変貌しつつある旅館のサービスの一つに「客室案内」がある。
90年代半ばごろまでは担当客室係が顧客の荷物を持って客室まで案内し、その後、お茶をいれて、宿帳に記入してもらうのが一般的だった。
しかし、業務の効率化や合理化とともに、宿泊客のチェックインはフロントで行われるようになり、到着時のお茶もロビーで提供されるようになった。また、食事会場や大浴場の場所、営業時間の案内についても、チェックイン時にフロント係がまとめて説明することで、係が施設の前で立ち止まって丁寧に説明する必要がなくなった。
新型コロナとの共存を考えると、顧客との距離を保ちながら荷物を持った係が先導するこのスタイルは、スタンダードサービスとして広く受け入れられ、いずれは「変なホテル」のようにロボットが荷物を運ぶようになるだろう。
ただ、業務を機器に移行する際は単なる運搬ロボットではなく、人間と同等程度の接客ができるAIロボットの導入が望ましい。なぜならば、運搬ロボットが結果として所定の位置に正しく荷物を置くことができたとしても、そこに至るまでの過程に魅力がなければ高い顧客満足度は得られないからである。
サービス研究では、サービスの品質評価はサービスを提供する過程で知覚される「過程品質」とサービス提供後の便益によって評価される「結果品質」で決まるとされている。どれだけきめ細かな配慮ができるかが過程品質を高める鍵ともいえる。接客ロボットが現場で活躍するようになるのはまだ先の話である。そこで、人間が行う客室案内において、過程品質を高めるための留意点を書き留めておこう。
(1)顧客を案内するときは顧客の右前、廊下の右端を歩く。(2)顧客の荷物は左腕にかけ、部屋の鍵は左掌で握る。(3)エレベーターでは顧客を先に乗せ、降りる時も降りた後の進行方向を伝えてから顧客を先に降ろす。(4)履物は前向きのまま脱ぐよう一言添える。(5)係は踏み込みの端に履物をそろえて脱ぐ。(6)荷物を客室内の所定の位置に跪座(きざ)の姿勢で置く。(7)靴は爪先を奥に向け下駄箱最上段に入れる。(8)下駄箱最下段に爪先を手前にして入れてある館内用履物(スリッパ等)を踏み込みに並べる。
ちなみに、靴の爪先を奥にして下駄箱に入れるのは、顧客が踵をもって引き出したときにそのままの体制で靴を踏み込みに置くことができるからである。ただし、草履やサンダル、踵ではデザインが分からない黒靴が複数ある場合は、爪先を手前にして入れる。
旅館のサービスが変貌あるいは消滅する前に、もてなしの極意や意味、本質を詳細に書き残し、次の世代へと伝承していきたい。