Booking.comは9月15日、東京・高輪ゲートウェイコンベンションセンターで「Booking.com Innovation Summit Japan 2026: The Next Horizon 30年にわたるつながり、イノベーション、そして発見」を開催した。同社の創業30周年の節目に合わせ、旅行の未来と日本の観光のこれからを共創する場として設けられたイベントだ。当日は複数のセッションが行われ、中でも「地域経済の成長―AIのもたらす次なる地域観光とは」と題したセッション2では、宿泊施設の現場で実際にAIを活用する京都の旅館オーナーや、地域観光の第一線に立つ専門家らが登壇。2030年に訪日外国人6000万人という政府目標を見据え、AIと人間がそれぞれの役割を果たすことで地域経済の成長につなげる道筋を論じた。
イベント概要――創業30周年の節目に開催、グローバル役員と各界専門家が集結
今回のイベントは、Booking.comと株式会社三菱総合研究所(MRI)の共催で実施された。開催時間は15時から18時30分(受付開始14時30分)。懇親会は18時から行われた。
Booking.comからは、シニア・バイス・プレジデント兼最高事業責任者のJames Waters氏、宿泊事業担当シニア・バイス・プレジデントのMatthias Schmid氏、決済担当バイス・プレジデントのRajiv Appana氏、バイスプレジデント兼最高セキュリティ責任者のMarnie Wilking氏、アジア太平洋地域担当マネージング・ディレクターのLaura Houldsworth氏ら主要幹部が来日。日本代表のLuiz Rodrigues氏も登壇した。
プログラムは、Houldsworth氏によるオープニングに始まり、Schmid氏による基調講演「Booking.comのみる日本の観光の可能性」、AIと旅の関係性を論じたDeep Dive Session 1、地域経済の成長をテーマにしたDeep Dive Session 2、Waters氏らによるFireside Chat「30年の歴史と旅行・テクノロジーの未来」、フィンテックによる地域観光の活性化を取り上げたDeep Dive Session 3、オンライン上の安全をテーマにしたDeep Dive Session 4と続き、Houldsworth氏のクロージングで締めくくられた。
セッション2の登壇者――現場と政策の両面から4名が参加

セッション2「地域経済の成長ーAIのもたらす次なる地域観光とは」のモデレーターは、Booking.com日本・営業本部長の信濃伸明氏が務めた。登壇者は以下の4名だ。
Booking.com日本代表のルイス・ロドリゲス氏。三菱総合研究所で観光立国実現支援チームリーダーを務める主席研究員の宮崎俊哉氏。地域観光プロデューサーの福田直子氏。そして、南禅寺八千代代表取締役兼オーナー・京都府旅館ホテル生活衛生同業組合常務理事の中西敏之氏だ。
中西氏は旅館業を継いで27年を迎えるオーナーとして、インターネット黎明期から海外顧客と向き合ってきた経緯を持つ。「最初のインバウンドのきっかけは海外からのメールだった」と振り返った。

Booking.com日本・営業本部長の信濃伸明氏
2030年に向けた現在地――地方宿泊者数の倍増という「チャレンジングな目標」

三菱総合研究所で観光立国実現支援チームリーダーを務める主席研究員の宮崎俊哉氏
宮崎氏はまず、日本のインバウンド観光の現状と政府目標を数字で整理した。
2025年時点の訪日外国人数は4200万人。2030年には6000万人を目指すという目標が掲げられている。さらに地方に限ると、現在の宿泊者数は5873万人泊だが、これを1億3000万人泊にまで引き上げる目標が設定されている。
「2025年時点で地方での滞在が1人あたり1.4泊しかない。これを2.2泊にしようというのは、なかなかにチャレンジングな目標だ」と宮崎氏は述べた。
こうした目標に向けて、政府はすでに多くの基盤整備を進めてきたと宮崎氏は説明する。2015年に登録制度が始まったDMO(観光地域づくり法人)は現在、全国に326登録されている。持続可能な観光に関するガイドラインを策定し、118の地域で取り組みが行われている。コロナ禍においても観光コンテンツの造成を続け、この3年で約5000件が新たに開発された。高付加価値旅行市場に向けては全国14か所のモデル観光地も設定されている。
「組織ができ、地域づくりもでき、コンテンツもでき、ラグジュアリー化も進んでいる。形はある程度できてきた。あとは呼ばなければいけない。ここでAIの出番になる」と宮崎氏は語った。
また、日本のDMOが自治体とセットで機能する構造は海外と比べて特殊であり、「日本でDMOがしっかりと地域の司令塔として機能できているかどうかは、引き続き検証が必要だ」との課題も指摘した。

Booking.comの取り組み――「オーセンティックジャパン」で地方の隠れた魅力を発掘

Booking.com日本代表のルイス・ロドリゲス氏
Booking.com日本代表のルイス・ロドリゲス氏は、同社がこれまで推進してきた「オーセンティックジャパン(本物の日本体験)」イニシアチブを紹介した。野沢温泉や天見大島、湯布院といった地域を実際に訪問し、地方政府、DMO、宿泊施設、観光事業者と対話を重ねてきたという。
旅行者の検索行動の変化についてロドリゲス氏は、次のように述べた。「旅行は目的地から始まるのではなく、何かを経験したいという願望から始まる。生成AIを活用することで、旅行者の意図を具体的な旅行プランに変換できる。旅行者が『本当にオーセンティックな日本の経験をしたい』とAIに話しかけることで、東京の中での体験だけでなく、少し足を延ばした地域まで含めた提案ができる。これが非常に大きなポテンシャルだ」。
AIが旅行者の意図と目的地・宿泊先を最適に結びつけることで、これまで見過ごされてきた地域の魅力を「隠れた宝(ヒドゥンジェム)」として可視化できると強調した。
山形での実践――アドベンチャーツーリズムを軸に地域の価値を言語化

地域観光プロデューサーの福田直子氏
福田氏は、2026年3月まで山形県のDMOとして観光に携わっていた経験から具体的な事例を語った。
東北を訪れる訪日外国人は全体の約3〜4%にとどまっており、訪問者を増やすと同時に体験価値を高めることが大きな課題だったという。
「魅力はある。ただ、あるだけでは旅にはならない」。福田氏はこう述べ、地域資源をどうストーリーとして言語化し、体験商品化するかが鍵だったと説明した。
取り組みのきっかけとなったのはアドベンチャーツーリズム。北海道での世界大会開催も追い風に、自然・文化・歴史との親和性が高い山形の特性と重ね合わせてテーマとして採用した。地域の事業者や自治体と繰り返し対話を重ね、地域の価値とストーリーを整理。それを体験商品として形にしていった。
「誰に届けるかというのは国別ではなく、どんな考え方を持った旅行者に来てもらうかという共通認識を地域で持つことが重要だった。その結果、精神分割ツーリズムやファクトリーツアーなど、他のツーリズム形態にも波及していった」と福田氏は語った。
観光地づくりには地域住民との合意形成が不可欠だとも強調した。「観光は地域に弊害をもたらすこともある。自治体やDMOと地域の皆さんが一緒に『観光って私たちに本当に必要なの』と話し合い、信頼関係を作っていくこと。コンテンツを作ることと地域づくりはセットでなければならない」。
人材育成の重要性にも言及。「AIには代替できない体験を提供するのは人だ。ガイド、ものづくりの職人、シェフ――地域の魅力を翻訳して伝えてくれる人をどれだけ育てられるかが、観光振興の核心だ」と述べた。

「全ての口コミをAIに登録した」――中西氏が語る旅館現場でのAI実践

京都・南禅寺八千代の代表取締役兼オーナー・中西敏之氏
セッションで最も具体的かつ実践的な証言を示したのが、京都・南禅寺八千代の代表取締役兼オーナーの中西敏之氏だ。16部屋の純和風旅館を運営する中西氏は、AIを宿泊施設の現場にどう取り入れてきたかを率直に語った。
「この数年、数ヶ月でAIの革命が起きた。全てのお客様とより多くのコミュニケーションが同じ時間でできるようになった」と中西氏は強調した。
具体的にはBooking.comのチャットシステムを活用し、宿泊客との事前コミュニケーションを大幅に拡充した。「お客様が日本に来られる前、京都に到着する前から、こちらからアクションを起こしてニーズやリクエストを聞いていく。一つアクションが起きると、お客様の関心が格段に高まっていく」と述べた。
この取り組みの成果として、追加宿泊や体験拡張の要望が増えたことも明らかにした。「週末に一泊という海外旅行者が、もう一泊したい、もっと経験したいというリクエストをくれるようになった」。
さらに中西氏が実践しているのが、口コミ・レビューのAI活用だ。「この半年ほどで、当館の全ての口コミとレビューをAIに登録した。AIがどのようにうちを改善したらいいか、海外のお客様は何を求めているかを把握し、全ての業務をAIを通じて行うことで旅館の価値を高める作業につなげている」。
旅館の存在意義を伝えることへの難しさにも触れた。「なぜホテルがある世界と旅館がある日本が違うのか、その説明が何十年も難しかった。全国の温泉旅館の仲間が守るものを明確に持っていると聞き、それを当館が一貫して伝えていく際にAIが非常に役立つと感じた」と語った。
チャットを通じた情報発信も行っている。全国の温泉旅館を紹介したり、観光情報を配信したりすることで、「日本旅館ならではの体験価値を世界に発信している」という。
「AIを活用して、またBooking.comのチャットシステムや予約システムとともに、世界中の方が日本旅館の体験でハッピーになれるよう頑張っていきたい」と中西氏は締めくくった。
「AIは摩擦を減らし、人はつながりを生む」――役割分担の確認
セッションの後半では、AIと人間のそれぞれの役割分担についての見解が示された。
ロドリゲス氏は「予約業務などの効率化はAIが担い、人間は旅行者との直接的な交流を通じて日本のおもてなしの価値を伝える役割を果たす。高山の朝市で旅行者が地元の高齢者と話す、温泉文化の中で旅行者と地域の人が湯を共有しながら歴史を語る――そういった一つ一つの出会いが本当のつながりを生む。AIが、日本のおもてなしの力を解き放すことができる」と述べた。
宮崎氏は「端的に言えば、人を作るということだ。AIにはさすがに人は作れない。旅のいい思い出はハプニングから生まれることもある。そういうことができる地域の人材育成が大事だ」と語った。
福田氏は「地域全体が同じ思いと共通認識を持って語れること。AIが地方に人を呼んでくれたとして、どんな体験をしてもらうかはAIにはできないことだ。そこを地域は一生懸命、頭と手足を使って考えていく必要がある」と述べた。
ロドリゲス氏は「一番思い出深い旅は誰かとの出会いから生まれる。地域の方が特別な話をしてくれた、レストランが特別な食事を出してくれた――そういった思い出は人とのつながりによって生まれる。AIは旅における摩擦を減らす役割を担えるが、おもてなしの本質は人と人とのつながりにある」と総括した。

イベント全体の概要
「Booking.com Innovation Summit Japan 2026」は同社の創業30周年を機に、「すべての人に、世界をより身近に体験できる自由を」という企業理念のもと、旅行の未来や日本の観光の未来を共創する場として企画された。
日本の観光については、訪日需要の回復と成長が進む一方で、地域へのインバウンド旅行者増加、観光人材の育成、デジタル活用、持続可能な地域経済づくりなど、取り組むべき課題も広がっていると主催者は位置づけている。
当日はBooking.comの主要グローバル幹部5名が来日し、AIテクノロジー、フィンテック、サイバーセキュリティなど各領域を担う専門家と対話。旅行テクノロジーや安心・安全な旅行、地域観光の発展など、今後の観光業界を見据えたテーマが論じられた。
【kankokeizai.com 編集長 江口英一】




