Booking.comシニア・バイス・プレジデント兼最高事業責任者(SVP & CBO)のジェームス・ウォーターズ氏
ブッキング・ドットコムは9月15日、東京・高輪ゲートウェイコンベンションセンターで「Booking.com Innovation Summit Japan 2026」を開催した。創業30周年の節目に、同社シニア・バイス・プレジデント兼最高事業責任者(SVP & CBO)のジェームス・ウォーターズ氏が登壇。「旅行者の9割がAIを使って旅行計画を立てたいと考えているが、AIに判断を委ねたい層は12%にとどまる」と明かし、信頼性の確保こそが旅行テクノロジーの最優先課題だと強調した。

イノベーションサミットの全体像
イベントの正式名称は「Booking.com Innovation Summit Japan 2026: The Next Horizon 30年にわたるつながり、イノベーション、そして発見」。2026年9月15日(火)午後3時から午後6時30分まで、東京都港区高輪の高輪ゲートウェイコンベンションセンター(THE LINKPILLAR 1 SOUTH 6F)で開催された。
主催はブッキング・ドットコム、共催は株式会社三菱総合研究所(MRI)。「すべての人に、世界をより身近に体験できる自由を」を企業理念に掲げる同社が、旅行の未来と日本の観光の未来を共創する場として企画したものだ。
当日は、ブッキング・ドットコムのグローバル役員が複数来日。AIテクノロジー、フィンテック、サイバーセキュリティなど各領域を担うエグゼクティブリーダーが、各分野のゲスト登壇者との対話を通じて、旅行テクノロジーや安全な旅行、地域観光の発展といったテーマを取り上げた。
プログラムは午後3時のオープニングから始まり、基調講演、4つのディープダイブセッション、そしてファイアサイドチャットという構成で進行。午後6時からは懇親会も行われた。
オープニングとクロージングはブッキング・ドットコムのアジア太平洋地域担当マネージング・ディレクター、ローラ・ホールズワース氏が担当。基調講演「Booking.comのみる日本の観光の可能性」は宿泊事業担当シニア・バイス・プレジデントのマティアス・シュミット氏が行った。
4つのディープダイブセッション
4つのディープダイブセッションはそれぞれ異なるテーマを扱った。
セッション1「AIと旅の関係性」では、マティアス・シュミット氏と三菱総合研究所 研究理事・AI技術顧問の比屋根一雄氏が登壇。モデレーターはブッキング・ドットコム グローバルコミュニケーションのサイモン・クラーク氏が務めた。
セッション2「地域経済の成長―AIのもたらす次なる地域観光とは」では、日本代表のルイス・ロドリゲス氏が登壇。三菱総合研究所 観光立国実現支援チームリーダー・主席研究員の宮崎俊哉氏、地域観光プロデューサーの福田直子氏、南禅寺八千代代表取締役兼オーナー・京都府旅館 ホテル生活衛生同業組合常務理事の中西敏之氏が加わった。
セッション3「フィンテックによる地域観光の活性化」では、決済担当バイス・プレジデントのラジブ・アパナ氏と、SQUEEZE Inc. 執行役員CMOの渡部謙太郎氏が議論を展開した。
セッション4「オンライン上の安全―旅行者・事業者・地域社会の安全を守る」では、最高セキュリティ責任者のマーニー・ウィルキング氏が登壇。欧州連合駐日代表部 デジタル経済政策担当公使参事官のピーター・ファテルニグ氏、内閣官房・国家サイバー統括室 国際戦略ユニット 国際戦略班 企画官の前田京太郎氏が加わり、サイバーセキュリティの課題を論じた。
ファイアサイドチャット「30年の歴史と旅行・テクノロジーの未来」

Booking.comシニア・バイス・プレジデント兼最高事業責任者(SVP & CBO)のジェームス・ウォーターズ氏
午後4時30分からはファイアサイドチャット「30年の歴史と旅行・テクノロジーの未来」が行われた。登壇したのはジェームス・ウォーターズSVP & CBO。聞き手を務めたのは北・南アジア地区リージョナルディレクターのヌノ・ゲレイロ氏だ。
ゲレイロ氏は2007年にブッキング・ドットコムに入社。カスタマーサービス、ローカルパートナーサービス、プロダクトマーケティング、人事など、財務以外のほぼすべての業務を経験してきたという。現在はシンガポールを拠点に日本、韓国、オセアニア、インドを担当している。
チャットの冒頭でゲレイロ氏は、「約20年この会社にいて、何が最も変わったか」という問いを自ら立て、「予約のところは大きく変わった」と語った。
かつての旅行代理店は、パーソナライズ、安心感、選択肢の絞り込みという3つの機能を提供していた。それがすべてオンラインに置き換わり、今はAIがその役割を果たしているという。
「AIが代理店のように機能してくれているわけです。レビューを提供し、オンラインで安心して使える環境を整え、同じような年齢の子どもを持つ旅行者のレビューなど、AIがフィルタリングして適切なレビューを探してくれる」
変わっていない部分については「旅の仕方そのもの」だと指摘した。

Booking.com 北・南アジア地区リージョナルディレクターのヌノ・ゲレイロ氏
「AIは旅のストレスを取り除く」 ただし信頼が前提
ウォーターズ氏はAIの潜在的な価値について「AIは旅のストレスを取り除いてくれる。ただし、信頼できるコンテンツがあってからこその話だ」と述べた。
具体的な数字も示された。旅行者の9割がAIを旅行計画に活用したいと考えている一方で、AIに判断を委ねたいと答えた層は12%にとどまるというデータだ。「そのパーセンテージはどんどん変わっていくと思う」とも付け加えた。
AIが特に有効に機能する場面として挙げられたのが、初めて訪れる国や地域での旅行だ。正しいホテルか、適切な旅先か、アクティビティの予約は正確か——こうした不安をAIが解消する。
また、言語や文化の壁についても言及。「地元の文化や言語を理解するということは、旅のストレスの大きな要因だ。今多くの皆さんとテクノロジーのサポートなしにはお話をすることができない」とゲレイロ氏が指摘し、大都市を離れるほど言語の壁が高くなる実態を踏まえ、AIによる翻訳や情報理解支援の重要性が確認された。
深夜到着時の宿泊予約や家族連れの旅行など、信頼が特に重要になる場面においても、AIが精度高く対応できるかどうかが問われるとした。
カスタマーサービスへのAI導入状況については、同社のウェブサイトで1日あたり約1万件の会話と約3万件の電話対応が発生しており、これをAIシステムへ移行しつつあると明かした。「今後はそういった形で拡充していく」とした。
大規模言語モデルの現状と課題
一方で、現時点での限界についても率直に語った。
「生成AIはスケジュール作成や予約導線の起点には使えるが、信頼できる予約可能な構成にはまだ不十分だ。大規模言語モデルというのは、スケジュールを信頼できる予約可能な構成にはしてくれない」
ウォーターズ氏はこう述べたうえで、自身の体験を例に挙げた。娘のためにニューヨークでヨーロッパでは買えないものを探した際、大規模言語モデルで店舗を調べたところ、「非常に自信を持った上で間違っていた」という。
「大規模言語モデルは、意図のところから始めて旅行を提供していく上で、ジャーニーの中で具体的に本当に必要なものを出していくということが求められる」
AI検索の現状についても「まだ今一般的な検索だ。東京のホテル、あるいは日本のホテルといった検索に特化したものではないので、そこをまだ磨いていく必要がある」と述べた。
「信頼というのは全ての基礎だ。しかし、AIで信頼がなければここに足るということはできない」とも強調した。
2030年、訪日旅行者6000万人時代の到来
旅行需要の見通しについて、ウォーターズ氏は「2030年には日本への旅行者が6000万人に達するだろうと言われている」と紹介。東京、大阪、京都だけではなく、すでに宿泊施設の稼働率が非常に高い状態にあるとし、「ここからさらに増やすことはできない。もっと対応が必要だ」と指摘した。
地政学的な不安定さやマクロ経済の変動がある中でも旅行需要は根強いとし、「世界でパンデミックの中に見たことは、政府の規制が緩まったら人はまた旅行し始めたということだ」と述べた。「たとえ今世界が不安定であっても、やはり人は旅行したいと思う」との見解を示した。
地方でのAI活用 「まだ今探求している段階」
会場からの質疑応答では、ゴールデンルートから外れた地域でのAI活用状況について問いが上がった。
これに対しウォーターズ氏は「一つ学んだことは、知らないことを知っているようなふりをしちゃいけないということだ」と前置きしたうえで、「本当にAIを使っていない、それが現状で、どうやったら使えるかということを今考えているところだと思う」と率直に答えた。
地域によってAIへの取り組み姿勢は大きく異なるとし、「全部かけているところもある、とても注意深く警戒しているところもある」とした。自動運転車を例に挙げ、「世界中の自動運転自動車はやはり衝突をしたりする。しかし、人間が運転する時に比べて10分の1くらいの事故率だということだ。まだ今、日本もアジアも、世界中どこを見ても同じような状態で探求している段階だ」と整理した。
宿泊施設への示唆 価格だけでは差別化できない
会場に集まった宿泊施設の運営者からは、「宿泊客が欲しいと思っているものを感情的に満たすために、ブッキング・ドットコムはどういったツールを提供できるか」という質問も寄せられた。
ウォーターズ氏はこれに対し、テーマが「コンテンツ管理やローカライズの議論」から、「自然言語で表現された旅行者の要望を収集・理解する方向」へと移行しつつあると述べた。
「今後多くの旅行者が自然言語を使っていく。そこから、何に興味を持っているのかということを知らなければならない。例えば、事務があって朝食は無料の方がいいということを書いたとすれば、その両方の必要なものを提供できなくてはならない」
さらに「価格だけでは差別化できない」と強調。「最終的に、誰もが正しいプロパティを提供し、最高のゲスト体験を提供できるということが重要だ。価格に感度が高い人もいるが、一方でレビューを見て、品質のメトリクスを見てどこに行くかを決める人の方が多い」と述べた。
AIが個別化されたレビューからインサイトを取り出し、「正しいゲストを正しいタイミングで」宿泊施設とつなぐ役割を担えるとの見解も示した。
AIエージェントによる自動予約 「信頼性と障害対応が課題」
チャットの最後には、AIエージェントが複数都市の宿泊を自動でまとめて予約するという将来像についての質問が上がった。
ウォーターズ氏は「音声というのはやはりその予定を説明して旅行をまとめるという能力が可能だ」としながらも、慎重な見方を示した。
「エージェントが何をするのかということについてはクエスチョンマークがある。ユーザーが信頼するのか。キュレーションしてショートリストにして選択肢を出してくれるというのはできるかもしれないが、何か問題が起こった時にプランを変えなくてはならない。例えばフライトがキャンセルになったとか、天候が悪くなった時にどうするか、それはとても厄介な問題になる」
エージェントが15カ所の予約をまとめて行う場合、何か問題が発生したときの対応負荷が懸念されるとし、「価値の提案としては素晴らしいが、コストもかかる。時間もお金も、感情的な関わりも高くなる」と指摘した。
競合との差別化については「ブッキング・ドットコムもエクスペディアなども対応できる。差別化するところは提案しているところの質のところになってくると思う。ただし、価格競争になってしまうと難しいところだ」と述べた。
旅行に根づく人間の本能
チャットを通じて一貫して流れていたのが、「旅行は人間の根源的な欲求だ」という認識だ。
ウォーターズ氏は学生時代に学んだ文化人類学的な視点から「人の祖先はアフリカにいて、そこから世界中に広がっていった。それがまさに旅行のパワーを示していると思う」と語った。
「旅行業界は引き続き継続して伸びている。たとえ今世界が不安定であっても、人は旅行したいと思う。これはもちろん、単に一番近いところに飛行機で行ければいいというものではない。長いルートを通ってもどこか違うところへ行きたい、新しいところを探索したいと思っている」
ゲレイロ氏も「限られた時間の中で自分にとって良い時間を過ごすことが大切だ」と述べた。自身のエピソードとして、6回目の訪日ながら1回あたり48時間を超えたことがなかったこと、今回初めて60時間を超えて滞在することを明かした。「記録を今作っている」と笑いを交えながら語った場面も。
チャットの締めくくりでゲレイロ氏は「いろいろな不確実性がある中、この旅というものがどうなっていくのか、そして信頼というのが重要だという話だった」と総括した。
ブッキング・ドットコムは今後、大規模言語モデルを活用して信頼性が高く予約まで完結できる旅行スケジュールの作成機能を開発するとともに、旅行者の意図や好みに合わせたパーソナライズされた宿泊先・体験の提案機能を強化する方針を確認している。旅行中に発生するトラブルや変更に柔軟に対応できる信頼性の高いAIカスタマーサービスシステムの拡充も進めるという。
【kankokeizai.com 編集長 江口英一】




