スペインと日本、持続可能な観光の「本質」を問う——「観光地域と住民の豊かさ」で共鳴した両国


 スペイン大使館観光部は6月23日、東京・白金台の八芳園で「第1回 Spain Talks: Caring for the Future ~未来を思い描く~」を開催した。セッション3「観光における体験およびベストプラクティス(観光業界)」では、スペイン観光庁観光担当国務長官室顧問のイネス・クレスポ氏と日本旅行業協会(JATA)理事長の蛯名邦晴氏が登壇。モデレーターはツーリズム総合研究所代表の石原義郎氏が務めた。持続可能な観光モデルへの転換、地方分散、観光DXなど、両国が直面する共通課題を業界の視点から掘り下げた。セッション終盤、モデレーターは「観光地域と住民の豊かさに関連するという視点は非常に重要だと思っておりますし、これが持続可能な観光の本質かなという思いもございます」と総括した。

スペイン2030年戦略——「プロモーション」から「オファー」へのパラダイムシフト

スペイン観光庁観光担当国務長官室顧問のイネス・クレスポ氏

 イネス・クレスポ氏は冒頭、スペインの観光政策の転換点をコロナ禍に求めた。

 「観光政策は、プロモーションに力を入れていました。そして、国際的なポジショニングを上げるということに力を入れていました。非常にこの意味では成功されてきたといえます」と述べ、スペインが年間1億人規模の国際観光客を受け入れ、GDPの13%を観光が占める実績を示した。

 しかし、コロナ禍が転機となった。「新たな決断、判断を迫られた。国として、今後観光モデルというものをどのように進めていくのか、危機から回復するだけではなく、未来のことについて考えなければならなくなりました」とクレスポ氏は語った。

 この転換を財政面で支えたのが、EUのネクストジェネレーション基金だ。同基金を活用し、持続可能性と地域分散を重視した新たな観光モデルの構築を決定。組織体制も見直し、従来はプロモーション中心だった体制から、「どのようなオファーがなされているか」という供給側の質に視線を移したと説明した。この変化を「小さな修正に見えるかもしれませんが、大きな変更」と位置づけた。

 目指す方向として、経済・社会・環境・デジタル化・競争力の向上を一体的に推進する方針を明示。デスティネーションの分散と「ソーシャルキャッシュフローの強化」——すなわち地元住民への経済的還元——が観光地の競争力維持に不可欠だという認識を共有した。

地元住民が「主役」に——持続可能性計画の設計思想

 セッションで特に注目を集めたのが、スペイン政府が推進する「観光地における持続可能性計画」の設計手法だ。

 計画は国家戦略の一部として位置づけられているが、実際の内容を決定するのは地元コミュニティだという。「地元においてさまざまな方法というのを出しました。この地域の人たちが、地元の人たちにとって観光地としてどのような観光地になるべきか、なりたいか、どういうことが重要なのかということに地元の人たちが意見をして、観光地を彼らが作るということができるような方式にしました」とクレスポ氏は説明した。

 自然の活用方法や予算配分についても住民が意見を述べられる仕組みを導入。「ボランティア的にやりたい人が声を上げる人がやる」という参加型の枠組みのもと、必要な支援は国が公募を通じて提供する。地元コミュニティが具体的な判断を行うという役割分担が確立されている。

 この背景には、観光産業の競争力に関する認識の転換がある。「地元の人々の支えがなければ非常に競争力のある観光産業というのは育たないということを意識するに至っているから」とクレスポ氏は述べた。バルセロナを含むカタルーニャ地方での経験が、この認識を強化したという。

 具体的な成熟観光地の変革事例として3カ所が紹介された。地中海リゾートのベニドールでは、サーキュラーエコノミーの導入とスマートツーリズムの先駆的取り組みが評価され、ヨーロッパのスマートツーリズムパイオニアとして認められた。グランカナリアでは、バカンス客を中心とした従来の観光から、島内陸部の火山景観や貴重な自然空間を活かした多様な観光への転換が進む。トレードでは、1000年以上の歴史を持ち、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の三文化が共存してきた歴史都市としての遺産保全と、地元住民の暮らしの両立を観光戦略の核に据えている。

多様な観光ルートの体系化——「太陽とビーチ」を超えて

 後半では、スペイン観光庁が推進する具体的な体験プログラムが紹介された。登壇したスペイン観光庁側の担当者は、「今ある観光資源を利用してさまざまな新しいルートを開発するということを考えています」と述べ、小さな観光地を同一ブランド・同一ナラティブのもとにネットワーク化する手法を説明した。

 「ワイルドライフスペイン」は生物多様性に焦点を当てたルートで、イベリア山猫の生息地、渡り鳥の観察地、海洋生物の生息域などをつなぐ。観光庁の支援のもと、各地域が連携して自然観察ツアーを共同開発し、同一ブランドで展開している。

 ロマネスク建築を巡るルートでは、現在8つの村が連携。ガイド付きで複数のロマネスク村を訪問する形態をとり、「それぞれの村が自分たちの村だけのロマネスクを訪問するということではなく、いろんな村のロマネスクを一緒になって連携して訪問していく」仕組みを作り上げた。城と宮殿を巡るネットワーク型ツアーも同様の考え方のもと、7つの自治州が連携し、デジタルプラットフォームで情報を一元発信している。

 オリーブオイルをテーマにしたルートは、アンダルシアを中心にタラゴナやエストレマドゥーラが参加。オリーブの搾油場や畑の見学を組み込んだパッケージとして展開されている。鉄道を活用したスロートラベルルートでは、豪華列車でコスタベルデやアンダルシアを巡り、地方の伝統や文化と触れる機会を提供する。

 花を見る旅(フラワーツーリズム)では、スペインの17の自治州それぞれで開花時期が異なる植生を活用。「17州の中であれば、1年中どの時期に行ってもどこかの開花する植物がある」という地理的特性を観光資源として体系化した。

 アストロツーリズムについては、スペインの農村地域がヨーロッパでも有数の天体観測条件を持つ点に着目。観測体験の開発、観光地の認証、国際的に販売可能なネットワークの構築を進めている。さらに、2026年・2027年・2028年に日食が観測予定であることから、世界中からの旅行者誘致につながると説明した。

日本の課題——インバウンド偏重とアウトバウンドの回復遅れ

日本旅行業協会(JATA)理事長の蛯名邦晴氏

 蛯名邦晴JATA理事長は「政府行政の立場ではありませんので、旅行業界から見た観光の取り組みあるいは課題感ということをお話をしたい」と切り出した。

 現状認識として、インバウンドとアウトバウンドの大きな乖離を提示。インバウンドではオーバーツーリズムが課題となる一方、アウトバウンドは円安や各種コスト上昇などを背景に、コロナ禍前の7割程度の回復にとどまっていると説明した。

 「観光を持続的に維持していくためには、インとアウトの相互交流のバランスを取れた交流をしていくということが非常に重要」という基本認識のもと、今後の対応課題として以下を挙げた。

  • アウトバウンドの拡大

  • 訪日インバウンドにおける新規デスティネーション開発、地方誘客への取り組み

  • 旅行商品の高付加価値化、ラグジュアリー層など新規マーケットの開拓

  • 観光DXの推進

  • 観光人材の育成

 インバウンドの地域集中についても具体的な数字を示した。「東京から富士山を見て京都に行って大阪から抜けていくというゴールデンルートといわれるところに、全体の7割近い観光客の方が集中している」と述べ、地方分散の必要性を強調した。

JATAの取り組み——アウトバウンド拡大から観光DXまで

 アウトバウンド施策として、各国政府観光局と連携した地方の伝統行事への送客プログラムを紹介。韓国・咸安の落火ノリ(ラッカノリ)イベントへは日本の旅行会社が協力して約1000人を、台湾・天燈上げイベントには約2000人の日本人観光客を送り込んだ実績を示した。

 インバウンドの地方誘客に向けては、地域や地域のDMOと連携しながら新しい観光資源を発掘・マーケティングし、旅行商品として定着させる取り組みを紹介。「数年くらいでプロジェクトを実施し、継続して取り組んでいく必要がある」と強調した。単発商品を超えた複数年プログラムの重要性を説き、2026年は東北方面をトライアルとして展開中であることを明かした。

 持続可能な観光商品の開発においては、GSTCスタンダードに即した取り組みを説明。国際認証機関の基準を取得することで企業として環境負荷の低減や地域・文化への貢献を示し、社会的価値とブランド力を向上させる方針だ。JTBや日本旅行、東武トップツアーズなどがGSTC会員として活動している。

 オーストラリア政府観光局との連携では、旅行代金の一部を地域の環境保全活動に寄付する取り組みや、オーストラリアのカーボンクレジット「Australian Carbon Credit Unit」を購入している現地企業と連携した森林再生プロジェクトへの参加を旅行商品に組み込んでいる。

 旅行商品の高付加価値化の事例として紹介されたのが、KURABITO STAYだ。「本物の蔵人になれる滞在」をコンセプトに、かつて蔵人が寝泊まりした歴史ある職人宿舎に滞在し、第19代蔵元の指導で日本酒造りを体験できるプログラム。2020年の開業以来、延べ800名・30カ国以上の顧客が参加し、国土交通大臣賞を受賞している。「なかなか普段は会えないような人たちと直接交流をして指導を受けるみたいなプロジェクトこそが価値が高い」と蛯名氏は評した。

 観光DXの成功事例としては、ひがし北海道観光DXプラットフォームを取り上げた。道東地域の複数バス事業者が連携し、バス情報と地域コンテンツを一元化、WEB予約・決済ができるシステムを構築。この結果、販売額が14倍、利用客が29倍に拡大という成果を上げ、経済産業大臣賞を受賞している。

 東日本大震災後の広域連携事例としては、みちのく潮風トレイルを紹介。環境省と東北太平洋沿岸の4県29市町村、民間団体、地域事業者が連携し、全長1000kmに及ぶトレイルを運営。塩づくり体験や漁業体験、震災遺構や伝承館の見学を通じた防災学習など、持続可能なプログラムとして機能している。同取り組みはUN Tourism特別賞を受賞した。

 富裕層向けの体験型観光の事例として、富山県での取り組みを紹介。地域DMO「水と匠」と連携し、和紙作りや錫細工、螺鈿などの伝統工芸体験プログラムを造成・販売。定置網漁見学や網元の家庭訪問、精進料理体験も提供している。継続した取り組みの結果、富山は2025年にニューヨークタイムズの「訪れるべき場所52」の一つに選出された。

日本とスペインの連携——熊野古道と巡礼街道が「橋頭堡」に

 セッション最終盤、モデレーターから「日本とスペインで観光業務の開発や観光デジタルの開発等で一緒になってやっていくお考えはありますでしょうか」との問いが蛯名氏に投げかけられた。

 「それはもうぜひやっていきたいと思っています」と即答した蛯名氏は、「スペインは例えば日本の熊野古道と巡礼街道なんかが同様の性格を持ち、それぞれに旅行客を呼べるような国になっていますし、なんといってもスペインは観光先進国ですから学ばせていただくことが多いと思いますけれども、今日の課題でもありましたように非常に共通する課題がいっぱいあると思いますので、そういうものを克服するようなプロジェクトをスペインの皆さんと一緒にやっていければ非常に良いなと思います」と述べ、具体的な議論の進展に意欲を示した。

 モデレーターの石原氏は「日本とスペインというのは非常に共通な部分が多くて、例えば業界質の転換という話もございました。それから、観光地域と住民の豊かさに関連するという視点は非常に重要だと思っておりますし、これが持続可能な観光の本質かなという思いもございます。そういう意味では日本とスペインの連携がこれを機に非常に深まっていくことを期待しています」と総括し、セッションを締めくくった。

【kankokeizai.com 編集長 江口英一】

 
 

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