持続可能性にどう貢献するかを掘り下げた内容となった。

「雪国文化」は造語 18年かけて地域ブランドに育てた

 井口氏は、自身が新潟県湯沢町と南魚沼市で旅館を経営する実業家であることを前提に、18年間にわたって取り組んできた「雪国観光圏」の活動を紹介した。

 雪国観光圏は、新潟県の湯沢町・南魚沼市・魚沼市・津南町と、群馬県みなかみ町、長野県栄村の3県7市町村が連携する広域観光振興の枠組みだ。

 「各市町村をそれぞれ宣伝するのではなく、そこに共通する概念として雪国文化というものがあることによって、スキーと米作りが同じ文脈になる」と井口氏。

 スキーと織物の文化、縄文の土偶といった一見バラバラな地域資源を「雪国文化」という一本の軸でつなぎ、地域全体を一つのストーリーとして提示する手法を取ってきた。

 注目されるのは、「雪国文化」という言葉そのものが造語である点だ。井口氏は「『雪国文化』という言葉は、雪国観光圏内の学芸員の方々によって構成された雪国文化ワーキンググループの議論によって誕生した言葉です」と明言。それがいまや新潟県の観光プロモーションの基本コンセプトに組み込まれ、旅行ガイド「地球の歩き方」にも掲載されるまでに至った。

 「メディアの方々がこれをちゃんと文字として表現するということが一番。広がった実感はありますよね」と18年の歳月が生んだ変化を語った。

 雪国文化の根拠は深い。「8000年前の縄文から続く雪で育まれた地形」をベースに、積雪地特有の暮らしの知恵や食文化、産業を一つの文脈として整理した。

 「文化ってそんなに難しい話じゃない。普段食べているものとか、普段暮らしの中で大事にしている考え方とかそういったものがちょっと分野でつながることで、この地域らしい文化があるよねっていうことをきちんと観光的に定義し、事業に活かす」

 

ハワイに学ぶ「文脈の力」 コンテンツより文脈

 井口氏が観光の本質として強調したのが、個別のコンテンツではなく「文脈」の重要性だ。

 ハワイを例に挙げ、「ビーチも、ロコモコも、フラダンスも、世界中どこでもある。でも、これらのつながりの中から文化を感じて旅に行く。別に海があるからハワイに来るわけじゃない。料理が素晴らしいから来るわけじゃない」と指摘。日本の観光にはこの視点が根本的に欠けているとした。

 観光の目的地として広く知られるスペイン・サン・セバスチャンについても言及。「美食の街といっても、旅行者が毎日ミシュランのレストランで食べるわけではない。ワイナリーや料理教室など、食に付随する様々な体験やストーリーがあるから魅力的なのだ」と述べた。

 このサン・セバスチャンの事例が、自らの旅館経営に直接的なヒントをもたらした。

 「サン・セバスチャンのホテル・マリア・クリスティーナという超一流ホテルの地下1階に、ミシュランのシェフが教えるタパス料理の料理教室がある。5時間のアクティビティが4万2000円。単に食を提供する、作り方を教えるだけなのに、きちんとした環境でちゃんと有名なシェフが丁寧に教えることで料理教室が4万2000円になる。これがまさにガストロノミーの可能性だと思った」

 この体験をもとに、自らの旅館「龍言」の玄関に土間を設け、地元の母親たちが郷土料理を伝える体験プログラムを導入。料金は5000円程度とした。「さすがに4万2000円はとれなかった」と笑いつつも、1時間半の調理体験を旅館滞在の核に据えた。

 

あえて除雪しない玄関 「タブー」で文化を体感させるryugon

 2019年、新潟県南魚沼市の古民家ホテル「ryugon」の大規模リノベーションを機に、雪国文化のコンセプトをハード面でも徹底した。

 古民家の意匠を生かしながら、「雪をイメージしたカード」「木材の木目をあえて露出させた内装」、そして「あえて除雪をしない玄関」を導入した。

 「旅館としてタブーだろというところをやることで、お客様が逆にすごいねと言ってくれる。写真もたくさんお撮りになる」

 この体験が口コミやSNSで広がり、「雪国文化って、ああいうことか」と地域の飲食店や旅館が言葉にし始めるきっかけになったという。

 体験型コンテンツの設計にも工夫を凝らす。支配人の小野塚氏を中心に、山菜狩り・きのこ狩りを行い、キッチン付き客室でシェフとともに山菜料理を作って食べるアクティビティを展開。レストランでは料理提供前にシェフとの交流の場「キッチンサウンド」を設け、出汁の取り方や珍しいきのこについて解説を行う。

 さらに、田んぼの風景を巡る自転車ツアーに、かまどでのご飯炊きとおにぎり作り体験を組み合わせた。「魚沼らしい風景の中で自分でおにぎりを作って自転車に乗る。こういったことがコンテンツを一つのストーリーとしてつないだ例だ」と説明した。

 

地域全体の食を広げる シェアキッチンで起業家を育てる

 旅館単体の繁盛にとどまらない取り組みも始めている。2年前には新規起業を目指す料理人向けのシェアキッチンを開設。「起業家を目指すような料理人たちがどんどんうちでトライをして、どんどん起業してもらいたい」と語った。

 地域の食の裾野を広げるという発想だ。「単に旅館が流行ればいいというのではなく、実際に地域全体の食を広げていこう」。

 行政や既存の観光協会への依存を排し、民間主導で地域全体をコーディネートする必要性についても強く主張した。

 「観光客から見たら市町村とか県の区切りなんて関係ない。エリアをどう捉えるかが大事で、その中でお客様が来たくなるようなデスティネーションのブランディングを作るという役割は、誰もやっていない。行政の人もやらないし、やれない。民間の人は自分の事業しかしない」

DMO(観光地域づくり法人)についても「行政の下請けでしかやっているところが多く、自分たちの意思と権限がない」と現状を指摘した。

 

「商売で結果を出して初めて信頼される」 地域リーダーの条件

 18年間の継続を支えてきた原動力として、井口氏はフラストレーションを挙げた。

 「地元の子どもたちは雪国が嫌だと言って東京などへ行ってしまう。でも、縄文以来ずっと雪の中で生きてきた先祖の知恵はすごい。そういうことを知らずに去ってしまうのが悔しい」

 周囲の理解を得ようとしても、最初はなかなか伝わらなかったという。「分からない人には絶対に分からないと思った。その人たちに伝えるためには、自分で圧倒的に商売を成功させればいいと気づいた」。

 地域リーダーとして実践から学んだ原則がある。「どんなにきれいごとを言っても、どんなに会議で偉そうにしても何の権限もない。商売でしっかりと事業で儲けて、喜ばれて初めて人が信じてくれる」。

 世界を見ることの重要性も力説した。「観光に携わるなら、自分自身が観光しなければいけない。世界を何度も見ると悔しさが出てくる。なぜ自分たちの地域はこうなっていないのか、どうすれば勝てるかを真剣に考えるようになる」。

 

十勝をパン王国に 地域資源100%で挑む杉山氏

 杉山氏は、十勝に7店舗を展開するパン屋「満寿屋商店」の経営と、地域振興活動を紹介した。

 最大の特徴は、全店全商品を十勝産小麦100%で製造していること。「同業種の中で、その拠点がある地域の小麦だけを使って全ての商品を作っているのは、日本では満寿屋商店が1社だけだ」と説明した。

 アンドーナツ1個を見ても、小麦・砂糖(ビート)・卵・酵母・小豆・蜜のすべてが北海道十勝産で、「北海道十勝産の食材を8割以上使って作れるという幸せな環境の中でパンを作っている」と語った。

 経営ビジョンは「2030年、十勝がパン王国になる」。2010年から掲げるこのビジョンの実現に向け、今年春には敷地面積3.3ヘクタール、1万坪を超える巨大な敷地にベーカリーを開設。敷地内には水車で粉を引く設備や馬牧場を設け、「馬の存在が地域の食をより高めていく」という資源循環の仕組みを構築した。

 馬の堆肥は良質なマッシュルームや小麦の生産につながり、それがパンへと還っていく。帯広競馬場の800頭以上の馬を地域の食の向上に位置づけた取り組みだ。

 農家との関係構築にも独自の手法がある。農家から受け取った新品種の小麦の粒を製粉し、3日後にパンにして農家に届ける。「農家さんが、20年以上小麦を作ってきたけど今日初めて自分の小麦の味を知ったと言う。十勝の農業は規模が大きすぎて、自分たちで食べる機会もないままに全国に流通していく。パン作りに農家を巻き込むことで農家が自信を持ち、それが地域の食のレベルをグッと上げることにつながる」と説明した。

 食育活動にも力を注ぐ。移動式石窯を積んだ車で小学校や幼稚園などを訪問し、ピザ作り体験や十勝の食料生産の価値を伝える授業を行ってきた。10月6日時点でその開催回数は960回。「1000回を目指している」と語った。

 十勝の食料自給率についての数字も共有された。日本の食料自給率37%のうち、3.5ポイントを十勝1地域が担う。「農家1軒あたりで、日本人700人が1年間食べる食料を生産している」という規模感だ。

 食育の継続がもたらした変化も現れ始めている。「ここ3年間くらいに入ってくる新入社員はほぼ全員、食育を体験した方々。食育を企画した先生が、かつて子どもとして体験した当事者だったこともある」と語った。

 「十勝で生まれたら自動的にパンが作れるようになる。そんなレベルになるくらいの食育の地域になっていくことがいい」というのが杉山氏の目指す姿だ。

「良いものを大切に」 コスパ競争との決別

 セミナー終盤、井口氏は参加者へのメッセージとして食と地方の未来について核心を突いた言葉を残した。

 「日本人の食って、コンビニの弁当みたいに大量に作って大量に消費して、コスパよく。でも、コスパの先に僕らの未来はない。観光も地方もコスパで来たら絶対に負ける。良いものを大切にしよう。もっと丁寧に消費することをみんなが意識すると、それが結果的にローカルガストロノミーにつながってくる」

 時間の使い方についても提言。「一口ずつご飯をゆっくり食べて漬物を乗せて味わうだけで全然味が違う。それを作った農家のことを少し思ってから食べれば全然味が違う。もっと時間の使い方を丁寧に過ごすことが、地方というものの継続する力だ」。

 杉山氏も「地域の未来の食文化は今の地元の子どもたちの笑顔の中にある。食べておいしかったものを誰かに語ったり、また自分で作ったり、そういうことを積み重ねて食文化はできあがっていく」と締めくくった。

 雪国観光圏の18年と、十勝でパン王国を目指す挑戦。両者に共通するのは、地域の価値を地元の人間が再認識し、誇りを持つことから始めるという姿勢だ。民間が主導し、商売として結果を出しながら、地域の文脈を丁寧に編み上げていく。その長い営みこそが、ローカルガストロノミーの実態だといえる。

 「第9回観光・ホテル・外食産業展-HOKKAIDO2026-」は日本能率協会が主催し、経済産業省北海道経済産業局、国土交通省北海道運輸局、北海道、札幌市、札幌商工会議所などが後援した。会期は10月7、8日の2日間、アクセスサッポロで、入場無料で開催された。

【kankokeizai.com 編集長 江口英一】

 

 
 

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