世界のベストレストラン50日本地区チェアマンを務める浜田氏
浜田岳文氏は6月23日、東京・白金台の八芳園で開催された「第1回 Spain Talks: Caring for the Future ~未来を思い描く~」の基調講演に登壇した。株式会社アクセス・オール・エリア代表取締役であり、世界のベストレストラン50日本地区チェアマンを務める浜田氏が、「なぜ人は、一皿のために旅をするのか~スペインと日本に見るサステナブルツーリズムの可能性~」と題して、ガストロノミーツーリズムと持続可能な観光の関係を多角的に論じた。
「このレストランがなかったら絶対に縁がなかった」——バスクの小さな村が示す可能性
講演の冒頭、浜田氏が取り上げたのはスペイン・バスク州アラバ県にあるレストラン「Arrea!(アレア)」だ。ビルバオからもサン・セバスティアンからも車で約1時間半、山あいを登った先にある小さな村に立地する。日本人観光客にとってはほぼ縁のなかった場所である。
シェフのエドルタ・ラモは、サン・セバスティアンで経験を積んだのち、2018年に故郷へ戻り開業。2023年版ミシュランで1つ星とグリーンスター(サステナブルな取り組みへの賞)を同時に獲得した。現在は国内外から客が訪れる目的地となっている。
浜田氏はこのエリアの特徴として、耕作可能な土地がわずか24%で農業が難しく、古くから狩猟が生活の手段だったことを挙げた。密猟を含む狩猟文化は、地域住民にとって「あまり胸を張って言えない過去」でもあった。しかしArrea!のシェフはそれをネガティブなものとして隠すのではなく、「自分たちの伝統、誇り」として料理に反映させた。イノシシのパストラミ、鹿のサルチチョン、野兎や山鳩といった多種多様なジビエが登場する自家製シャルキュトリーは、土地の記憶をポジティブに再解釈した一皿だ。
「こんなところまで来てしまったな、というところに縁が生まれる。このレストランがなかったら絶対に縁がなかったなというところに縁が生まれるという意味で、本当にこのレストランがあってくれてよかったと思うことがよくある」と浜田氏は語った。
ガストロノミーツーリズムが持続可能性に寄与する五つの効果
浜田氏は、ガストロノミーツーリズムがサステナブルな観光に寄与する効果として五つの観点を示した。
第一は宿泊の創出だ。遠方のレストランへの訪問は日帰りを難しくし、現地での宿泊を促す。近年増加するオーベルジュ(宿泊施設を併設したレストラン)では、夕食だけでなく朝食までそのレストランが提供する。滞在時間が延び、地域に落ちる経済効果も日帰りより大きくなる。
第二は生産者への波及だ。「その店で食べたチーズがおいしかったから農場へ行ってみよう」「酒蔵に足を運んでみよう」という行動が生まれ、一次産業にまで恩恵が広がる。
第三は季節分散効果だ。観光のピークと食材のピークは必ずしも一致しない。これについては後述する。
第四は天候に左右されにくいことだ。「僕はホテルに泊まっていて今日は雨だから残念、と言われるけれど、全然残念じゃない。雨だろうが何だろうが食事は楽しめる」と浜田氏は述べた。景観型観光は悪天候に弱いが、レストランでの食事は天候を問わず成立する。
第五は観光資源の少ない地域にも訪れる動機が生まれることだ。歴史的建築や景勝地がなくとも、一軒の高評価レストランが旅の目的地となり得る。Arrea!がまさにその例だ。
「食材がいいから別の季節に来てくれ」——観光のピークと食の旬のズレ
観光の季節分散という課題において、浜田氏は食の旬との「ズレ」に着目した。
スペインでは夏のバカンスに観光客が集中する。2025年の7・8月の訪問者数は合計約2,230万人に上り、国を挙げてその分散に取り組んでいる。日本では春の桜・秋の紅葉の時期、特に2025年4月は単月で過去最高の約390万人を記録した。国内旅行は週末や祝日に集中する傾向もある。
一方、食の旬は観光の繁忙期と重なっていないことが多い。スペインでは春のギサンテ・ラグリマ(グリーンピース)、秋のキノコ、冬の黒トリュフ・ジビエ・アングーラ(うなぎの稚魚)が食材の豊かな時期だ。日本でも冬の本マグロ・ズワイガニ・寒ブリ・ジビエ(猪・真鴨・熊・穴熊)が挙げられる。
浜田氏は、スペインの生産者から「夏はあまり食材がよくないから、別の季節に来てくれると言われることが多い」と紹介した。日本についても「夏場は魚が苦しい、冬はあんなに豊かなのに、という話は漁師からよく聞く」と述べ、食の旅行は需要を閑散期・平日へと広げる力を持つと説いた。
地方へ向かう流れ——スペインと日本の共通点
スペインでは都市部の住民が週末に車で1〜2時間かけて地方のレストランへ食べに行く文化が当たり前に根づいている。マドリードやバルセロナなど主要都市がスペインの食文化への入口となり、次に地方へ向かう流れが形成されている。エル・カプリチョ(レオン郊外)、レラ(サモラ)、オバ(アルバセテ)、エルス・カザルス(カタルーニャ内陸部)といったレストランがその例だ。
日本でも同様の動きが生まれつつある。浜田氏が審査員を務めるThe Japan Timesの「Destination Restaurants」は2021年に創設され、東京23区と政令指定都市を除く地方に限定して毎年10軒を選定してきた。2026年度で累計60軒が選出されている。インスピレーションの源はスペインとイタリアだと浜田氏は明かした。
「スペインに行くといつもまずレンタカーを借りる。1週間、10日間ずっと地方を回っておいしい店を巡る。都市部で完結することのほうが少ない。日本にもそういうことが広がってほしいと思ってこのアワードをつくった」と語った。
富山・利賀村「レヴォ」——一軒が地域の産業を変えた
地方のレストランが地域経済に与える影響の具体例として、浜田氏は富山県の山あいの集落にあるレストラン「レヴォ」を紹介した。人口約400人の小さな村に、年間約8,000人が訪れ、うち海外の富裕層は約1,000人に上る。
レヴォを取材したノンフィクション(柏原光太郎著『日本人の9割は知らない 世界の富裕層は日本で何を食べているのか』ダイヤモンド社)によると、取引する生産者の売上は4倍になった。食用花を扱う農家は取引件数が20倍に増え、新たな雇用が生まれた。器やメニュー表など周辺産業にも注文が広がり、「良いものをつくれば評価される」という自信を地元にもたらしたという。
浜田氏は「素晴らしいのはたくさんのお客さんが来るということだけでなく、取引する生産者の売上が上がったり、取引先が増えたりという経済的な貢献が実際に生まれていること」と述べた。
住民への還元と「見える化」
目的地となるレストランは高価格帯であることが多く、地元住民が頻繁に通える店ではないケースが多い。それに対し、地域とのつながりを意図的に設計している店がある。
浜田氏は三つの形を示した。一つ目は「アクセスを解放する」こと。スペインのアサドール・エチェバリはコース300ユーロ超の高級店だが、村唯一のバルを兼ね、日曜昼のみ予約なしで手頃なピンチョスを地元に提供している。近所をハイキングする人々が軽食をとる場にもなっている。二つ目は「住民がもてなす側になる」こと。レヴォは地元の日常使いの店ではないが、県外からの客を誇りを持って案内する地域の自慢の存在となっている。三つ目は「地域文化の再評価」。Arrea!は語られてこなかった狩猟文化に誇れる光を当てた。
さらに浜田氏は、観光がサステナブルであるために最も重要だと考える点として、利益の住民への還元とその「見える化」を挙げた。「観光の持続可能性は、便益が住民に還元される仕組みと、それが可視化される仕組みがあるかどうかにかかっている」と強調した。
海外の先行事例として、観光税を公共住宅や学校の整備、公共インフラにも活用し、プロジェクトごとに使途を公開している取り組みを紹介。日本の宿泊税や国際観光旅客税は主に観光振興や受け入れ環境整備に充てられているとし、さらに一歩進めて「観光がなければどの公共サービスが維持できなくなるのかを明確にする必要がある」と訴えた。
「経済効果だけでなく、観光が住民の暮らしをどう支えているかを明らかにする。そうすることで、観光を地域の負担ではなく地域の力にしていくことができる」——浜田氏はそう締めくくった。
「第1回 Spain Talks: Caring for the Future ~未来を思い描く~」は6月23日、東京・白金台の八芳園で開催された。Turespaña(スペイン観光推進局)が2024年より世界各地で展開する国際カンファレンスのアジア初開催。日本語・スペイン語の同時通訳のもと、午前9時から午後2時まで、基調講演・3つのセッション・Spain Talks Awards表彰式・ネットワーキングランチが行われ、約100名が参加した。

世界のベストレストラン50日本地区チェアマンを務める浜田氏
【kankokeizai.com 編集長 江口英一】




