北村氏
私はホテルの設備管理費や光熱費、運営コストの査定に携わる中で、長年ひとつの疑問を持ってきました。
ホテルという事業は、実に不思議です。客室数が100室のホテルと200室のホテルを比べれば、たしかに200室のホテルの方が大変です。しかし、その大変さは単純に2倍ではありません。300室になっても3倍ではなく、400室になっても4倍ではありません。
もちろん、仕事は増えます。設備も増えます。利用客も増えます。管理しなければならない項目も増えます。
それでも、現場で働く人間の感覚としては、規模の増加と苦労の増加がきれいに比例しているようには感じられません。ホテルの規模が大きくなればなるほど責任は重くなります。しかし、その重さは客室数と同じ割合で増えていくわけではないのです。
私は長い間、その感覚をうまく説明できませんでした。経験的には分かっているのに、言葉にしようとすると曖昧になる。数字では捉えているはずなのに、現場の実感とは少しずれる。そんな感覚がありました。あるとき、ふと平方根のことを考えました。
平方根。学校で習う数学の一つです。多くの人にとっては、「√100=10」という記号の世界で終わってしまっているかもしれません。
しかし私は、この平方根という考え方の中に、ホテルという仕事を理解するためのヒントがあるように感じています。
平方根とは何でしょうか。数学的には、「同じ数を二回掛けて元の数字になる数」です。10×10=100だから、√100=10。20×20=400だから、√400=20。それだけの話です。
けれども私は、これを少し違う角度から見ています。平方根とは、大きすぎる数字を、人間が理解できる大きさに引き戻す作業ではないかと思うのです。
たとえば、100㎡という数字を聞いても、多くの人はすぐにはピンときません。しかし、「10m×10mの広さです」と言われると、急にイメージしやすくなります。400㎡と言われても想像しにくいですが、「20m×20mの広さです」と言われると感覚としてつかみやすくなります。人は面積そのものよりも、長さや広がりとして物事を理解しているのかもしれません。平方根とは、広がりを人間の感覚に近いかたちへ翻訳する計算だと言えます。
私は、ホテルの規模もこれに近いのではないかと思っています。客室数400室。延床面積15,000㎡。年間利用客数10万人。これらはどれも大きな数字です。
しかし、現場で働く人間が本当に知りたいのは、その数字そのものではありません。知りたいのは、そのホテルがどれほど複雑なのか、どれほど管理が難しいのか、どれほどの体制が必要なのか、どれほどの責任を生むのかということです。つまり、数字の奥にある「規模感」です。
設備管理費を査定していると、その感覚を強く感じます。100室のホテルと400室のホテルを比べれば、客室数だけを見れば4倍です。しかし、設備管理費が必ず4倍になるわけではありません。管理責任者が4倍必要になるわけでもありませんし、点検工数が4倍になるわけでもありません。むしろ、標準化が進み、運営が効率化され、一人が管理できる範囲が広がることもあります。大型ホテルには大型ホテルなりの効率があり、小規模ホテルには小規模ホテルならではの柔軟さがあります。
光熱費についても同じです。延床面積が2倍になったからといって、電気料金や水道料金が必ず2倍になるわけではありません。空調方式、熱源設備、厨房の有無、大浴場の有無、稼働率、建物性能、そして運用管理の巧拙によって結果は大きく変わります。
監査もまた同じです。監査人は、すべてを見るわけではありません。代表的な記録を確認し、そのホテルを支える仕組みを見ています。
私は査定をするとき、数字を見ています。しかし、本当に見ているのは数字ではありません。客室数の裏側にある運営体制を見ています。光熱費の裏側にある設備の使われ方を見ています。設備管理費の裏側にある現場の工夫を見ています。監査では、提出された記録そのものではなく、その記録を生み出している仕組みを見ています。
数字は結果です。しかしホテルの本質は、その結果を生み出している構造の中にあります。だから私は数字を信じています。しかし、数字だけを信じることはありません。
ホテル経営とは、人と設備と仕組みが織りなす複雑な世界です。数字は重要です。けれども数字だけでは、ホテルの実像をつかむことはできません。
私は査定をするとき、監査をするとき、そしてホテルという事業を考えるとき、ときどき平方根を思い出します。それは計算のためではありません。目の前の数字の奥にある、本当の規模を想像するためです。
ホテルという仕事は、直線ではありません。単純な比例でもありません。むしろ、ゆるやかな曲線を描きながら成長していくものです。大きくなるほど複雑になりますが、その複雑さは数字の増加と同じ速度では増えていきません。そこには標準化があり、経験があり、仕組みがあり、人の判断があり、現場の知恵があります。
そして今日もまた、私は数字を眺めながら考えます。
このホテルの本当の大きさは、いったいどこにあるのだろうか。客室数でしょうか。延床面積でしょうか。売上でしょうか。それとも、それらの数字の奥にある、日々積み重ねられている運営そのものなのでしょうか。
少なくとも私にとって平方根とは、単なる数学の記号ではありません。大きな数字を人間の感覚に引き戻し、ホテルという仕事の本当の姿を考えるための、一つの視点です。
ホテルの価値も、負担も、難しさも、数字だけでは語れません。数字の奥にある構造を読み解くこと。その構造を支えている人と仕組みを理解すること。そこに、ホテルを査定し、監査し、そしてホテルという事業を理解する仕事の本質があります。
株式会社日本ホテルアプレイザル代表取締役/株式会社サクラクオリティマネジメント代表取締役/一般社団法人宿泊施設関連協会副理事長 北村剛史




