
日本政府観光局(JNTO)理事 山崎 道徳氏
拡大する中国市場 旅館の受け入れ策①
情報提供でマナーは改善 有望な顧客に旅館体験を
訪日外国人旅行者が増加し、年間2千万人が現実味を帯びてきた。なかでも成長著しいのが中国市場だ。中国人客の受け入れに旅館はいかに取り組むべきか。海外プロモーションはもとより、受け入れ態勢の整備にも力を入れ始めた日本政府観光局(JNTO)の山崎道徳理事に聞いた。
──旅館は中国市場の拡大をどう捉えるべきか。
多くの旅館経営者がインバウンドを成長市場として前向きに捉えていることは間違いない。中国が重要な市場であることも認識されている。しかし、地域や施設によって差は大きいとは言え、実際の受け入れはまだまだこれからだ。旅館それぞれの経営戦略次第だが、拡大する中国市場をビジネスチャンスと捉えて前向きに受け入れに取り組んでもらいたい。
インバウンド全般の状況を言えば、今、ゴールデンルートの都市や観光地が中国人客をはじめとする外国人でにぎわい、シティホテルなどの稼働率が上昇している。宿泊の手配が難しくなっているエリアもある。容量の制約で日本に向いている外国人の流れを途絶えさせたくないのも事実だ。
ただ、JNTOとしては、都市部のホテルが満員だから地方の旅館へという発想ではなく、日本の文化が色濃く残る地方に行ってもらい、日本独特の宿泊スタイルである旅館を体験してもらうというのが情報発信の基本的な考え方だ。中国の旅行者自らが地方の魅力を発見し、すすんで全国津々浦々を訪れる流れをつくりたい。そのためにも旅館の取り組みが鍵になる。
──旅館での中国人客の受け入れに障壁となっている課題は何か。
外国人を一定以上受け入れると、旅館の雰囲気が変わり、日本人の顧客の印象を崩してしまうという懸念を持っている経営者が多いようだ。その懸念の背景にあるのがマナーの問題。実際は中国人客に限ったことではないが、残念ながら中国人客にスポットが当たってしまっている。
マナーの問題と言っても、「備品を持ち帰える」「バイキングの料理を外に持ち出す」などは、マナー違反というよりルール違反。これらは事前にきちんと説明すれば改善できる。一方で「どこでも大声で話す」「並んでいる列に割り込む」「ゴミを床に捨てる」などはマナーの問題。これらは日常の生活習慣をそのまま旅行先に持ち込んでしまうことで起きている。
──旅館はどう対応すればいいのか。
受け入れる側としてはマナーが悪いと嘆くだけでなく、まずは相手国の生活習慣を理解することが必要だ。日本人の海外旅行者も、以前は団体旅行などの様子が奇異な目で見られることもあった。中国は海外旅行が一般化して間がなく、問題の大半は海外旅行に慣れていないことが原因だ。特に団体旅行だとそれが目立ってしまう。中国政府も、国民の旅行中のマナーを問題視している。悪質なマナー違反には名前をインターネットなどで公表するきびしい措置まで取っている。旅行者を受け入れる国の側にも、事前にマナーやルールに関する情報を周知する努力が必要だ。
──伝え方が難しい。
中国の方はとてもメンツを重んじる。日本ではそれが恥ずかしい行動に当たると分かったら、そういう行動はとらない。「これを知っておくと、日本で快適に旅行できる」という姿勢で情報を出す。前もってさりげなく伝えて、自ら気付くように工夫してほしい。旅館の現場では苦労も多いと思うが、辛抱強く取り組まないと、将来的に有望なお客さまに来てもらえなくなってしまう。
──JNTOでは、マナーの問題に関してどのように取り組んでいるのか。
JNTOでは現地事務所を中心に、訪日旅行術のような形で、ウェイボー(中国版ツイッターと言われるミニブログ)や現地のテレビ番組を活用して情報を発信している。パンフレットでは旅館の過ごし方、温泉の利用方法などを紹介している。中国の旅行会社向けにはeラーニングのプログラムを通じ、日本の生活習慣などに関する知識を深めてもらっている。
日本側からの情報発信だけでなく、訪日旅行を経験した中国の方がSNS(ソーシャルメディア)で日本のマナーやルールなどを次々に発信している。中国ではそうした情報が広まるスピードが速いので、早期に状況は変わると思う。
受け入れに取り組むには、まずは中国というマーケットを知ることだ。JNTOでは各種データや商談会の機会を提供しているので活用していただきたい。
【やまさき・みちのり】
1982年4月日本交通公社(現JTB)入社。グローバル事業本部長などを経て、2011年4月執行役員中国事業推進担当・佳天美(中国)企業管理有限公司董事長。2014年7月から現職。