この世界には「移動できる人」と「移動できない人」がいるのではないか。本書は、通勤・通学、買い物、旅行、引っ越しといった日常生活から、観光、移民・難民、気候危機といった地球規模の大問題まで、移動という視点から現代社会に潜む〈分断・格差・不平等〉を鋭く描き出す一冊だ。著者は、人々が移動する力を「資本」と見立て、その偏在がいかにして新たな階層を生み出すかを精緻に論じる。
本書がキーワードとするのは「移動格差(mobility gap)」である。これは「人々の移動をめぐる機会や結果の格差から生じるさまざまな社会的排除と階層化」を指す。著者は、自家用車から海外渡航まで、移動手段を使いこなすには金銭・技能・ネットワークという資源が必要だと指摘。ハリケーン「カトリーナ」での避難の差や、能登半島地震後の二次避難をめぐる困難、高騰する自動車価格、進まない高齢者の免許返納といった具体例を挙げながら、移動できることが当たり前ではない現実を突きつける。
本書の特色は、約3000人を対象とした独自の調査データに基づき、日本社会における移動格差の実態を明らかにしている点だ。「半数弱は自分を『自由に移動できない人間』だと思っている」「5人に1人は移動の自由さに満足していない」「3人に1人が他人の移動を『羨ましい』と思っている」といった人々の認識が示される。さらに、年収や性別、居住地域によって移動の機会がどう分岐するかを分析。富裕層は移動を成功の増幅装置とする一方で、低所得層は「動けなさ」が選択肢を狭める負のスパイラルに陥るという、格差の再生産構造を浮き彫りにする。
「移動が成功をもたらす」は本当か、移動はジェンダーとどう関わるかといった論点も掘り下げられ、格差解消に向けた「5つの観点と方策」も提示される。移動という軸から日本の階層地図を塗り替えようとする試みであり、ライターの石渡翔氏が「本書を読み終える頃には、最寄り駅までの道のりさえ普段と違う景色に見えるかもしれない」と評するように、読者の日常の見方を変える力を持つ。
著者の伊藤将人(いとう・まさと)氏は1996年長野県生まれ。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員・講師。2024年に一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程を修了し、博士号(社会学)を取得。地方移住や関係人口、観光など地域を超える人の移動に関する研究や、持続可能なまちづくりのための研究・実践に長年携わる。著書に『数字とファクトから読み解く地方移住プロモーション』(学芸出版社)がある。
定価1000円+税。
発行=講談社現代新書。





