Booking.com(ブッキング・ドットコム)は9月15日、東京・高輪ゲートウェイコンベンションセンターで「Booking.com Innovation Summit Japan 2026」を開催した。全4セッションで構成されたこのイベントのうち、セッション3「フィンテックによる地域観光の活性化」では、訪日インバウンド需要の拡大を見据え、決済インフラの整備が地域経済にもたらす具体的な効果が議論された。
登壇したのは、Booking.comで決済・フィンテック領域を統括するラジブ・アパナ バイス・プレジデント(VP Payments, Fintech)と、ホスピタリティテック企業SQUEEZE Inc.の執行役員CMO・渡部謙太郎氏。モデレーターはBooking.comグローバルコミュニケーション日本担当の大畑智美氏が務めた。

左から、Booking.comグローバルコミュニケーション日本担当の大畑智美氏、Booking.comで決済・フィンテック領域を統括するラジブ・アパナ バイス・プレジデント(VP Payments, Fintech)、ホスピタリティテック企業SQUEEZE Inc.の執行役員CMO・渡部謙太郎氏
「フィンテックは競争力か」——登壇者2人が即答
冒頭、大畑氏はシンプルな問いを投げかけた。「フィンテックは競争力になるのか。イエスかノーでお答えください」。
アパナ氏は「もちろんイエスです」と即答し、次のように語った。「日本に来る旅行者は、お金を払いたくて来るわけではありません。文化を楽しみ、食を体験したい。フィンテックはそれを実現するものです。6000万人という訪日旅行者数の目標を達成するためには、日本全国でフィンテックが重要な役割を果たします」。
渡部氏も同じく「イエス」と答え、JNTOのデータを引きながら状況を説明した。「東アジアや欧米など、訪日客の多い国々では、日本よりキャッシュレスが進んでいるケースも少なくありません。東京はキャッシュレスが進んでいるので、現金を持たずに来る旅行者もいます。全国でキャッシュレスが進むことが、消費拡大のきっかけになる」と述べた。
ラジブ氏が明かすBooking.comの決済戦略 ——50種類・30通貨、毎月1つ追加

ラジブ・アパナ氏は、Booking.comが旅行者と宿泊施設パートナーの双方に提供する決済の仕組みについて、具体的な数字を交えて説明した。
「私たちが提供しているのは、世界中の顧客が使い慣れた決済手段で予約・滞在・支払いを完結できる環境です。現在、50種類程度の決済手段と30の通貨に対応しており、毎月平均して1つの新しい決済手段を追加しています」。
対応範囲はPayPayなどの日本固有の決済サービスにとどまらず、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、北米、アジアの各地域の決済手段をカバーしているという。また、30の通貨での現地通貨決済に対応することで、旅行者が為替変動や銀行手数料の負担を抑えられる点も強調した。
アパナ氏は自身の体験も交えてこう説明した。「昨日、日本のパン屋で間違えてオランダのカードを使ったら、500円の支払いに4ドルの手数料を取られました。こうした体験を旅行者にさせないことが重要です」。
クレジットカードを持たない旅行者に対しても、「今経験して、後で支払う」という後払いのローンオプションを提供していると説明。多様な旅行者の経済的背景に対応する柔軟な仕組みとして位置づけている。
パートナー(宿泊施設)に対しては、料金設定の自由度、返金ポリシーの選択、事前決済か現地払いかの選択肢を提供し、「それぞれのビジネスの目標に合わせて決済の仕組みを選んでもらえるようにしている」と述べた。
事前決済でキャンセル率が低下 ——季節性ビジネスへの大きな効果
アパナ氏が特に強調したのが、事前決済によるキャンセル率の低下だ。
「Booking.comの決済を使って予約いただいた場合、キャンセル率が35%低下します。なぜこれが重要かというと、旅行は本質的に季節性のあるビジネスです。誰かが部屋を予約していても、支払いが済んでいなければ、その部屋は実質的に空いたままになってしまう。繁忙期に予約が入っているように見えて取れないという問題が起こります。事前決済はこれを防ぎ、パートナーにとってポジティブな収益効果をもたらします」と語った。
AI時代の偽造対策——機械学習エンジニア50人超が専従
決済のデジタル化が進む一方で、AIを悪用した偽造・不正取引のリスクも増大している。アパナ氏はこの点についても踏み込んで話した。
「AIは偽造も生み出します。偽のウェブサイト、偽のクレジットカード——こうしたものをAIが作り、売るようになっています。私たちは機械学習エンジニアを含む専門チームを配置し、こうした偽造を防ぐアルゴリズムを開発し続けています。偽造対策のアルゴリズムだけで、現在50人以上が専従しています」。
この取り組みにより、パートナーが不正取引の影響を受けないよう保護する体制を構築しているという。
SQUEEZEが示すキャッシュレス導入の実証例

渡部氏は、自社が運営する施設での具体的な事例を紹介した。
SQUEEZE Inc.は、「空間と時間の可能性を広げるプラットフォーム」をテーマに12年間、AIを軸にホテル運営とDX支援に取り組んでいる。国内で40以上のホテルアパートメント施設を「Minn」の名称で運営し、北海道・エスコンフィールド内の日本初のスタジアムホテルと温泉サウナの運営も手がける。
「私たちのホテルは、国内向けも外国人向けも、すべて事前決済のみで運営しており、現地での現金取り扱いは一切ありません。他の施設と比べても高いパフォーマンスが出せています」と渡部氏は述べた。
エスコンフィールドのホテルについては、スタジアム全体を最初からキャッシュレスで設計していることを紹介した。「売店もレストランもホテルも、試合中のビールの売り子さんも完全キャッシュレスです。お釣りを渡す必要がないので決済が速く、お金に触れた手でビールを扱う必要もないので衛生面でも優れている。スピードも満足度も高い売上を実現していることが、北海道で実証されています」。
「現金をなくすと売上が下がるのでは」という懸念については、地方のホテルチェーンへの提案で得た知見として、「実際に試してみたところ、全く売上が下がらなかった」という事例があることを明かした。国内の利用者はほぼPayPayかクレジットカードで支払っており、海外の旅行者も同様に問題はないという。
宿泊税の徴収、お土産販売——キャッシュレスが広げる収益機会
渡部氏はさらに、キャッシュレス化が単なるコスト削減にとどまらず、収益機会の拡大につながる点を3つの観点から説明した。
1点目は事前決済によるキャンセル・ノーショウ(無断キャンセル)の抑止。2点目は宿泊税の徴収。「宿泊税を現地でカード決済によって徴収することで、回収の精緻化と確実性が高まります。宿泊施設にとっては、税金分をきちんと別途いただける形が確保できる」と述べた。
3点目は無人コンビニ形式のPOS(物販)だ。「ホテルのフロント前に広いオープンスペースを設けてお土産コーナーを置き、決済はすべてオンラインのクレジットカード等で行っています。フロントスタッフが決済対応に時間を取られることなく、地域の名産品の高い売上を実現できています。ホテルをメディアとして地域の魅力を発信できる」と語った。
人的サービスとデジタル化の関係については、「接客を否定するものではありません。決済を分離することで、スタッフはホスピタリティに専念できる。回転率の向上にもつながる」と位置づけを整理した。
AIとフィンテックの融合——アパナ氏が語る「三方良し」の未来像
セッション後半では、AIとフィンテックの融合によって観光業界がどう変わるかについて議論が深まった。
アパナ氏は、Booking.comが新たに展開するツール群を紹介した。「決済後に予約がどれだけ増えたかを分析・提供するツール、料金・コミッション・調整内容をパートナーに可視化するツール、カスタマーサービスへの電話なしに顧客対応を自動化するAIアシスタント——こうした機能を順次追加しています」。
さらに踏み込んで、AIがレビューを分析し、宿泊施設の課題を特定して融資提案につなげる仕組みも紹介した。「例えば、レビューが低下してきたとします。AIが分析して『ベッドの寝心地が悪いらしい』と課題を特定する。20室分のベッドを一度に替えるのは難しい。従来なら銀行に融資を申請するという流れですが、私たちはそこに介在できます。『レビューが落ちていますよ、原因はベッドのようです、こういうローンがありますよ』とBooking.comから融資の提案ができる。これが財務面でパートナーを支援する一例です」。
アパナ氏は最後に、Booking.comのフィンテック・決済の目的をこう総括した。「旅行者には、いつ・どのように支払うかの柔軟性を提供する。パートナーには、いつ・どのように収益を得られるかの確定性を提供する。この二つが私たちの目指すことです」。
渡部氏が描く「WITH AI」の経営像——価格設定エネルギーが10分の1に
渡部氏はSQUEEZEが実践するAI活用の具体例を紹介した。
人材不足という業界課題への対策として同社が導入しているのが、レセプション業務のセントラル化と多言語AI対応だ。「英語・中国語・日本語で24時間対応できる遠隔センターを運営しています。フロントスタッフが英語に堪能でなくても、センター側が予約情報を見ながら『タオルをお持ちします』といった対応ができます。電話にはAIが一次対応する形にすることで、人はそれ以外のことに時間を使えるようになります」。
レベニューマネジメント(収益管理)においては、AIを活用したデータ分析と提案の仕組みを導入した結果、「価格を変えるためのエネルギーが、この数ヶ月でおよそ10分の1に削減された」と述べた。
「人は価格以外のところ——どんなプランを作るか、SNSをどう運営するか——に力を注げるようになる。現地のスタッフはよりホスピタリティに時間を使える。AIと人の価値をきちんと最大化することが大事です」と強調した。
AIの今後について渡部氏は、外国語でのおもてなしを例に挙げた。「英語が話せないスタッフが外国のゲストを接客する場面で、AIが自動で対話する時代になれば、AIの方がおもてなしの力が上がる領域が出てくる。何十年に一度の変革期です。AIを恐れるのではなく、楽しむ側に回っていくことが大切だ」と訴えた。
東北のホテルを訪問した際に、スタッフがダッシュボードを自作し、ロボット掃除機を導入するなどDXを積極的に進めているホテルに出会った経験も紹介した。「好奇心を持って試すことがまず大事。AIは提案をたくさん出してくれるが、それを実行に移すのは人の意思です」とまとめた。
イベント全体像——創業30周年の節目に開催、グローバル役員が来日
「Booking.com Innovation Summit Japan 2026」は、Booking.comが創業30周年の節目を迎えるにあたり、旅行の未来と日本の観光の未来を共創する場として開催した。正式名称は「Booking.com Innovation Summit Japan 2026: The Next Horizon 30年にわたるつながり、イノベーション、そして発見」。株式会社三菱総合研究所(MRI)との共催。
会場は東京都港区の高輪ゲートウェイコンベンションセンター(THE LINKPILLAR 1 SOUTH 6F)。2026年9月15日(火)15時から18時30分まで開催され、18時からの懇親会も実施された。
Booking.com側からは、シニア・バイス・プレジデント兼最高事業責任者のJames Waters氏、宿泊事業担当シニア・バイス・プレジデントのMatthias Schmid氏、決済担当バイス・プレジデントのRajiv Appana氏、バイスプレジデント セキュリティ最高責任者のMarnie Wilking氏、アジア太平洋地域担当マネージング・ディレクターのLaura Houldsworth氏、Booking.com日本代表のLuiz Rodrigues氏が来日・登壇した。
ゲスト登壇者として参加したのは、三菱総合研究所の比屋根一雄氏(研究理事 AI技術顧問)、宮崎俊哉氏(観光立国実現支援チームリーダー 主席研究員)、地域観光プロデューサーの福田直子氏、南禅寺八千代代表取締役兼オーナー・京都府旅館ホテル生活衛生同業組合常務理事の中西敏之氏、欧州連合駐日代表部デジタル経済政策担当公使参事官のピーター・ファテルニグ氏、内閣官房・国家サイバー統括室国際戦略班企画官の前田京太郎氏、そしてSQUEEZE Inc.執行役員CMOの渡部謙太郎氏ら各界の専門家。
プログラムは、基調講演「Booking.comのみる日本の観光の可能性」をはじめ、「AIと旅の関係性」「フィンテックによる地域観光の活性化」「オンライン上の安全——旅行者・事業者・地域社会の安全を守る」の全4セッション構成。Fireside Chat「30年の歴史と旅行・テクノロジーの未来」も設けられた。
オープニングとクロージングはLaura Houldsworth アジア太平洋地域担当マネージング・ディレクターが務めた。
Booking.comの企業理念は「すべての人に、世界をより身近に体験できる自由を」。多種多様な宿泊施設や旅行体験、フライト、レンタカーを提供する世界最大級のデジタルトラベルプラットフォームとして、今回のイベントを通じて日本の観光業界との共創の方向性を示した。
【kankokeizai.com 編集長 江口英一】




