テクノロジーは「省人化」のためではない 未来のホテリエが語る業界の課題と可能性 日本ホテルスクール×JARC


 専門学校日本ホテルスクールと一般社団法人宿泊施設関連協会(JARC)は6月22日、同校の2年生3人による「未来のホスピタリティとは」意見交換会を同校で行った。テクノロジーが進化する中で、伝統的な「おもてなし」の形はどのように変化していくべきか、またデジタルネイティブである世代の皆様がホテルに求めるサービスとは何か。次世代の業界を担う学生の柔軟な発想と斬新な視点で語ってもらった。

左から湯谷事務局長、中村さん、吉木さん、中山さん

なぜ今、未来のホスピタリティを語るのか

 意見交換会は同校事務局長の湯谷昌生氏の司会で進行した。

 参加したのは同校昼間部2年英語専攻科の中村俊介さん(三井不動産リゾートマネジメント株式会社・フォーシーズンズホテル東京大手町内定)、吉木菜々美さん(同・HOTEL THE MITSUI KYOTO/HAKONE内定)、中山葵衣さん(海外インターンシップ制度を利用して海外ホテルで実習予定)の3人。

 JARCが設けたこの場の趣旨は、IT化が急速に進む現代においてホテル業界が迎えた大きな変革期を、次世代を担う若者の視点で捉え直すことにある。5年後の現場でどう活躍し、お客様にどのような感動を生み出すのか。具体的なアイデアを出し合う有意義な機会として設定された。

ホテル業界を志した原点

 湯谷事務局長はまず、3人がこの業界に魅力を感じ、ホテリエを志した原点を問うた。

 吉木さんは「幼少期から人と関わり、相手を笑顔にすることに喜びを感じてきた。接客のアルバイトを重ねる中で、その最高峰であり空間や言葉遣いすべてが洗練されたホテル業界に強く憧れた」と語った。将来の目標として「個性が感動に繋がるスモールラグジュアリーホテルで、顔であるコンシェルジュとして活躍したい」と明言した。

吉木さん

 中山さんは「子供のころに家族旅行で訪れたホテルで、隙のない立ち振る舞いと華やかな雰囲気を纏うスタッフの格好よさに強く憧れた。年齢を重ね多様なゲストを相手に英語を自在に操りグローバルに活躍する姿を見て、その感動は確信に変わった」と述べた。「語学力を磨き世界中の人々の記憶に残るホテリエになることが目標」とした。

中山さん

 中村さんは「ホテルの非日常的な空間の洗練された空気感に幼い頃から魅力を感じ、当時の感動を提供する側になりたいと志した。高校生の頃から夢はぶれず、専門学校で現場の厳しさに触れた今もその熱意は変わらない」と語り、「日本のおもてなしの心を活かしながら、多様な文化圏で通用するグローバルなホスピタリティを体得し、多くのお客様に最高の時間を届けたい」と続けた。

中村さん

 3人の動機は共通している。幼少期のホテル体験が原体験となり、「提供される側」から「提供する側」へ回ることへの強い意志がそれぞれの言葉からにじみ出た。

現場で目撃した業界のリアルな課題

 続いて湯谷事務局長は、実際に現場を経験した中で感じた日本のホテル業界の課題を問いかけた。

湯谷氏

 中村さんは「日本のサービスにカジュアルさが足りない」と切り出した。内定先のフォーシーズンズホテル東京大手町でアルバイトをする中、海外出身のシニアスタッフから「日本人は静かすぎる。無言でいることに対してゲストが不審に感じる」と指摘を受けたという。「日本伝統の一歩引いて先回りするおもてなしは素敵だが、グローバルな視点では何も喋らない姿が逆に『冷たい』『不気味だ』と捉えられてしまうことがある」と指摘。「インバウンド全盛の今、形式的で過剰にへりくだったサービスから脱却し、アグレッシブに相手の懐へ飛び込むグローバルスタンダードへの適応が必要だと強く感じている」と語った。

 中山さんはスタッフの「肉体的疲労」を挙げた。「インバウンドの急増でお客様の数が増えるだけでなく、長期滞在される海外ゲストの重い荷物の運搬などにより、現場の負担は限界を迎えている」と述べた。「ホテリエが高い志を持っていても、身体が疲れ果ててしまうと心に余裕がなくなり、お客様の些細な表情の変化や潜在的なニーズを汲み取るための視野を失ってしまう」と危惧し、「テクノロジーによって笑顔の裏にある過酷な疲労を軽減し、人間が心に余裕を持って働ける環境を整えることこそが、今後のサービスの質を担保する最重要課題だ」と訴えた。

 吉木さんは組織内部のコミュニケーション課題を指摘した。「人手不足に伴い現場の外国人雇用が急速に進む中、言語の壁や文化の違いからインカムでの業務連絡が正しく伝わらず、連携ミスに繋がるトラブルが頻発している」という。「上の世代のマネージャー層が多文化マネジメントに不慣れなため、上層部と現場の外国人スタッフとの間で適切な意思疎通が図れていない」とも述べ、「この内なる分断がサービスの低下を招いていると痛感しており、テクノロジーによる自動翻訳などを活用した組織の基盤強化が必要だ」と主張した。

 さらに中村さんは、先輩スタッフが膨大なデスクワークに追われている現場の実情も明かした。「高いホスピタリティを持つ接客のプロなのに、裏方の事務作業のせいで表の舞台に立つ時間が削られている現状は非常にもったいない」と感じたという。「ロビーにお客様が溢れているにもかかわらず、スタッフが裏での書類処理を優先せざるを得ない矛盾をなくしたい。テクノロジーで事務を効率化し、純粋に接客へ時間を注げる環境作りが必要だ」と訴えた。

5年後の現場でテクノロジーをどう活かすか

 3人は「テクノロジーを活用したホスピタリティのあり方」をテーマに、各自のアイデアを披露した。

 中村さんが提案したのは顔認証システムの活用だ。「顔と名前を覚えるのが苦手」という自身の弱点をきっかけに着想。「エントランスやエレベーター、部屋の前などにカメラを設置し、お客様がロビーへ入られた瞬間に『〇〇様がご到着されました』とスタッフへ情報が共有される仕組みにより、移動手段のシームレスな先回り手配や、名前を添えたスマートな挨拶が可能になる」と説明した。「プライバシーや個人情報保護への配慮という課題はあるが、お客様一人ひとりに合わせた極上のサービスを究極にパーソナライズし、高い満足度を届けるための強力な武器になるのではないか」と述べた。

 大浴場への応用については中山さんが「カメラではなく温度・赤外線センサーを扉に設置することを考える」と提案した。「個人を識別する映像を残さず、シルエットや通過人数だけを熱でカウントできるため、お客様にプライバシーの不安や不快感を与えない。混雑状況の正確なデータをリアルタイムでお客様のスマートフォン画面へ届けることで、ストレスのない快適な大浴場の利用をスマートにサポートできる」とした。

 中山さんはさらにビュッフェ会場での活用も提案。「料理の減り具合や洗面所の汚れをセンサーが自動検知して裏方に伝える仕組みがあれば、スタッフは補充や清掃の作業に追われることなく、お客様への細やかな目配りや積極的なお声がけに集中できる。ゲストが不快感を抱く前に先回りで対応できるようになるため、ホテルのサービスの精度は圧倒的に向上する」と述べた。「テクノロジーを正しく頼ることは、現場のバタバタ感をなくし、スタッフが人間にしか生み出せない付加価値に時間と情熱を注いで、最高の感動を届けるための強力なサポートになる」と強調した。

 一方、吉木さんは業務の自動化に伴う懸念も示した。「ロボットが運んできたお皿を受け取るだけでは、ラグジュアリーホテルが提供すべき『特別感』として物足りなさを拭えない。テクノロジーによる効率化は重要だが、それによってサービスの温かみまで失われては本末転倒だ」と指摘。「利便性を高めつつも、人間にしかできない心の通ったコミュニケーションの機会をいかに担保し、お客様に満足してもらえるかがこれからの課題だ」とした。

 吉木さんはさらに、ハウスキーピング、ルームサービス、コンシェルジュの3分野にわたる具体的な活用案を提示した。「ハウスキーピングでは、夜間の廊下清掃をロボットに任せ、ゲストの不快感を排除しつつ、AIによる清掃順序の自動割り振りで劇的な効率化を図る」。「ルームサービスでは、下がった皿をAIカメラで分析し、食べ残しからゲストの嗜好データを蓄積。次回の滞在やグループホテルでパーソナライズされた食の提案に活かす」。「コンシェルジュでは、VIPのSNSなどの公開情報をAIが自動分析し、初来館時でも期待を超える提案を可能にする」と語った。「裏側でAIが動き、表では人間が感動を届けることで、圧倒的な顧客体験とリピーター獲得を実現できるはずだ」と結んだ。

空いた3時間で何をするか――人ならではの価値

 湯谷事務局長は「テクノロジー導入によって、もしスタッフに3時間の空き時間が生まれたとしたら、その時間をどう使いたいか」と問いかけた。具体的なサービスへの想いが3人から語られた。

 吉木さんは「ホテルに来ているお客様を、その宿泊中だけは絶対にプリンス・プリンセスだと思って接することをずっと心に留めている」と語り出した。「高いお金を払って機械任せの簡単なサービスでは納得してくれない。AIの画面表示より、スタッフが目を見て伝える『おめでとうございます』の一言の方が、はるかに感情を揺さぶる」と言い切った。「人は忘れる生き物なので、AIは覚えていることが当たり前でも、人が覚えていることが難しいからこそ感動する。自分のために記憶し時間を割いてくれた事実に人は深く感動する。生まれた時間は、この関係構築と感動のために充てたい」と述べた。

 中村さんは現場での悔しい経験を明かした。「新幹線のホームで直接お客様をお迎え・お見送りする高付加価値のサービスが、人手不足や館内業務の逼迫により、泣く泣くお断りせざるを得ない場面に多々直面した」という。「もし客室への荷物搬送や裏方の事務作業をロボットが代わりに引き受けてくれれば、スタッフの体制に大きな余裕が生まれる。その生み出された時間を使って、これまで妥協せざるを得なかったホームまでのお見送りのような人間味あふれる丁寧なサービスを全員に提供したい」と語った。「奇抜な新味ではなく、今ある素晴らしいおもてなしをやり切るために時間を使いたい」との言葉が印象的だった。

 中山さんは「AIが導き出すデータに頼るだけでなく、お客様にゼロから興味を持ち、会話を通じてその方の本心を直接聞き出す時間に充てたい」と話した。「事前情報に基づく完璧な先回りもスマートだが、スタッフから『当ホテルはいかがですか』と自分自身に純粋な興味を持って話しかけられた時、お客様は一人の人間として気にかけてくれていると温かさを感じ、ホテルへの強い信頼を寄せていただける」と述べた。「全てが事前に分かっている必要はない。お互いの人間らしい会話のキャッチボールのなかで、その日の気分や求める空気感を五感で察知していく。そんな余白のある会話の時間を、テクノロジーによる業務効率化によって生み出したい」と続けた。

 中山さんはさらに、インターンシップ先のハウスキーピング部門での体験も紹介した。「清掃後の客室にスタッフが真心を込めて折った手作りの折り紙をそっと置いておくおもてなしに深く感動した」という。「お金を払えば買える完璧な既製品とは異なり、人の手で一つひとつ折られたものには、機械には決して真似できない温かみや喜びが宿る。絵が得意なスタッフであれば、心のこもった手書きのイラストメッセージを添えるのも素敵だ」と語った。「テクノロジーの導入によって裏方作業が効率化されたなら、その生まれた時間を使って、スタッフ全員がそれぞれの特技や個性を活かし、お客様のために『世界に一つだけの手作りの温かみ』を準備する時間にあてたい。それをお土産として持ち帰っていただき、自宅で見るたびに滞在時の感動を思い出すような、お客様との長い心の繋がりを作りたい」と述べた。

テクノロジーは「省人化」のためではない

 湯谷事務局長は意見交換会の締めくくりに、自身の見解と未来のホテリエへのメッセージを語った。

 「みなさんの話は、未来のホテル業界を照らす大きな希望の光が宿っている。私たちがテクノロジーを導入する真の目的は、省人化や人間の排除ではない。人間ならではの温かいもてなしや感情の交流を、より深く、贅沢に掘り下げていくために、テクノロジーに作業を肩代わりしてもらうということだ」と語った。

 その上で、見落としてはならない本質を指摘した。「どれほど素晴らしいおもてなしであっても、それを画一化し、マニュアルに落とし込んだ瞬間にホスピタリティは『作業』へと成り下がり、いずれテクノロジーに駆逐される運命をたどる。機械に決して代替されない領域とは、マニュアルの外側で、お客様の表情や空気感を察して自発的に動くゼロからイチを生み出すもてなしに他ならない」と断言した。

 湯谷事務局長はさらに、「人間力」の本質についてこう語った。「言葉の裏にある微細なニュアンスや本心は、画面の文字だけではAIに伝わらない。対面で相手の表情の曇りや声のトーンを人間の感情で察知し、その場で新しい価値を提案する。このお客様の心の機微に寄り添う力こそが、私たちが今最も磨かなければならない人間力の本質だ」と述べた。

 ロイヤルカスタマーについても言及した。「テクノロジーは、便利で効率的なリピーターを自動で創ることができる。しかし、ホテルのファンを飛び越えて、『あのホテルには最高のホテルマンがいる、絶対に泊まるべきだ』と熱狂的に他人に紹介してくれるロイヤルカスタマーは、どこまで時代が進んでも人間にしか創れない」と強調した。

 「立地条件に恵まれずとも、全スタッフが自然とゲストに寄り添い、温かい言葉をかけ続けることで世界中からディープなファンを引き寄せるホテルもある。ホテルにとって最も大切なのは、この嘘のない本心でお客様と付き合い、ファンを増やすことだ」とも語った。

 最後に湯谷事務局長は3人へのメッセージを届けた。「私たちは、テクノロジーというパートナーの力を借りて作業から解放され、生まれた時間を、お客様との本心での付き合いと人間力を磨くことに注ぎ込んでいく。この掛け算こそが、私たちが目指すべき未来のホスピタリティの完成形だ。来年から、みなさんは京都や大手町、そして世界の一流の現場へと羽ばたいていかれる。どうか、自分自身の人間力をどこまでも磨き続け、世界中のお客様の心を震わせる、最高に格好いいホテリエになってください」と力強く締めくくった。

 意見交換会の内容は一般社団法人宿泊施設関連協会の会報誌(JARC LIVE Vol.35 :8月25日発行予定)に掲載され、広く業界内へ発信される予定だ。

左から中山さん、中村さん、吉木さん、湯谷事務局長

【kankokeizai.com 編集長 江口英一】

 
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