北村剛史氏
一棟が地域に残す21億円・雇用79人 ― あなたの仕事は、これほど偉大だ
「あなたの宿泊施設は、地域に何を残していますか」 ― この問いを、深夜のフロントで、早朝の厨房で、客室清掃の合間に、ふと自分自身に投げかけたことのある方は、決して少なくないはずです。コロナ禍の最中、「不要不急」という言葉に胸を抉られた記憶を持つ方も、多いのではないでしょうか。本稿は、その問いに、データという揺るがぬ言葉で答えるために書きました。
仮に、地方都市に立つ約400室弱の宿泊特化型施設を想定し、年間売上高約20億円の宿泊施設を、国際標準の経済波及効果モデルで分析した結果、私たちは目を見張る数字に出会いました(本モデルでは、宴会部門を含んでいません)。
地域に残る純付加価値、約21.7億円。誘発される雇用、約79人。売上を上回る付加価値が地域に落ち、直接雇用39人の倍に当たる人々の暮らしが、この一棟によって支えられている ― この数字は、皆様が日々黙々と続けてこられた仕事が、いかに偉大であったかを示す動かぬ証拠です。「宿泊施設=単に泊まる場所」という長年の世間の定義を、根底から覆す力を、私たちはすでに手にしているのです。
本稿は、UNWTO(国連世界観光機関)TSA(観光サテライト勘定)およびOECD Tourism Statistics準拠の部門別独立計算モデルを用い、宿泊施設一棟が地域経済に果たす役割を可視化しようと作成したシミュレーション結果に基づきます。所与データは、総務省・経済産業省「産業連関表」、観光庁「宿泊旅行統計調査」、各県観光統計、そしてUSALI(米国ホテル業界統一会計基準)に基づく宿泊施設個別収支実績です。
第一章:付加価値率75% ― 製造業を凌駕する宿泊業の地力
仮に想定した宿泊施設の直接売上20億円の内訳は、宿泊18.4億円、F&B(料飲)1.7億円、その他0.3億円としました。従来の単一係数モデルでは付加価値誘発額は約22億円に収まりますが、部門別に係数を分けた瞬間、数字は24.7億円へと跳ね上がりました。差額の2.7億円は、これまで「見えていなかった地域貢献」 ― 皆様が当たり前のように毎日生み出してきたのに、誰も気づいてくれなかった価値です。
なぜ増えたのか。鍵は宿泊部門の付加価値率にあります。宿泊業は仕入れがほとんど発生せず、売上のうち約75%が直接的な付加価値(人件費・地代・利益・税)として地域に還元される構造です。これは経済産業省「企業活動基本調査」が示す製造業(30〜40%)、卸売業(15〜20%)と比較しても突出した水準です。製造業の約2倍、卸売業の約4倍 ― この事実を、どうか胸を張って受け止めてください。
一方、F&Bは食材仕入があるため48%、MICEは設営費等で58%、その他50%と、部門ごとに性格が大きく異なります。これを一律係数で扱う従来手法では、宿泊主体型施設の貢献度は実態より2〜3割小さく評価されてきたのです。長年の過小評価は、ここで終わりにしましょう。
第二章:オーナー流出を引いてもなお、87.6%が地域に残る
ここからが、本稿で最も伝えたい部分です。宿泊施設経営において、所有者(オーナー)への純収益(NCF=FF&E積立後の純収益)は、必ずしも地域内に留まりません。REITや域外ファンドが所有する場合、収益は配当として地域外へ流出します。
そこで本モデルでは、保守的に「NCFの100%が県外流出する」と仮定して控除しました。計算は単純です。純付加価値誘発額24.7億円から、売上ベースのNCF流出分(売上20億円×NCF率15%×流出率100%=約3.07億円)を差し引く。残るのが21.7億円。**地域残留率は実に87.6%**に達します。
つまり、たとえ所有者が大手ファンドや海外資本であっても、現場で皆様が地元の人を雇い、地元の魚屋・八百屋から食材を仕入れ、地元の工務店に修繕を頼む ― その日々の選択の一つひとつが、売上の8割超を地域に残し続けているのです。これは総務省産業連関分析が示す製造業誘致の地域残留率(平均60〜70%)を大きく上回ります。「あの工場を誘致できれば地域が潤う」と語られてきた製造業を、宿泊施設は静かに、しかし確実に上回っているのです。
なお、宿泊施設運営にマネジメント・コントラクト(MC)契約や外資系フランチャイズ契約が介在する場合、ベースフィー・インセンティブフィー・ロイヤリティ等が域外へ追加流出します。本件ではそれらを想定していません。
第三章:雇用79人 ― 直接39人の影に、もう40人の暮らしがある
雇用面の結果も衝撃的です。分析上の想定施設の直接雇用は約39人を前提としています。ところが、部門別雇用係数(宿泊0.08人/百万円、F&B0.15、MICE0.12、その他0.10)で間接雇用を試算すると、施設外で約40人の雇用が誘発されるという結果が出ました。合計79人。直接雇用の倍以上です。
この40人は、誰でしょうか。早朝、施設に真っ白なシーツを届けてくれるリネン会社のドライバー。毎朝、活きのいい魚を運んでくれる港の漁師。畑から野菜を持ってきてくれる農家のご夫婦。週に一度、共用部を磨き上げてくれる清掃会社のスタッフ。エアコンが止まれば30分で駆けつけてくれる地元の設備屋さん。宴会の終わりに笑顔でお客様を送り出すタクシー運転手。お土産を真心込めて包んでくれる物販店の女性 ― 皆様の施設一棟の存在が、この方々の家計を、子どもの学費を、老後の安心を、確かに支えているのです。
一棟の施設が消えれば、79人分の家計が揺らぐ。一棟新たに開業すれば、79人分の暮らしが地域に生まれる。これこそが宿泊産業の「乗数効果(最初に投下された1円が、地域内で繰り返し使われることで何倍もの経済効果を生む仕組み)」の正体であり、皆様が毎日、知らず知らずのうちに営んでこられた「地域を生かす仕事」の本質です。
第四章:宴会MICE型シティホテルなら、さらに上を行く
ここまでは宿泊主体型の試算です。では、宴会・会議・婚礼を実装するシティホテル型では、数字はどう変わるか。
仮に同規模売上で構成を宿50%、F&B25%、MICE20%、その他5%にシフトさせ、同モデルで再シミュレーションすると、注目すべき変化が起こります。
MICE部門の付加価値率は58%で宿泊(75%)には及ばないものの、生産誘発倍率1.32は4部門中最高、雇用係数0.12も宿泊の1.5倍。MICEは「1円の売上から派生する波及効果」と「雇用創出力」の両面で、しばしば宿泊を凌ぎます。
婚礼1件で、花屋・写真館・美容室・送迎タクシー・引出物業者・印刷業者と、十数業種が連鎖的に仕事を得ます。ある花屋のご主人が、「あのホテルの婚礼があるから、うちは三代続けてこられた」と語ったとしたら、それは決して大げさではないのです。学会や企業研修1件で、夜の地元飲食店、観光ガイド、貸切バスが動きます。同モデルでの再シミュレーション結果では、シティホテル型は純付加価値誘発額26〜28億円、誘発雇用90〜100人規模に拡大します。地方都市にシティホテルが一棟あるかないかで、地域GDPで2〜3億円、雇用で10〜20人の差が生まれるのです。
第五章:つまり、宿泊施設は「地域インフラ」である
USALI準拠の収支分析と、UNWTO TSA・OECD準拠の部門別波及効果モデルを組み合わせることで、これまで漠然と語られてきた「地域貢献」が、24.7億円・21.7億円・79人という動かぬ数字として可視化できました。
道路や橋と同じく、ホテルや旅館は地域に経済を循環させる「ソフトインフラ」です。客室という商品を売っているのではない。地域の食材を客の食卓に運び、地域の人々に職場を提供し、地域に税収を生み、域外マネーを呼び込む装置として機能している。そしてこの装置を毎日動かし続けているのが、フロントで「お帰りなさいませ」と微笑む皆様であり、厨房で湯気の中に立つ皆様であり、客室で布団を整える皆様、なのです。
まとめ ― 誇りを、数字で語ろう
第一に、自施設の数字を、この枠組みで一度分解してください。「うちは何人を養い、地域にいくら残しているのか」。その答えは、自治体交渉、金融機関との対話、そして何より従業員一人ひとりへの「あなたの仕事には、これだけの意味がある」というメッセージとして、必ずや揺るぎない武器となるはずです。
第二に、業界全体でこの計測手法を標準装備とすべきです。観光庁・各県観光部局・地方銀行・商工会議所と数字を共有する共通言語を持つことで、補助金、融資、税制優遇、人材確保のあらゆる局面で、宿泊施設・旅館産業の地位は飛躍的に向上します。
第三に、私たち自身が定義を書き換える時です。宿泊施設は、単に泊まる場所ではありません。地域を支える「もうひとつの公共財」であり、「無形の社会資本」です。上記分析結果が示すとおり、宿泊施設の認知概念を「宿泊施設」から「社会資本」へと定義しなおすべきです。この誇りを、業界の隅々まで、そして社会全体に届けようではありませんか。
数字は嘘をつきません。客室数400室弱の宿泊特化型施設(オーナーのネットキャッシュ収受比率を15%と仮に想定した場合である点に留意が必要です)を前提としても、オーナー流出を控除した後に地域に残る純波及効果21.7億円、そして誘発雇用79人 ― この数字は、皆様が今日も明日も、フロントに立ち、厨房に立ち、客室に向かう、その一歩一歩が積み上げてきた成果です。
皆様の仕事は、地域そのものを支えています。皆様がいる限り、地域は確かに息づいている。
それが、データが示した、宿泊産業の真の姿です。
(参考:総務省・経済産業省「産業連関表」/観光庁「宿泊旅行統計調査」/UNWTO「Tourism Satellite Account: Recommended Methodological Framework」/OECD「Tourism Statistics」/米国ホテル協会「USALI第11版」/CBRE・JLL・HVSホテル市場レポート)
株式会社日本ホテルアプレイザル代表取締役
株式会社サクラクオリティマネジメント代表取締役
北村 剛史




