【新春女将座談会】おにやまホテル × 奈良屋 × 本陣平野屋花兆庵 × 益子舘里山リゾートホテル × 八乙女


和のおもてなしの先頭に

 日本旅館の魅力は、食事や風呂などさまざまあるが、一番は「おもてなし」ではないか。そのおもてなしの先頭に立ち、宿の顔として活躍するのが女将だ。全国から5人の女将に来ていただき、理想の女将像、悩み、醍醐味(だいごみ)などを語っていただいた。

 

【出席者(順不同)】

上月明美さん(おにやまホテル 大分県・別府鉄輪温泉)

小林禮子さん(奈良屋 群馬県・草津温泉)

有巣栄里子さん(本陣平野屋花兆庵 岐阜県・飛騨高山温泉)

髙橋美江さん(益子舘里山リゾートホテル 栃木県・益子)

石川美華さん(八乙女 山形県由良温泉)

司会=本社副編集長 板津昌義

 

 ――(司会)初めに自館の特徴から教えてください。

 

石川さん

 

 石川 私の宿は山形県の西半分、庄内地方の鶴岡市の日本海に面した由良海岸にあります。すぐ近くに「八乙女浦」があり、1400年前に蘇我氏の追手を逃れてきた蜂子皇子が疲れ切ってこの地にたどりつき、八人の乙女が舞を踊って出迎えました。それで元気になった皇子は三本足のカラスに導かれて出羽三山、羽黒山を開いたという伝説があります。お客さまに乙女になって帰っていただける温泉ということで、宿の名前を八乙女とさせていただきました。

 夕日が美しく、露天風呂から見える渚もきれいです。食事は近くの漁港に揚がった新鮮な魚介をお出ししています。名物は「由良の黒モズク」。それをしゃぶしゃぶで召し上がっていただいています。

 

髙橋さん

 

 髙橋 栃木の中でも私は県東の方、益子という焼き物の町で60室の旅館を経営しております。益子町は人口2万3千人の小さな町ですが、アートが盛んで、全国から作家、陶芸家をたくさん受け入れる要素がある町です。そこの1軒宿なので、大浴場の露天風呂には陶芸家の先生のオブジェを設置するなど、益子焼を生かしています。滝が流れる露天風呂はマイナスイオンを感じるということで非常に人気があります。栃木の食材にこだわったお料理を提供しております。

 私個人としては、社内でバンドを組んでおり、ドラムやボーカルを担当しています。従業員で組んでいますので、「SHINE’S(シャインズ)」という名前です。

 

 

 有巣 岐阜県高山市は平成の大合併で面積は東京と同じくらいですが、およそ90%が森林です。飛騨高山には年間400万人のお客さまが来られるようになり、飛騨高山と言うと全国的に名の通った観光地になりました。伝統と文化をこの小さな町が、脈々と守ってきたおかげで、私たちは商売をさせていただいております。

 春と秋の高山祭が有名ですが、女性に人気のある赤い橋や古い街並み、朝市などがある街の真ん中に私どもの旅館があります。

 通りを挟んで、本陣平野屋別館と本陣平野屋花兆庵の2棟、27室ずつ合計54室の旅館でございます。別館はファミリー層、グループ層向け。花兆庵はご夫婦や女子会などで、リピーターの皆さまに支えていただいております。

 

 小林さん

 

 小林 奈良屋は、草津温泉の「湯畑」という大きな源泉のそばに立地しており、創業は明治10年です。今年で144年目を迎えます。現在、奈良屋グループとして、奈良屋のほかに「草津ナウリゾートホテル」「湯畑草菴」「源泉一乃湯」、それから昨年、たった二つの部屋しかないカフェ併設の宿「湯川テラス」を造りまして、これらの5施設を運営しております。私はその奈良屋グループの女将として過ごしています。

 草津温泉の売り物は何と言っても温泉。源泉がいくつかあり、私の宿は最古の源泉「白旗源泉」です。温度が51、52度と高く、源泉100%でやるために湯の菅理をする「湯守」を置いています。お客さまにはいつでも42度の快適な温度で入っていただけるようにしております。

 

上月さん

 

 上月 別府市の観光の目玉は7カ所の「地獄めぐり」で、その一つ、「鬼山地獄」を所有しています。その温泉は98度。あまりにも高温なので、あの山には鬼しかいないということで、「鬼山」の地名が付きました。主人の祖父が別府観光に貢献したいということでワニを輸入し、鬼山地獄で飼い始めました。東京オリンピックが開かれた1964年にホテルを営むようになり、私は3代目になります。

 別府市は今、大手のリゾート会社がたくさんホテルを造っていて、昔からの地元のホテルと集客の差がはっきりとつく状態になってしまいました。今はもう自分のホテルに合った客層だけを受け入れていくしかないと感じているところです。

 

 ――悩みごとなど旅館経営において最近、感じていることは。

 

 髙橋 悩みでもあり、うれしいことでもあるのですが、子ども3人のうち上の2人が旅館に入りました。すると私と主人と、若い世代とではやり方に違いが出て、何度もけんかしました。子どもたちが言うように、これからはネットを使っていろいろ変わらなければならないと理解はしていますが、私も社員もすぐにはシフトチェンジできない。その葛藤があります。

 親の介護にも目を向けなければならず、仕事と家庭を含めて1日が終わるとほっとします。

 

 有巣 ここ何年かずっと悩んできたのは、次の世代へのバトンタッチも含めてこれから先の旅館運営について。働き方に対する考え方も変わってきています。マルチタスクや生産性向上にも取り組まないといけない。変化しなければいけないこと、変化してはいけないことを分けつつ変化しないといけません。また、もう一つの悩みは、人材育成ですね。3年離職も大きな壁で、やりがいを持てる環境つくりが必要と感じています。

 

 小林 最近感じるのは、ネットの時代にいよいよ突入したということ。予約比率が70%を超える状況になりました。私は小さい時からネットに触れているわけではないので、この歳で見よう見まねで予約や口コミの返信などをネットでやっています。一緒にやっている娘夫婦はネットを駆使していて、これはもう世代交代だなと感じています。従業員面接もオンラインでやるなど、旅館業もずいぶん変わってきました。今はとにかく、この歳ですが、ネットに追いつく努力をしているところです。

 

 上月 うちはホテルといっても完全な旅館です。旅館はおもてなしが大切なので人の手がかかります。私も朝はお客さまが8時に出るのであれば7時半に出勤し、夜は10時のミーティングが終わるまで、ホテルにどっぷり浸かっています。後継者からは「そういう生活はできない」とはっきり言われています。90室を朝から晩まで管理するのは、もうすぐ限界です。これからどういうやり方をしていけば存続できるのかというのが、一番の悩みです。

 

 石川 日々、悩みだらけです。コロナ禍になってから朝食のバイキングもラーメンコーナーもカラオケもできない。これがいつまで続くのか。本当に苦しい状況です。

 また海沿いですが、アクセスが悪いのです。電車の場合は東京からだと3時間半くらいかかります。車でお越しになるにも、高速道路が途中で切れていて2区間ほど下道を走らなければいけません。

 人手不足も深刻です。勤めたいという若い人が少なく、社員に地元の人はほとんどいません。

 

 ――目指す女将像とその理想に向けて取り組んでいることは。

 

 有巣 社員たちにとって、何か問題が起きたとき、振り返るといつも女将さんがいて、「大丈夫」と言ってあげたいと思ってやってきました。うちの父はいつも、「トップは社員の『太陽』でなければいけない」と申しておりまして、本当にその通りだなと感じております。今は「女将がいなくてもいい」というスタイルの旅館がすごく多くなってきましたが、旅館の中ではキーパーソンであるべきだと思っております。社員にとっては最後の砦(とりで)、お客さまにとっても「女将さんがいるとなんかほっとするよね」と言われる立ち位置になりたいと今も思っています。

 

 小林 私はどちらかというと、「この宿にはどうも女将がいるらしい」という感じが好きなんです。20年前は宴会場でご挨拶もしましたし、夕食の頃に36ルームの各部屋を訪問しましたが、今は旅館の施設も変わり、お客さまのニーズが変わってきたと感じます。私が思う女将像にだんだん近づいてきました。1泊2食の今日のお客さまを陰ながらお守りするというスタイルですね。社員の動きを見て「こういう動きをしているから大丈夫かな」とか、「この仕事はちょっときついから少しやり方を変えようか」とか、そういうところに目を向けています。

 

 上月 別府の昔からのスタイルとして、私の宿も宴会で大騒ぎしてにぎわうという温泉旅館の形でした。私も最初のうちは何十部屋も回っていました。ところがお部屋にご挨拶に上がると、せっかくリラックスされているお客さまがキリっと緊張されるんですね。これはいけないなと思って部屋回りをやめました。

 

 今はGo Toトラベルで忙しくなり、とにかく人手が足りないので、皿の片づけなど下働きもし、先頭に立って働いています。そうした姿を見て従業員たちも一生懸命にやってくれるのではないかと、いい方に解釈しております。

 

 石川 私はお客さまが玄関に入って来られたときの雰囲気で、「あまり相手をしてもらいたくない」「女子会だから今日は自分たちだけで楽しみたい」、逆に「今日は女将さんと会いに来たから相手をしてほしい」というのが分かります。女将としては、玄関の方でコンシェルジュのように立っているだけで安心だと思われるような存在でありたいと思っております。

 一番大切にしているのが、笑顔を絶対に忘れないようにすることです。従業員にも、「笑顔、笑顔で」と言い歩いております。笑顔でいれば、お客さまも自然と笑顔を返してくれるんですね。

 

 髙橋 私は嫁入りしてから義理の父に厳しく育てられました。7年前に他界しましたが、私が一番尊敬しているのが義理の父です。その父が七つの大事な教えを文書に残しています。「健康が一番」とか「自分から積極的に仕事をする」「社員には気持ちよく仕事をしてもらうようにする」などすごく単純ですけれども大切なことばかりです。また、「経営者らしさ、女将らしさなど『らしさ』を身につけろ」とよく言われました。そうした義理の父の教えを忘れないようにしています。目指すべき女将像としては、楽な方に行かないように気を付けています。

 

 ――女将としてのやりがい、醍醐味など、普段感じているところを教えてください。

 

 上月 お客さまの命を一晩お預かりして、安心安全に、そして気持ち良くお泊まりいただく、それをお客さまのご希望に沿って接客しながら全うするのが、私の信念に近いようなものです。女将としての醍醐味は、それしかありません。お客さまから「良かったよ。また来るよ」といった言葉を聞くだけで、これで間違いなかったと自信につながっています。

 日本は国土の小さな国ですが、よく目を見開いてみると物事の幅の広い国で、同じ旅館業でも経営者によってそれぞれ方向性が違います。その中で、自分の宿よりも上を目指すのではなく、今の宿を維持できるように私が宿を守るという気持ちで頑張っています。

 

 石川 お客さまのニーズに応えるために、あまり相手をしてほしくないという方にはそれなりのおもてなしをいたしますが、「ゆっくり過ごしたい」というリピーターの方にはお茶を差し上げております。「茶はさびて心はあつくもてなせよ 道具はいつも有合わせにせよ」という利休の句があるのですが、それをいつもモットーとしております。華美なものできらびやかにしてもお客さまには喜ばれないし、通り一遍のおもてなしではダメだと思います。お茶を飲んで「ああ、ここに来て、ゆっくりできて本当に良かったよ」とお客さまの顔がほころんでいるのを見ると、ああ女将をやっていて良かったなあと思います。

 

 髙橋 12月は休館日に、県の補助金を活用し、ワンフロア10部屋を「抗菌部屋」へと改装しました。この業界は装置産業なので、大工さんが入り、空間を造ることがあります。私は特にそうした改装工事が好きなんですね。でも、いつもお金をかけられるわけではないので、古くなってきたものを新しくリノベーションできるときには大きな喜びを感じます。それはお客さまの求めているものにシフトチェンジすることですし、経営がしっかりしていれば決して悪いことではないわけですから。

 私はご当地が焼き物の町なので、器を一つ選ぶだけでもとてもうれしくなります。板長など従業員も関わり、どの色がいいかとか、どの形がいいかと聞いています。もちろんお客さまの喜ぶ顔を見るのが一番ですが、お客さまの喜んでくれるような空間創りや物選びができることも醍醐味ですね。

 有巣 私は家付き娘なんです。4人姉妹の一番上で、小さい時から跡取りとして育てられました。ですから、皆さんのようにお嫁さんの苦労をしていないので、私は商売が大好きなんです。父が飲食業から旅館を始めたのですけれども、私は飲食業よりも旅館が好きで、「生まれ変わっても女将になるぞ」とずっと思っているのです。そのころに「女将」という名前があるかは分かりませんが(笑い)。

 苦労は多いけれども、その分、自分に戻ってくるものがすごく大きくて、毎日が濃いですよね。濃過ぎるというのはあるかもしれませんが、すごく濃い毎日です。私は女に生まれて良かった。女将は天職とみんなから言われています。

 

 小林 旅館というのは日々劣化していくんですよね。すべてが劣化します。それに対して歯止めをかけるために奈良屋もいつもトンテンカンテンとリニューアルをやっています。今はバリアフリーのお部屋を造っています。これは実は補助金が出るということで。

 

 髙橋 一緒ですね(笑い)。

 

 小林 一緒です(笑い)。それで慌ててやっているところなんです。私も旅館の女将というよりは、その商売が面白いのです。食器もそうですし、自分でいろいろなことが選べる。もちろんデザイナーやスタッフ、いろいろな方の意見も聞きますが、「この部屋をどう改善しようか」などと考えるのはものすごく楽しいですね。そういうところにも醍醐味があります。

 

 ――最後に年頭に当たり、今年の抱負を。

 

 髙橋 先ほども申しました通り、私は親のこと、旅館のこと、家庭のことと役割がさまざまありますから、パーフェクトにこなせるように頑張りたいなと(笑い)。肩を張らずに、健康第一で、ちょっとだけチャレンジしてみたいと思います。

 

 有巣 私は昨年、令和2年でちょうど還暦を迎えまして、「最初の一歩に戻るんだな」と思っているのです。嫁も娘も手伝ってくれていて、次なる旅館づくりを考えていく、そういう具体的な動きを進める1年にしたいと思っています。

 それから昨年は本当に社員に苦労を掛けたので、社員が報われることをもう少し考えていかなければならないと思っております。今年はお客さまの笑顔もそうなんですが、社員の笑顔があふれる年にしたいですね。そして、自分も笑顔になりたいと思っています。

 

 小林 今までと変わらないのですが、楽しく過ごすこと。それがお客さまに元気を与えられる。娘がもう後を継いでいますが、私が楽しい暮らしをしていると、娘も「女将のようになりたい」という気持ちになると思うのです。商売というのは、私も父の後ろ姿を見て感じたことがすごく多かった。今年は早く娘へバトンタッチできたらいいなと思っています。私は元気、笑顔、それからお客さまへの共感をモットーにしておりますが、私の後ろ姿を見て、そういったものも受け継いでもらえたらうれしいと思っております。

 

 上月 建物が古いホテルですが、コロナ禍がなければ実行できたことが先延ばしになってしまったのです。私はもう本当に先がないんですね(笑い)。この1年をどうするかによって、私のホテルの道が決まるという覚悟をしないといけないと思っています。今、「べっぷ旅館女将の会」で11軒の女将さんが月1回で例会を開いていろいろな話をし、市の活性化にも一緒に力を合わせて頑張っています。ですから何とか今を乗り切って、オリンピックもインバウンドも帰ってくるような希望の持てる1年にしたいと思っています。

 

 石川 皆さんのおっしゃる通り、昨年は苦しい毎日で、自粛が長くていろいろなことに制限がかけられてしまった1年でしたので、社員に苦しい思いをさせてしまったのが一番心苦しいですし、お客さまにもいろいろとご迷惑をかけてしまいました。

 ですから、今年は明るい世界になるといいなあと思っています。まずは早くマスクが取れるようになってほしいです。今年こそは明るい希望の光が輝きますようにと願っております。日本の心のおもてなしのお仕事をもっと若い方にも魅力的に感じていただけたらうれしいですね。

 

拡大

拡大

 

 
新聞ご購読のお申し込み

注目のコンテンツ

第37回「にっぽんの温泉100選」発表!(2023年12月18日号発表)

  • 1位草津、2位下呂、3位道後

2023年度「5つ星の宿」発表!(2023年12月18日号発表)

  • 最新の「人気温泉旅館ホテル250選」「5つ星の宿」「5つ星の宿プラチナ」は?

第37回にっぽんの温泉100選「投票理由別ランキング ベスト100」(2024年1月1日号発表)

  • 「雰囲気」「見所・レジャー&体験」「泉質」「郷土料理・ご当地グルメ」の各カテゴリ別ランキング・ベスト100を発表!

2023 年度人気温泉旅館ホテル250選「投票理由別ランキング ベスト100」(2024年1月22日号発表)

  • 「料理」「接客」「温泉・浴場」「施設」「雰囲気」のベスト100軒