【寄稿】「隠れデジタルノマド」から積極的な学びと受け入れ準備を 山梨大学大学院 教授 田中 敦


山梨大学大学院 教授 田中 敦氏

デジタルノマド査証導入前夜

 デジタルノマドとは「IT技術を活用し、場所に縛られず、ノマド(遊牧民)のように旅をしながら仕事をする人たちのこと」である。コロナ禍でリモートワークの急激な普及により、新たなワーク&ライフスタイルとして世界で浸透し急激に市場を広げている。(※https://www.tourism.jp/tourism-database/column/2023/08/digital-nomad-visa/

 バックパッカーやワーキングホリデーとは異なり、滞在国以外で雇用されているか、または事業収入を得ており1カ所に1~3カ月程度の長期間滞在する30歳代の高学歴、高収入層が多い。主な職種はIT、エンジニア、マーケティング、広告・PR等だが、アントレプレナーなど日本政府が力を入れているスタートアップに関連する人たちも少なくない。

 高所得者層であるデジタルノマドへの期待は、長期滞在中の消費による地域経済への貢献だけでなく、彼らが持ち込む新たな知識やイノベーションの創出にある。特にSTEAM型ノマドとの「知の再結合」が地域課題の解決に好影響をもたらす。

 こうした特性を持つデジタルノマドを自国に誘致する動きが世界で加速している。2021年にはまだデジタルノマドビザを導入している国は20カ国程度であったが、2023年6月現在では準備中も含めその数は3倍近くに増加している。韓国も2023年12月をめどに導入する方針を発表した。日本政府も2023年度の「経済財政運営と改革の基本方針2023(骨太の方針)」に今年度中のデジタルノマドビザ導入に向けた制度整備を盛り込み、省庁横断で準備を進めている。

 世界には既に多くのデジタルノマドが存在し、国内でも西日本を中心にその姿が増えてきた。この「隠れデジタルノマド」との積極的なコミュニケーションは受け入れ準備のためのヒントを得る大きなチャンスであるといえよう。

 世界初のデジタルノマド村として名高いポルトガルのマデイラ諸島のポンタ・ド・ソルでは、コロナ禍の2021年に村の集会所のような施設にワーケーション等で来た人が無料で利用できるコワーキングスペースをオープンし、地道に誘致を続けた結果、デジタルノマドの来訪者数が昨年度末で既に8千人以上、移住者も200人を超えるなどの成果を上げている。

 また、ブルガリアの首都ソフィアから車で約2時間のところに位置する人口約8500人のスノーリゾートであるバンスコでは、ドイツ出身で自らもデジタルノマドであるMatthias氏が移住して2016年にコワーキングスペースをオープン。来訪者は順調に増え続け、2020年から「Bansko Nomad Fest」 (https://www.facebook.com/banskonomadfest/)というデジタルノマドが集まるイベントを開始した。

Bansko Nomad Fest(写真=公式フェイスブックページから)

 

 第4回目に当たる今年は6月に60の講演、200のイベントを含むフェスが8日間にわたって開催され、日本からの参加者20人を含む、約750人が参加する規模になっている。事務局の発表では、このイベント期間中の参加者1人当たりの消費額は750ユーロ(約12万円)で、地域全体での期間中の消費額は50万ユーロ(約8千万円)。加えてフェスの開催期間中をはさんでの長期滞在者やリピーターなどを加えたバンスコでの経済効果は年間300万ユーロ(約4.8億円)にも達するという。小さなスキーリゾートに閑散期にも多くのデジタルノマドが訪れ、長期滞在するようになったことで大きな需要の創出に成功した。

 さらにアジア圏内においてもデジタルノマドたちの動きが活発化している。特にコロナ禍以前からデジタルノマドの聖地として位置づけられてきたバリ島では昨年秋ごろには需要が戻ってきており、従来のコワーキング施設の形態に加えて、宿泊機能とコワーキング機能にインキュベーション機能をプラスした、スタートアップを全面的に支援するスタイルのコリビング施設が増えるなど、新たなフェーズを迎えている。

 このように「デジタルノマドの受け入れ」と一言で言っても実際にはさまざまなパターンが見られる。実際に筆者が現地で調査した結果、(1)デジタルノマドの多くはコワーキングスペースをハブとして滞在期間中に仕事や活動を行っていること(2)宿泊施設はそれぞれの希望やライフスタイルに合わせてそれぞれ選び、地域の複数のコワーキングスペースを中心に地域全体で受け入れを民間主導で実施していること、そして(3)デジタルノマド同士の交流するコミュニティーが形成され、電子ツールを利用して活発なコミュニケーションが図られている一方、飲食店などを除いた地元住民との交流は希薄である、といった共通点がみられた。

 最近の海外の観光研究の動向として(1)Leisure Travel(2)Business Travel(3)Workation Travel―の三つに分ける考え方が登場している。当面、日本に来るデジタルノマドはこの「Workation Travel型」で、働きながら国内を旅するスタイルが主流となると考えられる。今回紹介した事例のように一つのエリアが海外からのデジタルノマド一色になる地域の出現や、一足飛びに日本でのスタートアップを目指すデジタルノマドの定着には時間がかかることから、日本人ワーケーターと海外からのワーケーターが混在する地域、施設が増えていくことが予想される。

 日本の場合は既にワーケーションの普及、促進を図る中で、ワーケーターと地域が共存し、越境学習や被越境学習のプロセスを共有する関係人口型のスタイルが育ってきている地域が多く存在しており、「グローバル関係人口創出」「デジタルノマド版第2のふるさとづくり」といった新たな受け入れモデルを構築し世界に発信していくチャンスである。

 一方でデジタルノマドの急増による現地での不動産価格の高騰といった問題が既に生じている国や地域もみられる。また、国内でも長期間にわたる外国人の滞在を不安視する声も少なくない。こうした潜在的な問題を和らげ、好機を生かしていくための事前準備を早急に始める必要がある。特に2020年にワーケーションの推進が開始された際にネックとなった複数の省庁や自治体の部局間の縦割り問題を防ぎ、総合政策として取り組む体制や、官民連携による推進に向けたチームづくりと機運の醸成が成功の鍵となるであろう。

 デジタルノマド市場はまさに黎明期であり、今後ますます進化や変異を重ねていくことは間違いない。世界レベルで日本が選ばれる国になるためには、変化の著しい海外の動向や10月に福岡で開催される「CO LIVE FUKUOKA」などの国内での取り組み事例からのレッスンをしっかりと共有し、地域を主体にデジタルノマドと共生、共創する新たな日本型モデルを戦略的に推進していくことが重要である。

 田中 敦(たなか・あつし)氏 横浜国立大卒。JTB入社。社内ベンチャー制度でJTBベネフィットを起業して取締役。JTBグループ本社事業開発室長、JTB総合研究所主席研究員。2016年から現職。観光庁「新たな旅のスタイルに関する検討委員会」委員など公職多数。

 
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