国内外の旅行者を魅了し続ける観光地域のブランド力は、長年積み重ねてきた地域づくりの賜物。こうしたブランド力のある観光地域を地方に創出する試みの一つが、観光圏整備法に基づく観光圏の形成だ。イベント頼みの一過性の誘客、行政に依存した他地域と変わり映えしない地域づくりでは将来は覚束ない。地域の特性に根差した持続的な発展を目指す地域づくりに観光圏が挑み始めている。
全国10カ所の観光圏が自主的に組織した観光圏推進協議会は10月30日、東京都内で「地方創生のカギは『住んでよし、訪れてよし』」と題したシンポジウムを開いた。パネルディスカッションでは、観光圏をけん引するリーダーたちが、地域づくりの成果や課題、展望について語った。
観光圏の現状を紹介したのは、八ケ岳観光圏の小林昭治氏(八ケ岳ツーリズムマネジメント代表理事)▽富良野・美瑛観光圏の松木政治氏(富良野市経済部商工観光課観光物産係長)▽雪国観光圏の井口智裕氏(いせん社長)▽にし阿波〜剣山・吉野川観光圏の植田佳宏氏(ホテル祖谷温泉社長)▽「海風の国」佐世保・小値賀観光圏の中島大幸氏(佐世保市観光物産振興局九十九島・観光振興グループ副主幹)。
■運営理念
高齢化、人口減少で地方の未来が危ぶまれる中で、観光圏の運営理念は、地域の特性を生かした持続的な発展を重視している。富良野・美瑛観光圏の理念は「豊かな自然と美しい田園を100年後の子孫に今以上にしてお返しする」、雪国観光圏は「100年後も雪国であるために」。
雪国観光圏の井口氏は「集客のためだけ、観光事業者が潤うためだけの事業ではなく、地域のあるべき姿を考える。プロモーションばかり目立つが、始めに地域・人材づくりがあり、その上に商品造成、品質管理、最後にプロモーションがある」と語る。
雪国観光圏では、雪国文化に根差した新しい価値を生み出すために、教育関係者や学芸員などと意見交換する雪国文化研究ワーキング・グループを今年度から設置し、地域づくりに生かそうとしている。
■連携強化
観光地域づくりは、景観や環境、滞在プログラム、交通インフラなど、観光分野の取り組みだけでは完結しない。異業種、異分野との横断的な連携が不可欠だ。
美しい大地に田園風景が広がる富良野・美瑛観光圏。外国人旅行者も増えているが、花畑に踏み入って写真撮影を行うなどの問題も。こうした問題への対策を含めて同観光圏では「農業×環境会議」を立ち上げ、農業関係者と意見交換を深めている。
同観光圏の松木氏は「農業景観を使わせてもらっているという意識で、観光から農業に寄り添う。旅行者が花畑に入ってしまうのは、私たちのメッセージの発信にも問題があった。農業や自然のストーリーをどんな思いで発信すべきか、原点に立ち返る」と話す。
「海風の国」佐世保・小値賀観光圏では、自治体内での連携が進んでいる。佐世保市は、観光圏の取り組みを部局横断で情報共有する「庁内プロジェクト会議」を設置している。同観光圏の中島氏は「市の成長戦略プロジェクトに観光が取り上げられ、全庁的に推進する意思統一ができた。道路の整備や文化財の活用などの面で観光との連携がとれ出した」。
■2次交通
2次交通の確保は地方の観光地域の共通の悩み。国内外の個人旅行者に対応するためには整備が急務だが、バスを運行しようにも経費などの問題がある。地方財政が厳しい中、自治体などの補助金頼みでは問題はいつまでも解決しない。
八ケ岳観光圏では、観光圏発足前の2007年、宿泊施設がそれぞれに送迎車を出すのならば共同で事業化しようと、周遊バスの運行が始まった。観光圏の2次交通として定着。課題とされる事業費は運賃収入のほか、民間事業者が負担する広告やバス停設置の収入が中心。補助金は一部で、補助金なしで運行する路線もある。
八ケ岳観光圏の小林氏は「民間で知恵と金を出す。共通券などについて鉄道会社やバス会社とも協議しながら、今後の個人客、インバウンドの増加に備え、2次交通を充実させたい」。現在の周遊バスはグリーン期のみの運行。今年度は冬季に関しても一部エリアで周遊バスを運行し、需要を把握する実証実験を行う。
■品質管理
旅行者の満足度向上に欠かせないのが、品質の維持管理と向上。地域の観光サービスの品質をいかに旅行者に対して保証し、いかに底上げしていくのか。その方策の一つに観光サービスの状況を評価、認証する仕組みの活用がある。
雪国観光圏は11年度から、中部圏社会経済研究所が作成した品質認証の仕組みを活用し、宿泊施設の評価、認証を実施。事業者と調査員の双方で設備やサービス約300項目を評価する。海外プロモーションに参加する宿泊施設30軒以上で導入されている。
同観光圏の井口氏は「宿泊施設には“格付け”に対するアレルギーがあるが、評価認証は、旅行者に安心、安全に旅行してもらうため、対応できるサービス、対応できないサービスを明示するものだ。評価認証は、品質の向上への取り組みにもつながる」と指摘し、普及を推進している。
■外国人
訪日外国人旅行者が年間1千万人を超える中で、その訪問先は広がりを見せている。受け入れ数がまだまだ少ない地方でも、外国人の訪問が観光地域づくりに変化をもたらし始めている。
にし阿波〜剣山・吉野川観光圏では、宿泊施設5軒の外国人宿泊数が08年には1749人だったが、13年には4880人に増えた。アジアの訪日旅行リピーターや欧米の旅行者が中心だ。
同観光圏の植田氏は「日本にもっと面白い所はないか—そういう旅行者が当地に来る。日本らしい文化や暮らしが地方にはあるが、これら埋もれた魅力を発掘してくれるのが外国人」と話す。
また、インバウンドへの取り組みを通じて、日本人旅行者の誘客にも共通する観光地域づくりの課題が明確に。「欧米の旅行者などは2泊、3泊することも多いが、宿の食事や滞在プログラムをどうするのか。また、個人旅行者の2次交通をどうするのか。さまざまな課題に気付かされた」(植田氏)。
■日本の顔
パネルディスカッションの進行役を務めた観光地域づくりプラットフォーム推進機構会長の清水愼一氏は、観光圏の取り組みを基に観光地域づくりに必要な姿勢として、(1)持続すること(2)連携すること(3)日本の“顔”になること—の3点を挙げた。「一過性でなく、持続することが重要で、イベントやゆるキャラで終わってはいけない。さらに、官と民、観光とそれ以外の業種、隣り合う自治体がバラバラでも駄目。横断的な推進組織、DMO(デスティネーション・マネジメント・オーガナイゼーション)で取り組むべき。そして、他のマネをせず、オリジナルを追求し、富士山や京都・奈良に匹敵する日本の“顔”を目指してもらいたい」と訴えた。