【学術×現場40】日報は接客感性を磨くためのツール 福島規子


福島氏

 筆者が指導する旅館では、新入社員には入社日から3カ月間、毎日、研修日報を書くことを課している。A4用紙の「手書き日報」は、スマートフォンやPCなどのデジタルデバイスに慣れた世代にとっては、手書きという行為そのものへの抵抗感や正直「面倒くさい」という思いもあるようだ。

 勤務終了前10分間を日報時間とするものの、限られた時間内に、その日の気づきを抽出し、それについて自分なりの考察をまとめることは容易ではない。新人の多くは書くべき内容を探す段階で立ち止まり、文章化する段階でさらに苦戦する。書き始めの頃は、戸惑いと負荷の連続である。

 しかし、視点を変えると、日報を書くという行為には大きな意義がある。また、あえて「手書き日報」としている点にも意味がある。

 心理学の研究では、文字をPCやスマホに打ち込むよりも、自らの手で書いた方が、記憶保持率が高まり理解度も向上することが明らかになっている。たとえば、米国の大学で行われた実験では、講義内容を手書きでメモした学生の方が、タイピングした学生よりも、内容の理解度チェックテストの得点が高かったという。つまり、手書きは情報を「書く」という身体的行為を伴うため、脳内での処理が深まり記憶の定着が促進されるのである。

 一方で、デメリットもある。書き上げるまでに一定の物理的時間がかかること、そして、「毎日書き続ける」という習慣化の難しさである。日報は、書くネタがなければ筆が止まる。だからこそ、日々の業務の中でアンテナを高く張り気づきを拾い上げる姿勢が求められる。派遣スタッフでは気づかなかったことでも、社員として現場に深く関わることで見えてくることもある。ネタ探しそのものが、現場理解の深化と成長につながるのである。

 たとえば、ある新人は「お出迎えしたお客さまを庭の入り口から玄関まで先輩と一緒にご案内しようとした時、滞在中のご夫妻が玄関口から歩いていらっしゃいました。その時、先輩は立ち止まり、振り返ってご案内中のお客さまに会釈をしたあと、滞在のお客さまを先にお通ししました。このことは…」と空間の主導権は来館したばかりの顧客ではなく、滞在客にあることを先輩の所作から考察したことを記述している。

 接客のセンス(接客感性)を言葉だけで指導していくのは難しい。接客係自身が、その場の状況を理解、判断し、最適解を実践していくことで接客感性は磨き上げられていく。しかし、せっかくその場で気づいたとしても、忙しさに紛れ忘れてしまっては意味がない。そのために、暗黙知を形式知化する日報が重要な役割を果たすのである。こうした小さな気づきは日報を書かなければ見過ごされていた可能性が高い。

 書くことが苦痛だった新人も、3カ月書き続けるうちに日報が自分の成長を可視化するツールであることに気づく。手書き日報は単なる報告書ではなく、現場での学びを自分の言葉で再構築する学習装置でもある。

 書くことの負荷を乗り越えた先に、日報で鍛えた観察と考察が、接客センスとして生かされるシーンが必ずやってくるのである。

 福島 規子(ふくしま・のりこ)九州国際大学教授・博士(観光学)、オフィスヴァルト・サービスコンサルタント。接客サービスの現場で起こる事象をサービスコンサルタントの立場とホスピタリティ研究の専門家の知見からひも解いていきます。

 
 

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