スペイン大使館観光部は6月23日、東京・白金台の八芳園で「第1回 Spain Talks: Caring for the Future ~未来を思い描く~」を開催した。Turespaña(スペイン観光推進局)が2024年より世界各地で展開する国際カンファレンス「Spain Talks」のアジア初開催。日本およびスペインの観光業界の専門家や行政関係者約100名が一堂に会し、持続可能な観光のあり方について多角的な議論が交わされた。
セッション1「国家観光戦略(行政)」では、観光庁国際観光部長の中野岳史氏とスペイン観光推進局総局長のミゲル・サンス氏が登壇。日本語・スペイン語の同時通訳のもと、両国の観光政策の現状と今後の方向性が議論された。モデレーターは駐日スペイン大使館観光参事官のエンリケ・ルイス氏が務めた。

写真左から、中野、サンス、ルイスの各氏
訪日外国人、2025年に過去最高4268万人 ゴールデンルート集中が課題
中野氏はまず、日本のインバウンド観光の現状を説明した。
「日本におきましては、コロナ禍を経て国際的な人の往来が再開されたことによって、訪日外国人旅行者数が急速に回復いたしました。昨年2025年は過去最高の約4268万人に達したところでございます」と中野氏は述べた。
観光は日本にとって重要な成長分野であり、インバウンド需要の拡大は地域経済の活性化に大きく寄与していると中野氏は強調。一方で、急速な回復と拡大により新たな課題も生じているとし、「観光客数を増やすだけではなく、増加する観光需要を適切に管理し、持続可能な観光を促進することが重要」と指摘した。
訪問先の偏在も深刻な問題として取り上げられた。外国人旅行者の宿泊先は、インバウンドの延べ宿泊者数の約7割が三大都市圏に集中。東京都・大阪府・京都府・北海道・沖縄県・福岡県の上位6都道府県に約74%が集中しているとのデータが示された。
「外国人旅行者の多くが、東京、大阪、京都などいわゆるゴールデンルートに集中する傾向が見られます。これらの地域は、交通の利便性、また観光事業の集積によりまして大変人気が高くなっておりまして、その結果として、地域間での観光事業の偏在が生じているところでございます」と中野氏は説明。こうした集中が一部の地域に過度な負荷をもたらすとともに、地方部への経済効果の発揮が限定的になってしまうと問題点を整理した。
マナー違反、混雑、自然環境劣化 各地で顕在化するオーバーツーリズムの実態
オーバーツーリズムによる具体的な弊害も詳述された。
マナー違反については、北海道美瑛町で美しい風景の写真を撮影するために農地(私有地)への無断侵入が多数発生していること、神奈川県鎌倉市では人気スポットで写真撮影のために旅行者が公道に滞留し交通の妨げとなる事例が見られることが紹介された。無断撮影やごみのポイ捨てが横行している地域もあるとした。
混雑については、観光客の車両集中による交通渋滞、生活道路や農道への違法駐車による生活交通への影響が指摘された。主要観光地へ向かうバスを中心にバスターミナルや車内が混雑し、大型手荷物の持ち込みによる輸送環境への影響も取り上げられた。
自然環境への影響としては、沖縄・西表島や富士山において、旅行者の増加に伴う自然環境の劣化や利用快適度の低下が生じていることが示された。西表島では踏圧による植生劣化、富士山麓での不法投棄なども問題となっている。
「観光の成長と地域社会との調和をいかに確保するか、観光と住民の共存をいかに実現するかが重要な課題となっています」と中野氏は訴えた。
この問題は日本だけでなく、スペインをはじめとする多くの国々に共通する課題であるとも指摘。観光庁は観光需要の分散化、マナー啓発、地域主体による観光管理の支援などを通じて、持続可能な観光への取り組みを推進しているとした。
「戦略産業」と位置づけ 2026〜2030年度の観光立国推進基本計画が始動
日本の国家観光戦略についての説明では、観光政策がおおむね5年ごとに改定される「観光立国推進基本計画」に基づいて実施されていることが紹介された。
今年3月に策定された第5次基本計画(2026〜2030年度)では、観光を地域経済や日本経済の発展をリードする戦略産業と位置づけている。訪日外国人旅行消費額9.5兆円(2025年速報値)、経済波及効果は約19兆円に及ぶ現状を踏まえたもので、消費額15兆円を達成した場合の経済波及効果は約30兆円規模と見込まれるとした。
課題として挙げられたのは、混雑・マナー違反等の個別課題への対応、特定の都市・地域への集中是正などオーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策の強化。加えて深刻な人材不足への対応、観光の高付加価値化、国内交流の拡大、災害や国際情勢等の様々なリスクに対する強靭性の確保なども不可欠な課題として列挙された。
施策の柱は「インバウンドの戦略的な誘客と住民生活の質の確保との両立」「国内交流・アウトバウンドの拡大」「観光地・観光産業の強靭化」の3本。「住んでよし」「訪れてよし」に加え、「働いてよし」の観光産業の実現を推進するとした。
2030年目標は訪日6000万人・消費15兆円 リピーターや地方宿泊者数も設定
基本計画が掲げる数値目標も提示された。
2030年に向けた主な目標は、訪日外国人旅行者数6000万人、訪日外国人旅行消費額15兆円。訪日外国人旅行者に占めるリピーター数については4000万人、訪日外国人旅行者の地方部における延べ宿泊者数は1.3億人泊が目標として設定されている。
また、「観光客の戦略的な誘客と住民生活の質の確保との両立に取り組む地域数」が新指標として設けられ、2030年目標は100地域。2025年実績(確定値)では47地域が取り組んでいる。
国内旅行消費額は30兆円、日本人の地方部延べ宿泊者数は3.2億人泊、宿泊業が創出した付加価値額は6.8兆円と、インバウンドにとどまらない幅広い指標が設定されている。
需要分散化と地域経済への波及効果の最大化を図るとともに、観光と地域社会の共存を政策の中心に据えることが確認された。
対策パッケージで全国を支援 入域管理・混雑緩和・デジタル活用が三本柱

具体的な施策についても中野氏は詳細に説明した。
日本はオーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージを策定し、地域の実情に応じた総合的な対策を推進している。内容は大きく「観光客の集中による過度の混雑やマナー違反への対応」「地方部への誘客の推進」「地域住民と協働した観光振興」の3つに分類される。
混雑・マナー対応としては、交通手段の充実、宿泊業の人材確保・効率化による受け入れ環境整備などを進めている。人気観光地における入域管理や混雑緩和策の導入によって観光需要の適切な管理を図るとともに、混雑状況の可視化や代替ルートの提案を通じた需要の分散化・平準化にも取り組む。ピクトグラムや情報発信の強化によるマナー違反の防止・抑制も進めている。
地方誘客については、全国各地で高付加価値なインバウンドモデル観光地づくりを推進。日本各地で自然・文化・食などを生かした観光コンテンツを開発し、より付加価値の高い特別な体験が可能となる旅行商品の造成を支援している。
プロモーション面では、まだ日本を訪れたことのない未訪日層へのプロモーションの強化、東南アジア市場向けの地方誘客促進、欧米豪市場から人気の高いアドベンチャートラベルに関するプロモーション強化などに取り組み、市場の多様化と観光産業の強靭化を図っている。
「これらの施策におきましては、地域の関係者が主体となって計画を策定し、その実行を国が支援する、こういう形で進めているところでございます」と中野氏は強調した。
西表島・美瑛町・嵐山・銀山温泉 各地の取り組みと成果を紹介
オーバーツーリズム対策の具体事例も報告された。
沖縄県竹富町(西表島)では、観光客の過剰流入により樹木の根や岩の削れ、林床の裸地化など自然環境の劣化が深刻化していた。対応策として、エコツーリズム推進法に基づく「特定自然観光資源」への指定を行い、1日当たり上限人数410人の設定とデジタル技術を活用した入域管理システムを導入。その結果、立入制限の運用開始以降、上限値超過は一度も生じておらず、総量規制が実現したと報告された。
北海道美瑛町では、風光明媚な写真を撮るために観光客が農地(私有地)等へ無断侵入し、農業への大きな脅威となっていた。観光スポット周辺に屋外IPカメラを設置して常時監視を行い、無断侵入に対する自動音声メッセージを放送。ビューポイントには無断侵入防止を図るサインの掲示やマナー啓発の動画放映も実施した。その結果、「クリスマスツリーの木」の私有地への侵入検知数は前年同月比約90%減(2024年2月171回→2025年2月21回)となった。
「こうした事例はルールの明確化に加えまして、デジタル技術や情報発信を活用して観光客の行動変容を促すことの重要性を示していると考えております」と中野氏は述べた。
京都・嵯峨嵐山エリアでは、定番ルート・スポットへの過度な集中が問題となっていた。エリア全体のデジタルマップを整備し、魅力が発信しきれていなかった観光スポットを組み込んだモデルコースの紹介、スタンプラリー機能を活用した周遊促進を実施。ライブカメラ映像による混雑状況のリアルタイム発信や誘導員・看板設置も行った。実証期間中、非混雑エリア(嵯峨エリア)の観光客数が約30%増加し、嵐山エリアの約8%増と比較して明確な分散効果が確認された。
山形県尾花沢市(銀山温泉)では、受入許容量を超える日帰り観光客がマイカーで温泉街に侵入し、車と歩行者の接触事故の危険性が高まっていた。マイカー規制(パークアンドライド)を実施して温泉街への車両流入を抑制。観光客が多く来訪する夕方頃を対象にシャトルバス乗車をウェブ予約制とし、1時間当たりの上限数を約150名に調整した。実証期間中は交通支障事案(車両の立ち往生や路上駐車など)が前年よりも減少し、観光客の来訪時間もやや分散したとの効果が報告された。
「これらの取り組みは、需要の分散と管理を組み合わせることで、観光の魅力を維持しながら地域社会との共存を実現できることを示していると考えています」と中野氏は評価した。
スペインは13%が旅行業従事 35の国際空港と世界最大級の高速鉄道網で分散促進

スペイン観光推進局総局長のミゲル・サンス氏は、スペインの観光の現状と課題、そして対応策を説明した。
サンス氏はまず、スペインの観光業の規模を示した。「スペインの人口の約13%は旅行業です」。こうした大きな産業基盤を持つ一方で、課題も抱えていると指摘した。
イタリアでは国内旅行の90%がベネツィア、ローマ、フィレンツェ、ミランなど全体の2〜3%程度の地域に集中しているとの例を挙げ、観光の集中問題が各国共通の課題であると説明。その上で、スペインが地域分散において有利な条件を持つことを強調した。
「スペインには35の国際空港があります」とサンス氏は述べ、2時間以内にアクセスできる空港が各地に整備されていることで、地域間に旅行者をより良く分散させる可能性があると説明した。
スペインは世界最大級の高速鉄道網の建設を進めており、中国に次ぐ規模とされている。都市間の移動を高速鉄道で行うことで環境負荷を軽減し、観光客がスペインの多様な地域を訪れやすくする狙いがある。コネクティビティについてもスペインは世界で最も多くのコネクティビティを持つ国の一つと紹介された。

再生可能エネルギー活用・KPI刷新 環境配慮型の観光モデルへ転換
環境対応も重点テーマとして取り上げられた。
「スペインでは、世界で最も有名なネットゼロのホテルがメノルカ島にあります」とサンス氏は紹介。全ての電力を100%再生可能エネルギーで賄うホテルが登場していることを示し、スペインが再生可能エネルギー活用において先進的な取り組みを行っていると説明した。
スペインでは現在、国内電力の半分が水力・風力・太陽光などの再生可能エネルギーで発電されているとも述べた。
観光の評価指標についても変革が進んでいる。これまで世界中で旅客数や旅行消費額のみを測定していた評価方法から、働く人の価値・仕事の季節性・水の使い方・住民生活への影響なども含めた多角的な指標へと転換しつつあると説明。「私たちは最近、KPIの指標を使って旅行の成果を変更するために働いています」とサンス氏は述べた。
スペインの2030年戦略 「観光客だけでなく住民・従業員の幸福も」

スペインの観光戦略についても詳しく説明が行われた。
「2025年に、スペインは2030年までの旅行のステージを発表しました」とサンス氏は述べ、このステージが初めて人々に基づいて策定されたものであると強調した。これまでの戦略が観光客と観光関連企業の関係を中心に設計されていたのに対し、新たな戦略では観光客だけでなく、住民や観光業に従事する人々の福利向上も重視している。
戦略の柱として、観光客がより便利な旅をできる方法の追求、観光セクターが利益を得られるような施策の推進、住民の生活環境の改善、観光業で働く人の福利厚生の向上が挙げられた。国際的な旅行者に焦点を当てたマーケティング責任の考え方を導入し、地域の経済的・社会的責任を高める取り組みも推進しているとした。
スペインには、バルセロナ、サン・セバスティアン、セビリアなど国際的に知名度の高い地域がある一方で、まだ知られていない観光地も数多くある。そうした観光地ごとにマーケティング戦略を分け、知られていない地域については新たな旅行者を呼び込みつつ、すでに人気の地域については時期や来訪の仕方を変えてもらえるようなマーケティングを行っていくと説明した。
スペインの旅行者満足度調査では、スペインを訪れた旅行者の80%が再訪経験を持ち、65%の人が10回以上訪れたことがあると判明。リピーターを獲得することが新規旅行者を探すよりもコスト効率が高いという考えのもと、リピーター獲得を重視した戦略を展開していると説明した。

バルセロナで民泊制限・観光税導入 知られていない観光地の分散促進も
スペインの具体的な施策として、バルセロナでの民泊制限と観光税導入が紹介された。
「バルセロナでは民泊を制限する措置をとりました」とサンス氏は述べ、観光の質を維持させつつ住民の生活環境を保障するための措置であると説明した。スペイン各地で観光インフラとして観光の質を維持させ、住民の質を保障するような措置が取られてきていると強調した。
また、スペイン観光推進局が昨年から始めた新しいキャンペーンも紹介された。「スペインを知っているつもりで、考えながら見てください」という趣旨のキャンペーンで、テレビ撮影スタッフが各地域・各県の人々に対して、撮影したい場所と撮影してほしくない場所をオリエンテーションしながら、まだ知られていないスペインの観光地を紹介するものだ。このキャンペーンを通じて観光客を分散させ、ネガティブな観光の悪影響を防ぐことを目指しているとした。
このキャンペーンはスペイン政府だけでなく、地方政府も参加する形で展開。各地域がそれぞれのビジュアルや素材を生成し、地方の観光地がキャンペーンに参加することで予算を公平に使えると説明した。さらにEU予算を活用した知られていない観光地の促進キャンペーンも別途展開しており、国際的なレベルで観光客を知名度の低い観光地に誘導する取り組みが進んでいると報告した。
ビゴ市(スペイン北部)の冬季観光促進の事例も紹介された。ビゴは冬に多くの人が訪れる世界最大級のクリスマスイルミネーションで知られており、新座市やパリなどの大都市よりも多くの人がイルミネーションを訪れると言われている。3カ月間にわたってこの観光資源を活用することで、旅行シーズンを夏だけでなく冬にも広げる効果があると説明。旅行業界や市民政府のための良い時期計画によって、国際的な旅行に対する影響を計画的に管理できる事例として評価した。
日本とスペイン、成功事例の共有で持続可能な観光へ協力
セッションの締めくくりに向けて、両国の協力体制への期待が示された。
中野氏は「日本の経験をスペインの皆様と共有するとともに、スペインの取り組みや知見を日本も学んで、観光をめぐる共通課題の解決に向けて協力して推進していければと考えております」と述べた。
モデレーターのルイス氏も、「日本とスペインの経験共有をすることで、こういった持続可能な観光モデルを展開していきたいと思います」と両国の連携に期待を示した。
「需要の分散と管理を組み合わせることで、観光の魅力を維持しながら地域社会との共存を実現できることを示している」――中野氏が各地の事例を通じて示したこのメッセージは、日本とスペインが共に直面する観光課題の核心を突くものだ。
今回の Spain Talks を主催した駐日スペイン大使館観光部の観光参事官エンリケ・ルイス氏は、国際観光分野で約30年の経験を持つ。スペイン観光推進局の北東アジア地域統括責任者を兼任し、グローバルマーケティング責任者、ベルリン・ブラジル・シンガポール・ロンドンにおけるスペイン政府観光局長を歴任した国際観光の専門家だ。
【kankokeizai.com 編集長 江口英一】




