日本旅館国際女将会(長坂正惠会長・下呂観光ホテルしょうげつ、事務局・観光経済新聞社)は9月9日、一般社団法人メタ観光推進機構の牧野友衛代表理事を講師に招き、「ザ ソウドウ 東山 京都」で9月定例会を開いた。牧野氏は「地域の日常を観光にする『メタ観光』―隠れた地域の多様な魅力を発見し、新しい旅の選択肢へ ―」と題して講演した。
会場となった「ザ ソウドウ 東山 京都」は、1929年に建築された日本画の巨匠・竹内栖鳳の旧私邸を改築した唯一無二のレストラン。2003年に誕生した2000坪の敷地を持つ日本家屋で、当日は一部メンテナンスのため全館休業の予定だったが、女将会のために特別に開けた。
長坂会長は冒頭の挨拶で、「諸先輩方が築いてくださったレールの上を私たちが走っている。インバウンドとして各国から多くの外国の方が来てくださっているが、そのもとになるのは先輩たちが石を積み上げてくださったことだ。会員の皆様のご協力を今後ともよろしくお願いしたい」と述べ、先人の功績を継承しながら会を発展させていく意向を示した。

メタ観光とは何か
牧野氏はGoogleの検索・YouTube・Googleマップ日本語版の立ち上げ、Twitterの普及促進、トリップアドバイザー代表取締役などを歴任。日本政府観光局(JNTO)のデジタル戦略アドバイザー、東京の観光振興を考える有識者会議委員、京都市「京都観光・MICE振興計画2030」マネジメント会議委員なども務める。2021年に一般社団法人メタ観光推進機構を設立し、代表理事として活動する。
牧野氏はまず、メタ観光の概念を次のように整理した。「簡単に言うと、定番の観光ではないものが、今まで観光じゃないと思っていたものが観光として起こってくる。この10年くらいで変わってきた情報環境を踏まえて考えた、新しい観光の考え方だ」。
その象徴的な事例として挙げたのが伏見稲荷大社だ。2014年にトリップアドバイザーの「外国人に人気の観光スポット」で1位となり注目を集めたが、牧野氏によれば、人々が伏見稲荷に集まり始めた背景には複数のきっかけがあった。映画「SAYURI」での千本鳥居の登場、SNS映えを求めるインスタグラムの普及、そして口コミの拡散。「伏見稲荷だから行こうというより、映画で見た、インスタ映えで写真を撮ってみたい、という個別の理由で人が動いている」と説明した。
神田・竹むらの事例も紹介。昭和5年創業の老舗甘味処だが、1977年に池波正太郎の著作に登場したことを皮切りに、東京都選定歴史的建造物への選定(2000年)、仮面ライダー響鬼のロケ地(2005年)、アニメ「ラブライブ」の聖地(2013年)、ポケモンGOのスポット(2016年)、朝ドラ「虎に翼」のモデル(2024年)と、時代ごとに異なる文脈で人を引き寄せ続けている。「一つの場所にも、いくつもの訪れる理由がある。それをGoogleマップで見ると『甘味どころ』としかわからないが、本当はいろんな意味がある」と指摘した。

牧野氏
インターネットとスマホが変えた旅行者の行動
牧野氏はこうした変化の背景に、情報環境の抜本的な転換があると論じた。2005年のGoogleマップ登場、2006年のYouTubeのGoogle買収・TwitterのSXSW公開・Facebookの一般公開、2007年のiPhone発売。これらによって「旅行者が情報の受け手から発見者へ」と変わったという。
「旅行雑誌やテレビ、パンフレットは紙面や放送枠が限られていたため、紹介できるものがどうしても決まっていた。インターネットになると無限に情報を載せられるし、発信する人がメディアではなく実際に行った人たちになった。どんなニッチなことでも、自分が好きだから発信できる」。
スマートフォンの普及も行動を変えた決定的な要因だ。「以前は有名観光スポットでしか動けなかったが、今はGoogleマップとスマホがあるから、K-popの推しが写真を撮っていた場所をピンポイントで特定して行ける。昔だったらその場所を見つけること自体が難しかった」。
その結果、旅行者は一口に「観光客」とまとめられない多様な目的を持つようになった。メタ観光推進機構が2023年に行った調査によると、「歴史的・特徴ある建築」に関心を持つ旅行者は推計294万人、「特殊な地形」は188万人、「看板・標識(フォント)」は177万人、「昭和レトロ」は169万人に上る。「ニッチと思っていたが、割と多い。そういう多様な目的で動く人たちが、日本だけを見てもいることになっている」と強調した。
「観光資源がない」は思い込み―見方を変えれば1700カ所
メタ観光推進機構が墨田区で実施した取り組みが、この考え方を端的に示す。観光協会などから集めた観光関連地点は約440カ所だったが、データ収集とワークショップを経て実際には約1700カ所の地点が見つかった。「気づいていないような場所がたくさんある。地図の形状を見ると、ほとんど墨田区全体が埋まる。そうなると、どこに行っても何かしらある、ということになる」。
こうした情報収集のためにメタ観光推進機構は2種類のワークショップを実施している。一つは「わたしの名所、あなたの名所」と題し、地域住民しか知らない場所を紹介してもらうもの。もう一つは「メタ観光スタディーズ」で、暗渠・電線・路上園芸・文字観察・ドボク・ご近所闇・照明など、特定テーマの専門家が地域を再評価し、住民が「中の人だけでは気づけなかった視点」を学ぶものだ。
「最初は何を言っているか分からない、という参加者も、実際に街を歩くとこの目線でしか見えなくなる。何もないと思っていた景色でも、見方を教えてもらうと膨大な情報があることに気づく」と牧野氏は話す。
集めたデータはすべて位置情報を軸に統合し、地図上で可視化する。観光以外の橋・地形・建築・文化財といった自治体各部署が持つ情報も集約。縦割りで分散していたデータを一つの地図に統合することで、移動経路上のあらゆる魅力を可視化する。
臨海副都心(お台場地区)での効果検証では、メタ観光マップのスポット数が多いエリアで住民の同日回遊率が58%増加、訪問者でも15%増加という結果が出た。「気づければ行ってくれることにつながる」とデータで裏付けた。
同推進機構は2021年の設立以来、墨田区・奈良・臨海副都心(東京都)・長崎市・江東区・山口県など各地で取り組みを展開。山口県では高校生とともに観光づくりに取り組んでいる。「山口も大学を出て帰ってこない子が多い。高校生の段階から地域の仕事に関わることで、卒業後も残ってもらいたいし、大学を出ても帰ってきてくれればいい、という狙いがある」と説明した。
京都の課題―再訪率22%の現実
牧野氏はインバウンド観光の文脈でも、メタ観光の重要性を説いた。令和7年(2025年)京都観光総合調査によると、京都市の訪日外国人の再訪率は22%。東京の54.6%、大阪の38.2%と比べて際立って低い。平均泊数も2.3泊で、東京の5.4泊、大阪の3.5泊を大きく下回る。
訪問地も清水寺(69.7%)、二条城(60.4%)、祇園周辺(56.2%)、伏見稲荷大社(53.0%)など特定スポットに集中する。「欧米からは15~20時間かけて来る。清水寺、祇園、伏見稲荷、金閣寺、錦市場、嵐山と回れば2日で行けてしまう。ここしか知らなければ二度と来る理由が多分ない。普通の人にとってパリも一回行けばいい、と思うのと同じだ」。
沖縄を例に、地域イメージが旅行者を限定するリスクも指摘した。「Googleで沖縄と検索すると海しか出てこない。自分が海に興味がなければ、そこで思考が止まってしまう。昭和レトロのドライブイン、民藝、世界遺産、建築、地元グルメなど、沖縄には海以外にも多くの魅力がある。強みである海が、他の魅力を見えなくさせている可能性がある」。
海外旅行の目的を地域別に見ると、欧米豪・インド・中東地域ではアート鑑賞(36.2%)、ラグジュアリーホテル(31.6%)、テーマパーク(30.1%)、庭園・花観賞(27.3%)、建築(24.7%)が上位に並ぶ。「建築やアート、庭園といった切り口をちゃんと地域内で紹介していくことが必要だ。旅館の周辺でも、外国人旅行者にとって十分な観光資源になり得るものがある」と訴えた。
伏見稲荷の口コミデータを英語で分析すると、評価が高かったのは千本鳥居そのものではなく「トレッキング」だったという。箱根でも外国人旅行者が喜ぶのは山登りと景色だったという事例を挙げ、「旅館の前の何でもない場所が、外国人にとっては観光資源になり得る」と強調した。
大阪の夜中2時の女性一人歩き動画がX(旧Twitter)で3253万件の表示を集めた事例、港区・六本木のオフィスを訪れた外国人の同僚が小学生のランドセル姿に感動した話も紹介。「日本の日常が彼らにとっての観光になり得る。当然だと思っているものが実は魅力だということを認識し、紹介していくことが大事だ」と述べた。
AIが旅行者の行き先を決める時代へ
講演後半では、AIが観光に与える影響を詳述。「外国人の8割、9割が実感としてAIを使っている。以前は行く場所を教えていたが、ここ2年ほどは『ChatGPTで聞けばいい』と言われ、紹介する間もない、ということが起きている」と現状を明かした。
生成AIの利用率は日本全体で58.8%(15~19歳では91.7%)、ドイツ75.6%、米国75.6%、中国93.6%に達する(情報通信白書令和8年版)。AIは「親友」(64.6%)や「母」(62.7%)に匹敵する64.9%が感情を共有できると感じており(電通「対話型AIとの関係性に関する意識調査」2025年)、情報源として確固たる地位を築きつつある。
2024年にはインターネットのトラフィックにおけるBot(AIを含む)のアクセスが人間によるアクセスを上回ったとのデータも示された(うち「Good Bot」49%、「Bad Bot」37%、人間14%)。「公式サイトは人が見るものではなく、AIが見るものだと考え直す必要がある」。
JNTOも2025年から、従来のSEO対策に加えてAIO(AI Optimization)対応へ転換し、「AIに信頼される情報源に変えていく」方針を打ち出している。「企業サイトは動画や画像が多いとAIに読まれにくい。テキストで整理された形に変えていく流れが起きている」と牧野氏も指摘した。
予約もAIが代行する時代―自社サイト整備が急務
次のフェーズとして牧野氏が警鐘を鳴らしたのが「AI予約代行」だ。「今まではプランの提案までだったが、次は予約まで行くと思う。AIエージェントが旅行全体を代わりにやってくれる時代になると、どこのホテル予約サイトでもいいじゃないか、となる。これはある意味、ダイレクト予約が取れる機会でもある」。
オンラインショッピング業界では楽天やAmazonのような大手プラットフォームに加え、Shopifyのような自社サイト構築ツールが広まっている。「AIエージェントの時代が来たら、大手プラットフォームへの依存が相対的に小さくなる。自分のところでちゃんとやっていれば、直接来てくれる可能性がある」と牧野氏は述べた。
観光客を「観光客」とひとまとめにせず、建築・アート・食・音楽など関心別に情報を発信することも重要だと訴えた。「観光サイトで紹介されることだけが大事なのではなく、建築サイトやアートの専門誌で紹介される方が、その関心を持つ人が来るかもしれない」。
最後に牧野氏は、フランスの小説家マルセル・プルーストの言葉を引用した。「真の発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。新しい目で見ることなのだ」。あるものをそのものとして決めつけず、頭をリセットして何が面白いかを考え直すことが、これからの観光戦略の出発点だと訴えた。
参加者に求めた5つのアクション
牧野氏が示した具体的なアクションは次の5点だ。
- 観光資源の再定義。あらゆる地域の魅力を掘り起こし、「見つけやすく」する。
- オンライン対応の徹底。Googleマップ・公式サイト・口コミ・Wikipediaなど一次情報を網羅的に拡充し、オンライン予約にも対応する。
- インスピレーションの提供。インフルエンサー・動画サイト・屋外広告を活用し、建築・アート・食・音楽などテーマ別コミュニティへ発信する。
- 行きやすく、買いやすくする。交通・チケット・ツアーを整備し、建築ツアーやレトロツアーなど新たな観光資源を活用したツアーを増やす。
- 旅ナカでの回遊と投稿促進。ホテル・現地案内で観光資源を紹介し、旅行者にSNS・口コミへの投稿を促す。
「AIに最適化された情報提供と、ダイレクト予約の導線整備。この二つを今すぐ始めてほしい」と講演を締めくくった。
定例会は当日、館内見学会に続いて講演・食事会の順で進行。参加者は竹内栖鳳ゆかりの空間でメタ観光とAI時代の観光戦略について理解を深め、各旅館の今後の運営方針を再考する機会となった。

【kankokeizai.com編集長・日本旅館国際女将会事務局 江口英一】




