近年、犬同伴の観光需要は着実に拡大している。実際、愛犬との旅行市場はこの数年で大きく成長し、2020年から2023年にかけて約1.6倍の約650億円に拡大したとされる。従来、ペットは留守番させる存在であったが、現在では「コンパニオンアニマル」、すなわち人と生活を共にし関係性を築く存在(伴侶)として、旅行においても共に時間を過ごす対象となってきたということである。そうなれば、これまでの旅行行動の出発点は単なる「どこに行きたいか」から「犬同伴で行けるか」という前提が加わっていくことになる。
この変化を観光心理の観点から考えてみる。人は旅行を通じて自己を拡張し、新たな経験を取り込むが、その過程において犬は単なる同行物ではなく「関係的他者」として機能する。すなわち、犬とともに景色を見て、移動し、休息する経験は、個人の体験を「共有された記憶」へと変容させる。こうした点に犬同伴旅行の魅力の一端があるのだろう。
また、愛犬を長時間留守番させることやペットホテルに預けることへの心配や罪悪感といった心理的負担、いわゆる分離不安も重要な要因となる。特に新型コロナウイルス感染症の拡大(パンデミック)以降、在宅時間の増加に伴って人と犬の接触頻度が高まり、関係性の密度は一層強まり、「離れること」そのものがストレスとなる傾向がある。その結果、旅行先の選択においては目的地の魅力以上に「犬同伴で楽しめるか」が優先されるケースが増えていると考えられる。
このように、もはや犬同伴観光は単なる付加的サービスではなく、観光の意思決定構造を再編成する力を持つ。受け入れの有無が選択の前提となる現在、観光産業はこの変化を周縁的な需要としてではなく、中心的なトレンドとして捉える必要があるのではないだろうか。
(大妻女子大学人間共生学部心理学科教授 八城薫)




