宿泊施設関連協会
一般社団法人宿泊施設関連協会(JARC)は4月28日、「宿泊施設が抱える課題について2026」意見交換会を実施した。同協会が宿泊施設に対して行ったアンケートの結果を踏まえて、旅館・ホテルの出席者ら5人が実際の現場からの声を上げた。座長は東洋大学国際観光学部の徳江順一郎准教授が務めた。
意見交換会はJARC事務所で開催。温泉旅館経営者、都内ビジネスホテル総支配人、都内シティホテル本社マネージャー、都内シティホテル支配人、川村学園女子大学生活創造学部准教授の植松大介氏が委員として参加した。
建物の老朽化が最多、11ポイント増で危機感
アンケートはN=125の宿泊施設を対象に実施した。業種別では旅館が59%を占め、地方フルサービスホテルが21%、地方宿泊特化型ホテルが9%と続く。職位別では経営者・役員が61%、管理職が34%、一般職(正社員)が5%。客室規模では20室未満が24%、20室以上50室未満が30%と、小規模施設が回答の過半数を占めた。
全施設を通じた上位3課題は「建物の老朽化」(75%)、「人手不足」(66%)、「生産性の向上(業務効率化)」(63%)だった。「建物の老朽化」は昨年より11ポイント増加し、客室200室以下のすべての施設において1位を記録。旅館とフルサービスホテル(地方)では人手不足を上回り、老朽化への危機感がより強く表れた。
昨年度行った同アンケート7位だった「顧客満足度の向上」は本年度5位に上昇。「DX推進」は100室以上200室未満および200室以上の施設において上位5課題に挙げられた。
意見交換会では、このアンケート結果をもとに各施設の経験が共有された。「建物の老朽化についてですが、2種類あると思う。一つは設備そのものの更新ができないという問題。例えば30年前に導入したハイスペックな設備が、配管からやり直さないと替えられない。もう一つは、露天風呂付き客室など顧客ニーズの変化に対応したくても、建物の構造的制約から意匠のアップデートが難しいという問題だ」と参加委員の一人が整理した。
給湯配管破裂、運営側と経営側で異なる「老朽化の恐怖」
施設ごとの具体的な経験も語られた。ある参加委員は「先日、ボイラーの給湯配管から水が噴き出し、メインボイラーが止まるという体験をした」と明かした。
老朽化問題は立場によって見え方が異なると同氏は指摘する。「運営サイドからすれば、断水や雨漏り発生時のお客様対応、部屋の振り替え、謝罪といった実務負担が最大の恐怖だ。ハードの古さゆえに価格転嫁が難しいことも切実な悩みである。一方で経営サイドに立てば、配管更新や外壁修繕など、数億円単位の資金調達という財務リスクが重くのしかかる」。
別の参加委員は「全体切り替えが一緒になる全館一括空調のため、季節の変わり目に温度調整ができず、ヒーターを貸し出す対応が続いている」と説明。経営方針として、建て替えではなく「リファイン(既存のものを磨き上げる)」の方向でリノベーションと修繕を進めていくことが決定されたという。
また別の参加委員は、3年半かけて1万件以上のアンケートを収集し、「古さ・汚さ」がマイナス評価の一方で「サービスの良さ」「料理のおいしさ」がプラス評価であるというエビデンスをオーナー側に提示した結果、今年度ようやく大規模改修が決定したと報告した。ただし「修繕は壁紙やカーペットの張り替えといった表面的な部分に留まり、配管や空調などインフラ面の根本的な改善には至っていない。引き続き騙し騙しの対応が必要な状況に変わりはない」と話した。
高付加価値補助金で生まれた格差、「取り残された感」が老朽化意識に
地方施設においては、補助金活用の有無による格差が老朽化への課題意識を左右していることも浮かび上がった。ある参加委員は「高付加価値補助金でリノベーションできた施設とできなかった施設の間には明確な格差が生まれた。周囲が刷新される中で恩恵を受けられなかった地域や宿は、取り残された感を強く抱いており、それがこのアンケート結果にも表れている」と述べた。
建物の将来的な活用方針についても議論が及んだ。「25年で閉館してマンションとして売却する」という出口戦略を前提に運営するホテルの事例や、将来的な介護施設転用を見据えて設計された旅館の事例が紹介された。また同氏は、固定資産を持たない発想としてキャンピングカーを客室として活用する試みを行っており、「グランピング施設は売却できないがキャンピングカーはリセールバリューがある。建物という枠組みだけで考えると、修繕とコストの迷路から抜け出せなくなる。自動運転技術が進化して『ホテルそのものが移動する世界』が到来したとき、私たちのビジネスはどう変わるのか、全く新しい宿泊のあり方を模索しておく必要がある」と問題提起した。
中間管理職に集中する「人手不足」の実態
人手不足については、職位別の分析が注目を集めた。経営者・役員では3番目の課題(66%)だったのに対し、管理職では1番の課題(77%)となった。意見交換会では「中間のマネジメント層にしわ寄せが集中している可能性が高い。トップが現場の逼迫した実感を十分に吸い上げられていないことを示唆している」との見方が示された。
シフト作成の困難さも具体的な課題として挙がった。ある参加委員は「フロントの夜勤は7~8人必要だが、誰でもいいわけではなく、表に立つ人、会計担当など役割に応じた人員配置が必要なため、シフト担当者は毎月苦慮している。AIを活用したシフト作成システムの導入を検討しているが、話を聞くと6~7割程度の完成度で最後は手を入れていく必要があるとのことだ」と説明した。
夜勤の外注化という事例も紹介された。植松氏は以前の勤務先ホテルでの取り組みとして、「22時半に外部業者へ引き継ぎ、スタッフは23時に帰宅。翌朝7時に管理職が状況を確認する体制を取った。基本的に現金払いはなく全部OTAで事前決済だったため、トラブルも少なかった。緊急対応はアルソックに任せていた」と説明。「旅館においても、近隣施設との夜勤の共同化など、自社完結にこだわらない柔軟な発想が人手不足を乗り越える鍵になる」と提案した。
別の参加委員は「25室から30室規模の旅館が集積しているような旅館街であれば、電話オペレーションや清掃業務を複数の施設で共同外注することも十分に可能ではないか。共同で雇えばいい」と新たな方向性を示した。
人手不足の背景について植松氏は、「30代後半あたりはホテル業界のパワハラがある・なしの狭間の世代で、それを経験して辞めた人も多い。コロナ禍がさらに拍車をかけ、現在は若手は多いが中堅層がごっそりいない状態になっている施設が多い。数年後には幹部層も大量退職を迎え、パワーバランスがさらに悪化する可能性がある」と指摘した。
DX推進と顧客満足度、トレードオフの懸念
「顧客満足度の向上」が昨年の7位から5位に上昇したことについて、座長の徳江氏は「顧客満足度を向上させたいが手法が見つからない、あるいは低下を食い止められないという危機感の表れとして捉えるべきだ」と分析した。
口コミへの取り組みでは、ある参加委員が具体的な成功事例を紹介した。「レストランのスタッフがお客様の口コミに名前が入っていることを確認できたら、そのスタッフにインセンティブとして即金を渡す制度を試験的に実施している。ネパール出身のあるスタッフは、担当を始めて3ヶ月でGoogleの口コミ件数が300件増加し、点数が3.9から4.3まで上昇した。現在、1か月に4万円ほどのインセンティブを得ている」と述べた。
一方、DX推進と顧客満足度向上の関係については懸念も示された。別の参加委員は「DXと顧客満足度は、現状トレードオフの関係にある。DXによる効率化はオペレーションを円滑にするが、満足度は人が介在することで醸成されるものだ。セルフチェックインなどはゲストに操作の手間を強いることでもあり、会話が消失した機械的な対応の中ではお客様は大切にされているという実感を得にくく、口コミも無機質な評価になりかねない」と述べた。
植松氏も「常連客が何も言わずにサインひとつで鍵を手渡されることがゲストにとっての最高の喜びだ。これを一律の機械管理にしてしまうのは、VIPであっても統制として扱うような感覚を与えてしまう。どこまでを機械に任せ、どこで人を出すか、この境界線にホテルの真価が問われている」と語った。
口コミにおける日本人客と外国人客の傾向の違いについても議論が行われた。植松氏は「外国人客と日本人客では評価の感覚が異なる。日本人客はネガティブな指摘が多く、外国人客は同じ案件でも丁寧に説明してくれたという形でポジティブに評価する傾向がある。日本人への返答は申し訳ございませんから始まる文章が多くなるのに対し、外国人への返答は温かいメッセージで感謝を伝えるものになる」と説明した。
意見交換会の最後に座長の徳江氏は、「本日は建物の老朽化や人手不足といった今まさに直面している課題から、DXとホスピタリティのバランスの難しさに至るまで、多岐にわたる貴重なご意見をいただいた」とまとめた。残された課題として、災害対策や資金繰り、事業継承といった経営戦略テーマおよび会員制度のあり方については次回の検討課題とすることが確認された。
次回の同意見交換会は、5月26日に開催される。




