付加価値向上でブランド力アップ
栃木県那須塩原市は豊かな自然や塩原、板室の両温泉地、農業資源などに恵まれ、首都圏を中心に多くの観光客が訪れていた。コロナ禍で苦戦を強いられているが、潜在需要は大きい。市の観光をけん引する渡辺美知太郎市長と那須塩原市観光局の西須紀昭局長の対談を通して、那須塩原観光の魅力や課題を語っていただいた。司会は論説委員の内井高弘。(市長室で)
――市長は2019年4月の就任ですが、那須塩原についてどんな印象をお持ちですか。
渡辺 私は東京出身で、外から市を見た時に、観光を含めて資源を活用しきれていない、もったいないと感じた。すばらしいポテンシャルを秘めており、魅力をもっと発信すべきだ。市長として最大限引き出せる施策を打ち出すのも仕事の一つと思っている。
観光は市民からすると温泉、旅館のイメージが強いが、総合産業であると認識している。地域のブランド力を上げるのに観光ほど適した産業はない。観光のすそ野は広く、さまざまな分野が関連している。例えば、那須塩原に多くの観光客が足を運んでくれれば、農産物の知名度が上がり、結果、市全体のブランド力がアップする。観光は旅館など特定業種だけの産業ではない。
栃木県那須塩原市長 渡辺美知太郎氏
――局長は20年4月の就任。かつて県庁で観光交流課長などを務めた経験を持つが。
西須 ずいぶん昔の話だ(笑い)。個人的な感想だが、地域の魅力が目立たなくなっている気がする。背景には観光地間の競争激化もあるのだろう。けん引力となるリーダーというか、キーマンによる地域の付加価値を上げる取り組みに期待している。
例えば、農産物はそれを作った農家の顔写真やコメントなどを付けて販売した方が消費者の反応がいい。まさしく付加価値であり、観光にもそうした取り組みができれば差別化の武器になる。
那須塩原市観光局長 西須紀昭氏
――県内には世界遺産の日光など、有名な観光地も少なくありません。そうした地域に負けない、那須塩原の強みと言えば。
渡辺 全国約1700自治体の中で、農業生産高は11位だ。おいしい農産物と多彩な泉質の温泉、そして豊かな自然。3拍子そろっている地域はなかなかない。また、東京から近いというアクセスの良さも魅力だ。
西須 渓谷美や温泉などの自然系、ダム湖カヌーや自転車などアウトドア系など、観光客の多様なニーズに応えられるのが大きな特徴。また、生乳生産本州一という実績を持ち、乳製品の品質は折り紙付き。明治から続くワイン造り、那須野が原の伏流水で作る米や地酒もおいしく、グルメファンを満足させる土地柄だ。特色あるものに注力し、磨き、レベルを高めていけば競争に打ち勝つことができる。
――コロナ禍でインバウンドが消滅しました。影響は。
渡辺 インバウンドの割合は1%程度ほどで、少ない分伸びしろがある。いろんな国・地域から受け入れるのは限界があり、ピンポイントでの受け入れが現実的だ。コロナ前は台湾からの観光客がインバウンド全体の5割ほどを占めており、まずここがターゲットになる。
当地は、観光庁と厚生労働省がインバウンド向けに実施するヘルスツーリズムの調査・展開事業の実証地域に選ばれ、20年2月に塩原温泉病院で温泉を利用した健康増進ツアーを計画していた。コロナ禍で中止となったが台湾医師会を招待し、医療・観光資源を見てもらった。
インバウンドの回復はまだ先になるが、誘致に向けてはターゲットを絞り、ヘルスツーリズムのような特別なツアーを提案していく。
――コロナ禍で出てきたのがワーケーションですが、板室温泉のように受け入れに積極的な地域もある。
西須 アクセスの良さに加え、いろんな観光・アクティビティ資源があり、ワーケーション先として有望だ。現在、市内各地区において、館内Wi―Fi環境整備を推進する等、ワーケーション受け入れ態勢を整備している。
――21年のトピックスといえば、市が「世界の持続可能な観光地トップ100選」に選出されたことですね。名誉なことだと思います。
渡辺 オランダにある国際認証団体、グリーン・デスティネーションズ(GD)が発表しているもので、日本からは本市を含め12カ所が選ばれた。関東地区からは本市だけで、県内でも初めてのことだ。
評価されたのは「観光のリセットと回復」の部門で、塩原温泉や板室温泉の旅館・ホテルで入湯税を上げて財源を確保、観光従事者にPCR検査を受けてもらうことで安心して観光をしてもらおうという試みが評価された。入湯税引き上げについては旅館・ホテルにとって集客の際の痛みとなるが、理解を示してくれた。やってよかったと思う。
西須 市は「日本版持続可能な観光ガイドライン」の21年度モデル地区に選定されており、その取り組みの一つとしてGDが実施する表彰制度にエントリーし、選ばれた。持続可能な観光地としての国際的な認知度向上につながると思う。
――連続して選ばれている地域は少ないですね。
渡辺 釜石市が4年連続、京都市やニセコ町が2年連続と聞いているが、連続して選ばれるのは大変だと思う。サステナブルな取り組みに地域の人々が価値を見いだしてくれないと意味がない。どう理解を得るか、これからだ。
――地球温暖化で気候変動が常態化し、各地で台風や豪雨による被害が相次ぎ、観光にも大きな影響を与えています。温暖化対策は欠かせませんね。
渡辺 21年9月、塩原、板室両温泉地区が環境省の「ゼロカーボンパーク」に登録された。県内では初めて、全国でも3番目となり、画期的なことだ。
基幹産業である観光と農業は気候変動の影響を受けやすい。両地区で脱炭素化の取り組みを進め、サステナブルな観光地づくりを加速する。脱炭素化は地域のブランド力を高めることにもつながる。50年までに二酸化炭素(CO2)排出量の実質ゼロを目指すと宣言している。
西須 地域電力から通常より値段の高い太陽光発電など、CO2を多く出さない発電による電気を宿泊施設が率先して買い、CO2削減費用を上乗せした宿泊プランを販売することを検討してみてもいい。
インバウンドが再開した時に、電気を自然エネルギーで回している観光地であることは大きなアピールポイントになるのではないか。
――観光需要喚起策として宿泊料の一部を補助する「リフレッシュ!宿泊キャンペーン」を実施していますが、効果のほどは。
渡辺 市民や市内通勤・通学者が対象で、市内宿泊を促すことにより、地元の魅力を知るきっかけになることも狙った。利用者の4割の人が「初めて泊まった」という。地元の人は「那須塩原は何もない」というが、知ろうとしないだけで(笑い)、キャンペーンで地域の良さを発見した人も多かったのではないか。
西須 キャンペーンは第3弾(21年10月22日~12月31日)まで実施され、旅行需要の喚起に一定の効果があったと思う。
キャンペーンに合わせて、塩原温泉地区では12月10日から23日まで、商工会が観光協会と協力し、初めて「まちバル」を実施した。飲食店が協力し、一晩で飲み歩き・食べ歩きができるようメニューを工夫してお客さまを迎える地域一体型イベントで、地元の活性化に貢献した。
――感染症対策として、市独自の認証制度(新型コロナウイルス感染症対策取組認証制度)も創設しました。
渡辺 日本一の感染防止対策と自負している。事業所が実施している取り組みが市の基準を満たす場合、認証し、認証証やステッカーなどを交付している。基準は専門家の意見をもとに策定し、実際に現地に足を運んでチェックする人に研修を受けさせるなど、徹底している。
――冬のイベントについては。
西須 現在、ライトアップイベント「竹取物語」が開催されている(2月27日まで)。塩原温泉街のあちこちに孟宗竹を切り出して作った竹灯篭や提灯、番傘が並び、幻想的な明かりを灯している。今回はブラッシュアップしており、ぜひ足を運んでいただいて夜の温泉街を楽しんでほしい。
――観光事業者に向け、期待を込めて、メッセージをいただきたい。
渡辺 コロナで大変な思いをしており、行政としてきちんと支援していく。先ほども言ったが、観光は地域の付加価値を上げる産業であり、その動向は地域全体を左右する。農業や食との連携を意識し、市の発展のために力を貸していただきたい。
西須 これまで温泉と宿泊施設がセットになって観光をけん引してきたが、これからは変わっていかなければ生き残れない。自然、食と農業、そして商店街が一緒になって観光客を呼び込むべきだ。
人が集まり、にぎわう場所を一つでも多く作る必要がある。そのためには観光事業者のバックアップが欠かせない。視野を広げて協力していただきたい。