旅行業者「てるみくらぶ」の経営破綻に伴う問題を受けて、観光庁の有識者会議「新たな時代の旅行業法制に関する検討会・経営ガバナンスワーキンググループ」(座長・山内弘隆一橋大学大学院商学研究科教授)はこのほど、再発防止策などの提言として最終報告をまとめた。
最終報告の全文(別表除く)は次の通り。
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Ⅰ対策の基本的な考え方
本年3月27日、株式会社てるみくらぶ(以下「当該社」)が東京地方裁判所に破産申請を行い、同日受理された。同社の記者会見によると、既に受け付けていた旅行は約3万6千件(当該社への申し込み人数にして約8~9万人)、旅行者に対する負債は、約99億円に及ぶとのことであった。負債額の確定は、破産管財人による債権債務の整理を待たなければならないが、発表された内容をもとにすれば、旅行業者の破たんでは、旅行者に対する負債額、受け付けていた旅行件数の点から史上最大の極めて異例な事案である。
観光庁としては、まず、当該社によるシステムトラブルが発生しているとの報道があった段階で、既に当該社を利用して海外旅行に出発していた旅行者の安全の最優先を図るため、外務省と連携し、旅行者が渡航している国・地域の公館に対し、邦人旅行者より支援要請があった場合に、日本からの送金方法をご案内する等必要な支援を行うよう依頼するとともに、既に航空券が発券されている旅行者については、航空会社との間で運送契約が成立し、運送義務があるため、代金が当該社から支払われていない場合でも搭乗拒否しないよう、改めて国土交通省より、航空会社に対して、旅行者が円滑に帰国できるよう周知するなど必要な対策を行った。
しかし、当該社の破産によって、事前に計画を立てて楽しみにしていた海外旅行が一方的に中止を余儀なくされ、さらに支払った金額が返金されない事態に、多くの旅行者がさまざまな面での被害を受けている。上記のように、本件は、規模の面からも極めて異例の事案ではあるが、一方、旅行催行より前に代金を支払うという習慣を悪用したこと、日常的な経営監視が難しいことを逆手に取ったことによって発生したこと、弁済の限界を明らかにしたことから、現在旅行業に課されているさまざまな制度的な規制のあり方の点検を迫ったことも事実である。
よって、こうした事案が今後発生しないこと、また発生した場合であってもより旅行者の保護に資するためには観光庁と関係者が連携してどのような対策を講じていく必要があるか、議論する必要が生じた。そこで、このたび、さまざまな見識を持った方々にお集まりいただき、既に立ち上がっていた「新たな時代の旅行業法制に関する検討会」の下に、「経営ガバナンスワーキンググループ」を立ち上げ、企業のガバナンスのあり方と、消費者保護を図るための弁済制度のあり方について対策の方向性をとりまとめた。
この度講じる対策の方向性を取りまとめるにあたり、基本的な考え方を明確にしておくことが重要であることから、まず基本的な考え方を述べた上で、それに沿った形で対策の主な内容を示し、今後のより具体的な制度設計へとつなげていく。
【基本的な考え方】
本件が特殊な事案であることにも配慮しつつ、現在旅行業に課されているさまざまな制度のあり方に関し、過度の規制とならず、実効性ある制度設計を行う観点およびさらなる消費者保護を図る観点から、企業ガバナンスの強化および弁済制度のあり方の見直しを同時に図る。
(1)企業ガバナンスの強化
当該社の破産に際しては、
・旅行催行の数カ月前であるにも関わらず、申し込み後の数日以内に旅行代金を現金で支払うようにと催促をしていた
・現金一括入金キャンペーンを破産の直前まで実施していた
・現金支払いを受ける一方で、宿泊施設等に入金しておらず、借入金返済にまわしていた
といった事実があるとの指摘がある。現行の旅行業法上の登録更新が5年に一度であることなどから、こうした経営上の不適切な行為を外部から日常的に確認を行うことは困難である。よって、旅行会社が不適切な経営を行い、旅行者の損害を生じさせるような事案が発生することを未然に防ぐために、外部および内部による、旅行会社の企業活動に対するガバナンス強化策を、本件の特殊性も踏まえつつ、合理的かつ実効的な制度となるよう検討する必要がある。
(2)弁済制度のあり方の見直し
当該社は、一般社団法人日本旅行業協会(以下「JATA」)の会員であり、旅行者は弁済業務保証金制度により弁済を受けられるが、旅行者に対する負債総額が約99億円といわれている中で、当該社に関しては1億2千万円を限度とする還付では大半が弁済されないこととなる。
今回の事案が特殊なものであるとはいえ、取引額の規模が大きい会社が倒産した場合にも弁済が有効になされるためには、弁済に関する制度全体をもう一度点検し、対応を検討する必要がある。
Ⅱ対策の主な内容
以下、基本的な考え方に沿って、対策の主な内容を示す。
(1)企業ガバナンスの強化
(1)経営の健全性の確保
1)経営状況の把握
旅行業法上の登録更新は5年に一度であり、日常的に旅行会社の経営状態等の確認を行うことは困難である。そのため、登録更新と次の登録更新との間に、経営が適正に行われているかをチェックする方法を新たに検討する必要がある。制度設計にあたっては、本件のような事案の再発防止に有効であるという実効性の観点と、創造的な事業活動の妨げとなるような過度の負担を避けることとのバランスとのいずれをも考慮する。
この考えの下、下記の制度の導入を進める。
・海外旅行の募集型企画旅行を取り扱う第1種旅行業者を対象に、1年に一度、決算申告書と納税証明書および純資産と取引額等を観光庁に提出させる。
・純資産に対して取引額が大きい会社、またはその比率が急激に大きくなった会社等に対して、JATAまたは一般社団法人全国旅行業協会(以下「ANTA」)が経営状況の調査を実施する。このことについて、経営ガバナンスガイドライン(仮称)に記載する。
2)通報窓口の設置
不正事案の発見に実効性があり、有益である手段として、企業内部または同業他社からの通報がある。よって、下記の制度の導入を進める。
・企業内部または他企業からの通報を受け付けるために、第三者機関の通報窓口を設置する。通報を受けた案件のうち、旅行広告・取引条件説明書面ガイドラインに新たに掲載する広告募集、旅行者募集のあり方に反するものや、業界の標準的な水準からかけ離れた異常な前受金の集金、取消があった場合に返金していない、または支払いの異常な遅延がある等の通報が寄せられた場合、第三者機関は調査を行う。
3)旅行業協会の会員相互間のアドバイスの実施
経営が行き詰まった会社に対して、破産する前に、当該旅行会社の債務を縮小するためのアドバイスをJATAまたはANTAが行うことにより、破産した時の弁済率を上げる方策も考えられるが、敢えて資金を取り込もうとする企業に対しては効果的ではないとの考えから、見送る。一方、従来事実上行われ、弁済率上昇に一定の効果があったといわれている下記の取り組みは継続する。
・従来任意で会員相互間で行われているアドバイスを引き続き実施する。
(2)企業自身の監査体制
企業の財務諸表が財政状態および経営成績を適正に表示しているかどうか検証するための手段として、公認会計士等による財務諸表監査がある。財務諸表監査を受けることによって、企業が作成する財務諸表の信頼性が確かめられるが、監査を受ける前提として、企業の経営管理の仕組みや財務報告に関する体制の整備が必要とされるので、特に中小企業にとっては負担が大きいと思われる。また、財務諸表監査は、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して企業が財務報告を行っていることを確かめるものであり、消費者にとってよい経営をし、よい旅行商品を提供している会社であるかどうか示すものではない。したがって、財務諸表監査に対する一般消費者の理解が必ずしも十分ではないと思われる現状において、旅行会社に監査を強制し、それを表示させるといった方策をとることが、かえって消費者に誤解を与えることも懸念される。これらの事情を踏まえて、今般は財務諸表監査を義務化することは見送る。一方、登録更新時の提出書類は、現在ではその手続き上の正当性の裏付けが厳密にはなされていないことから、それを担保するために、下記の制度の導入および具体的なあり方を検討する。
・登録更新の際、海外旅行の募集型企画旅行を取り扱う第1種旅行業者を対象に、企業が公認会計士等により提出書類と総勘定元帳等を突合した結果を添付する等、提出書類の手続き上の正当性を簡易に観光庁が確認できる方法を導入。
(3)広告募集、旅行者募集のあり方
1)適切な広告、旅行者募集のあり方と周知
今回の事案の特徴の一つに、新聞広告やインターネットで広く旅行者の募集を行う際、現金の支払いを不要な程前倒しして促し、また、破産する直前まで新聞広告を掲載し、旅行者募集を行っていた等の問題がある。したがって、これらの不適切な内容の広告、旅行者募集が行われないように、下記の制度の導入およびその内容を検討する。
・JATAおよびANTAにおいて、類似事案の再発防止に向けて、不適切な広告、旅行者募集を旅行業者が行わないようにするために必要な取り組みを旅行広告・取引条件説明書面ガイドラインに記載する。
・観光庁は、消費者庁と連携し、広告、旅行者募集のあり方について定めた上記ガイドラインを消費者に幅広く周知する。
2)前受金の使途の明記
今回、旅行者債権が膨大になった背景には、当該社が前受金を長期間かつ大規模に預かっていたことが挙げられる。旅行者との間での取引の安定性や販売管理に必要な経費が掛かることや、さまざまな旅行商品が存在する中、運送業者や宿泊施設に対し前もって支払いを行う事由が存在することから、前受金を預かることに合理性は認められるものの、その期間および額については、一定の限度があるべきである。そのため、前受金の預かりについては、下記の内容を検討する。
・旅行催行の60日より前に、前受金を20%以上受け取る場合、広告、パンフレット等に前受金の支払いの期間および使途を具体的に記載し、旅行者に明示することを経営ガバナンスガイドラインに記載する。
(4)旅行業の宿泊施設等への支払い期間等の見直し
(3)で挙げたように、旅行業者は前受金を預かる一方、宿泊事業者においては経理・清算の手続きの合理化等の理由により、旅行業者から宿泊事業者への支払いが旅行催行よりも後になることが一般的である。しかも、旅行商品造成のために、旅行業者が宿泊施設の空室をなるべく長期間押さえる商慣習が残っている場合があり、前受金が前払金に充てられないなど、十分にその役割を果たしていない状況があることから、それぞれの立場の合理性を過度に抑制しないことを前提に、下記のような内容を検討する。
・宿泊施設、ランドオペレーターへの支払いについて、第1種旅行業者が宿泊施設の空室を長期間押さえるような場合にあっては、可能かつ合理的な範囲で前払金を支払うとともに、通常取引の中で、履行すべき時期より支払いの遅延が生じないよう、経営ガバナンスガイドラインに記載する。
(2)弁済制度のあり方の見直し
(1)弁済業務保証金制度の見直し
弁済業務保証金制度は、従来、全体件数の8割弱のケースで認証申し出額の10割の還付が行われており、また残りの2割強のケースでも、高い割合での弁済が行われていることから、有効に機能してきたと考えられる。しかしながら、今般、特殊な事例ではあるといえ、弁済業務保証金制度の趣旨を没却するような事案が発生したことは誠に遺憾である。これは、取引額の規模が大きな企業の意図的な倒産に対し、本制度には限界があることの表れとも言える。したがって、特に取引規模の大きな企業の破たんに備えた制度について検討する必要がある。
その際、十全な弁済を行うまでに水準を引き上げると、弁済業務保証金分担金の額の大幅な上昇につながり、旅行業者の経営圧迫要因となるとともに、ひいては消費者の負担増につながるおそれがあり、また、モラルハザードを招くことになりかねない。弁済業務保証金制度の見直しについては、旅行者の負債が大きくなるのは海外企画旅行の場合であり、また従来の弁済の実態からも、弁済業務保証金制度の額を下回るケースは海外企画旅行の場合がほとんどであることから、海外企画旅行の取扱高、旅行代金の支払い実態、ボンド保証制度の実態等を考慮し、具体的には、下記の制度を導入する。
・弁済業務保証金制度の引き上げは、第1種旅行業者を対象に行う。
・ただし、海外募集型企画旅行の取引が小規模の場合は、現在の保証額
で弁済率が十分あると見込まれるため、上記の積み増しをなくし、その措置による弁済業務保証金の引き上げ総額の不足分については、特にボンド保証制度に加入していない会員に加入を促すことで補う。
(2)ボンド保証制度の見直しについて
ボンド保証は、現在JATAおよびANTA会員が任意で加盟することができる保証制度として設けられているところであり、今回の事案の発生を端緒として弁済制度のあり方を見直すに当たっては、ボンド保証への加入の義務化が検討課題の一つとして挙げられる。しかし、この点、業界団体であるJATAおよびANTAという民間法人に立てつけられたボンド制度への加入を強制することは、競争政策上、問題がある。したがって、上記(1)のとおり、弁済業務保証金制度の水準を引き上げることおよび現在加入していない会員の加入を促すことにより補完的な制度とする。
(3)保険商品の活用
供託類似の制度として、保険がある。旅行会社が倒産した場合に備えた、旅行会社を対象とした上乗せ保証制度を内容とした保険は、審査のあり方、保険としての発生確率等リスクの考え方などを考慮した場合、制度設計が困難であるため、実施しない。
ただし、旅行者個人を対象として出発済みで旅行業者の経営破綻等のやむを得ない理由により緊急に支出した場合に保険金が支払われる特約の開発について、既存の保険商品の中で対処できないか、検討する。
以上