インバウンド4,000万人時代、円安頼みの消費増に警鐘 EYが市場分析を発表


 EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(東京都千代田区、代表取締役社長:近藤聡、以下EYSC)は6月8日、観光庁「インバウンド消費動向調査」の個票データを活用したツーリズムレポート「持続可能なインバウンド市場の構築に向けて~地方分散、リピート化の視点から何をすべきかを考える~」を発表した。

 2025年の訪日外国人旅行者数は4,268万人(2024年比15.8%増)と過去最高を更新し、インバウンド消費額も9兆4,549億円(同16.4%増)と記録的な水準に達した。一方、同レポートは「消費額の増加は円安の影響が大きい」と指摘。為替が国内企業の考える適正水準(中央値135円)に近づいた場合、単純計算で9,454億円規模のインバウンド消費額が失われる可能性があると警告している。

 リピーターが全体の65%を占め、政府目標である「リピーター4,000万人」が視野に入るとされる現状について、レポートは「単純に楽観視できる状況ではない」と踏み込んだ。消費の実態、地方分散の限界、統計の精度問題まで、複数の角度からデータが整理された。

国・地域で異なるリピート化の実態

 訪問回数の分布を全体で見ると、2025年の初回訪問者の割合は35%前後で推移しており、この比率が継続すれば2030年のリピーター4,000万人という政府目標は「視野に入る」とレポートは整理する。

 しかし国・地域別に見ると、市場構造は大きく異なる。

 東アジアでは、韓国の初回訪問者比率が16%程度、台湾が12%程度、香港が10%未満と、いずれもリピーター中心の成熟市場を形成している。これに対し、中国は初回訪問者の割合が約4割に上る。コロナ禍前の2019年には50%近くに達していた初回比率は、2024年には41%程度まで低下したものの、依然として「この規模の市場でこれだけの新規訪問者がいることは注目に値する」(レポート担当者)状況だ。

 中国市場について、EYSCストラテジック インパクト パートナーの平林知高氏はオンライン記者説明会でこう述べた。「中国は巨大なマーケットでありながら、いまだ新規で来ている方が多い。一方で昨年来のさまざまな関係の問題で旅行者が減ってもいる。過度に依存するのは問題だが、無視するのも違う市場ではないか」。

 東南アジアでは、タイが初回訪問者30%弱、シンガポールが20%超で推移。ベトナムは依然60%近い高い初回訪問率を維持しており、「リピーター化による成長が特に期待できる」とレポートは位置づける。

 欧米豪については、米国の初回訪問者比率が約6割、オーストラリアも5割超、英国・フランスも6割超が初回訪問者と、「これからリピート化することで伸びていく市場」(平林氏)として捉えられている。

リピーターの年齢構成に潜む落とし穴

 レポートが「ポートフォリオを意識する必要あり」と強調するのは、訪問回数と年齢構成の相関だ。

 全国籍・地域を対象としたデータによると、初回訪問者では30代以下が76.7%を占めるが、2〜3回目では71.7%、4回目以降では56.2%へと低下する。リピート化が進むにつれ、訪問者の年齢構成が着実に高くなっていく構造が確認された。

 国別に見ると傾向はさらに分かれる。韓国と中国はリピート化しても全体平均より低い年齢構成を維持している。中国に至っては、4回目以降のリピーターでも30代以下が80.0%を占める。一方、台湾は全体的に年齢構成が高く、初回訪問者でも30代以下は65.0%にとどまる。香港も4回目以降では30代以下が51.0%と、リピート化に伴い顕著に高齢化する傾向にある。

 東南アジアでは、タイの初回訪問者における30代以下比率が81.3%と比較的若い一方、シンガポールやフィリピン、ベトナムのリピーターは年齢構成が高くなりやすい傾向がある。欧米豪では英国・オーストラリアが全体的に高齢層で構成されており、フランスも4回目以降のリピーターでは44.2%が30代以下にとどまる。

 平林氏はこの点について「特に東アジアの部分で、初回のところがどんどん減ってきている。高齢化がリピート化によってどんどん進んでくるので、新陳代謝が進まないとマーケットがどこかで減少に転じていく」と警告した。

 最大の市場となった韓国については「中国がビザの緩和をしたりということで、韓国から中国へのアウトバウンドが増えている状況もある。こういったことも踏まえてしっかり考えなければいけない」とも指摘した。

リピーターは本当に消費を増やすのか

 「リピーターは重要」というのは広く共有された認識だが、実際の消費額はどうか。全国籍・地域の集計では、初回訪問者の平均消費額(観光・レジャー目的)が最も高く、2〜3回目、4回目以降と回数を重ねるにつれ減少する傾向が確認された。

 平均宿泊日数も同様で、初回訪問者が10.0泊、2〜3回目が7.7泊、4回目以降が6.4泊と、リピーターほど滞在日数が短くなる。

 ただし国別に見ると、東アジアでは全体傾向と異なる動きが見られる。

 韓国では初回が平均3.4泊・消費額約16万円程度に対し、4回目以降が4.1泊でやや増加。台湾も初回5.0泊から4回目以降は6.1泊へと宿泊日数が伸び、消費額も上昇傾向にある。香港、中国も同様にリピーターほど消費額が増加するパターンを示している。

 注目されるのは「買物代」の動向だ。4回目以降のリピーターで買物代が増加する傾向が見られ、平林氏は「なかなか物が売れないと言っていたが、リピーターの方のほうが消費をしていただいていた」と述べた。

 東南アジアでは、シンガポールの4回目以降のリピーターが際立つ。宿泊費が13万7,286円と突出して高く、宿泊日数は9.5泊と初回の9.4泊とほぼ変わらないにもかかわらず消費が大幅に増加している。「グレードを上げて泊まっている方々が多い可能性がある」とレポートは分析する。

 欧米豪では、リピーター化に伴い宿泊日数・消費額ともに増加する傾向が基本的に見られる。英国では4回目以降の宿泊費が31万4,664円と、初回の19万1,334円から大幅に増加。フランスは逆に4回目以降で宿泊費が14万1,805円と2〜3回目の17万7,797円より下がっており、「エアビーのような宿泊形態を好む 傾向がありそう」(平林氏)と分析されている。

円安プレミアムの実態と消えるリスク

 消費額の増加をどう評価するか。レポートは「円安による上振れ(円安プレミアム)の影響が大きい」と位置づけ、各市場の実質的な消費動向を現地通貨建てで検証した。

 2018年を基準(100ポイント)として2025年を比較した場合、円安・物価上昇の影響を差し引いた実質消費単価は、中国を除く国では2018年比で増加しているものの、直近3年では多くの市場で横ばいまたは減少傾向にある。

 特に中国は、2023年を基準(100)として見た場合、2025年時点で実質消費単価が大幅に落ち込んでおり、「直近3年で半分近くまで減少している」(レポート)とされる。東アジア全体でも現地通貨建ての予算感は減少傾向にあり、欧米豪は微増にとどまる。

 この実態を踏まえ、レポートは為替リスクを具体的に試算している。国内企業が適正と考える為替相場の中央値は135円(株式会社東京商工リサーチ、2025年12月調査)。2025年の平均為替レートは約150円(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)であり、仮に為替が135円水準に近づいた場合、単純計算でインバウンド消費額は9,454億円規模の影響を受ける可能性があるとしている。

 平林氏は説明会でこう語った。「仮に適正レートまで落ちていったときに15円の差があるので、約1兆弱のインバウンド消費が実額としては消滅する形になる。単価を増やしていくこと、消費単価を上げていく、そのために使っていただく、全体の予算をもっと高めていってもらわないと、健全な成長にはつながっていかない」。

地方消費は全体の24.8%にとどまる

 日本政府は2026年3月27日に策定した「観光立国推進基本計画」で、2030年に向けてリピーター4,000万人の獲得と、地方部での延べ宿泊日数1.3億人泊という目標を設定した。地方分散の実現は政策の柱の一つとなっているが、現状はどうか。

 レポートによれば、地方部(三大都市圏以外)への消費は総額2.0兆円で、インバウンド消費全体の24.8%にとどまる。三大都市圏とそれ以外では一人当たり平均消費単価に2.2万円の差がある。

 また、入込客数と消費単価の相関を分析したところ、相関係数(R²)は0.1998と低く、入込が多い地域でも消費単価が高いとは限らないことが確認された。一方、平均宿泊日数と消費単価のR²は0.8362と高く、「宿泊日数と消費単価には強い相関がある」ことが示された。

 レポートはこの結果から「地方への消費波及を高める上では、いかに宿泊をしてもらうかが重要な論点になる」と結論づけた。

 都道府県別に訪問率の推移を見ると、初回訪問者では東京都(69.3%)、大阪府(62.8%)、京都府(53.4%)、千葉県(47.1%)が上位を占める、いわゆる「ゴールデンルート」集中が鮮明だ。

リピート化とともに訪問率が高まる都道府県として確認されたのは、福岡県、北海道、沖縄県、大分県、熊本県、長崎県、静岡県など。4回目以降では福岡県が16.1%、北海道が11.4%、沖縄県が7.2%、大分県が5.0%へとそれぞれ訪問率が上昇する。

「地方分散」は一様には進まない

 訪問率だけでなく、実際の宿泊行動を見るとさらに詳細な実態が浮かぶ。

 東アジアの訪問先について三大都市圏と地方部の比率を見ると、韓国は4回目以降で地方部が54.6%と三大都市圏(45.4%)を上回る。台湾は初回から地方部が52.3%と高く、「沖縄に近いことから、いきなり沖縄から入るケースが多い」(平林氏)ことが特徴的だ。香港も4回目以降で地方部が48.4%まで上昇する。ただし中国は、4回目以降でも三大都市圏が62.2%と大差がなく、「地方への分散はそれほど進まない傾向」とされる。

 東南アジアでは全体的に地方部への訪問割合は4割前後にとどまる。欧米豪も地方部への訪問割合はリピーターで若干増加するものの、大きな変化は見られない。

 しかし、宿泊日数で見ると構造が変わる。東アジアでは三大都市圏での宿泊をキープしながら地方での宿泊を「追加」する形が多い。例えば韓国は4回目以降で三大都市圏1.8泊・地方部1.8泊と均等化するが、これは三大都市圏の宿泊が減ったのではなく、地方での宿泊が加わった結果だ。

 「できれば三大都市圏や過密している地域から宿泊される方が地方に代替されていくのが理想だが、実態としては都会にいる時間をキープしながら追加で1泊地方に行くという形が東アジアの現状だ」と平林氏は語った。

 欧米豪は対照的な動きを示す。オーストラリアは4回目以降で三大都市圏7.6泊・地方部5.5泊と、地方部での滞在が大幅に増加。フランスは初回の三大都市圏13.3泊・地方部2.4泊から、4回目以降では三大都市圏9.7泊・地方部9.4泊とほぼ同等になる。「欧米諸国はリピーターの地方滞在増加が地方分散に寄与している」というのがレポートの整理だ。

 地方分散の推進について、平林氏はこう指摘した。「リピート化により地方に分散するということも、単純に地方へ滞在がシフトするというよりは、都市部の滞在も組み合わせての訪日となり、必ずしも『分散』とはなっていないケースもある。オーバーツーリズムの議論も起こる中、国や地域はターゲットを見据えてどう誘客していくかを考えなければならない」。

「モノ」から「コト」消費へのシフト

 レポートは今後の方向性について、「地方でしか得られない商品や体験への接点づくりがカギとなる」と指摘する。また「”モノ”消費から体験を通じた”コト”消費へのシフトを踏まえた価値訴求と価格設計が、今後の持続的な市場形成に不可欠」とする。

 国・地域ごとに訪問者の行動特性が異なることから、「地域ごとにターゲットを明確にし、戦略的に市場を捉えることが重要」と強調。オーバーツーリズムが課題となる地域においても、「地域経済への恩恵を引き出し、住民生活の豊かさ向上につなげる観点から、消費につなげる仕掛けづくりの重要性」を訴えた。

 担当パートナーの平林氏は次のようにコメントしている。「インバウンド4,000万人時代を迎えたが、データを見ていくと、メイン市場である東アジアのポートフォリオ(訪問回数、年齢構成)からは、必ずしも楽観視できる状況ではないとわかる。市場が多様化する今、非常に重要な転換点を迎えていると言える」。

統計の限界と「ミクロデータ」活用の必要性

 レポートはその末尾で、現行の統計調査の構造的な限界についても論じた。

 現行のインバウンド消費動向調査は、2010年4月に調査が開始された空港でのアンケート調査を基盤とし、拡大推計を行う手法を取る。調査開始当初は訪日外客数が1,000万人に満たない時代であり、「来訪者の属性や消費・定性項目の傾向把握が必要で、アンケート調査との親和性が高いフェーズだった」と位置づける。

 しかし2018年に外客数が初めて3,000万人を突破し、2025年には4,000万人を超えた現在、「空港でのアンケート調査という記憶に依存するデータでは誤差が生じやすく、より詳細でミクロなデータの活用が今後の政策立案に必要だ」との問題意識がレポートには盛り込まれた。

 平林氏は説明会で「私自身も空港で海外に行った際に調査依頼があった時、何を言えるかと思っても、あまり覚えていないのが実態。統計の精度という観点で、大元のところが揺れてくる部分がある」と語った。

 代替として挙げられたのが、クレジットカードのトランザクションデータなどを活用したミクロデータだ。「海外ではビザやマスターカードのクレジットカード会社からデータ提供を受け、国レベルで消費統計を作成している事例がある。スペインなどがその例として挙げられる」(平林氏)。日本でもドコモやアプリデータをアグリゲートするプラットフォーマーが存在し、「地域の実情把握に向けたデータ連携が進んでいるが、財源の問題など経営的な課題もあり、過渡期にある」と現状を整理した。

 レポートは「細かいエリア単位での動向や周遊状況が把握できるデータ整備が必要であり、ビッグデータの活用と相性が良いフェーズに突入している」と結論づけた。

インバウンド消費は「自動車に次ぐ輸出産業」

 EYSCはレポートの背景として、インバウンド消費の産業的位置づけについても整理している。

 2025年の輸出額と比較すると、インバウンド消費額の9.5兆円は自動車(17.6兆円)に次ぎ、半導体等電子部品(6.6兆円)、鉄鋼(3.9兆円)、自動車の部分品(3.7兆円)を上回る規模となる。政府が掲げる2030年の目標15兆円を達成すれば、「自動車と肩を並べるリーディング産業」になるとEYSCは位置づける。

 平林氏は説明会でこう語った。「人口減少、少子高齢化は不可逆。市場の維持拡大をしていこうとすると、外に出ていくか、外の外需を取り込むかの二択しかない。その後者がまさに今成功を上げている観光ツーリズムの政策。全ての産業がシュリンクしていく日本経済の中で、外の需要にアクセスしていくことが非常に重要だ」。

 EYSCは今後も年1回程度の頻度でデータを更新・公開し、政策立案に資する情報提供を継続していく方針だ。

 
 
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