ベトナム人スタッフのAさんは働き者だ。いつもニコニコと笑顔が絶えない彼は宴会料理の料理付けを黙々とこなし、宴会が始まればドリンク担当としてニコニコと業務に励む。丁寧になで付けられた真っ黒な髪は昭和の若者をほうふつとさせるのか、高齢客の受けはすこぶる良い。
だが、Aさんは正直日本語がおぼつかない。好感のもてる風貌のおかげか、顧客は辛抱強く何度も注文を繰り返してくれるが顧客に気を使うのがこの仕事。顧客に気を使わせてしまっては申し訳ない。
そこで、Aさんには接客にふさわしい言葉遣いを100個ピックアップした「接客用語100」を丸暗記してもらうことにした。
実は、敬語には「添加式」と「代替式」といった二つの作り方があり、この作り方さえマスターすれば、誰でも簡単に正しい敬語を使いこなせるようになる。接客研修ではこの「敬語の作り方」を学んでから、「接客用語100」を満点が取れるまで繰り返す。最初に正しい言葉遣いを身体化しておくことで、接客の印象は格段によくなる。
さて、「接客用語100」は大まかに三つに分類される。一つ目は「単語の言い換え」だ。美化語や接客業にふさわしい言い方をまとめたものである。
例えば、名詞や動詞に「ご」や「お」をつける美化語。「ご」をつけるのが漢語、「お」をつけるのが和語だが、顧客に話しかけるときは漢語の「ご宿泊」ではなく、和語の「お泊まり」の方が優しく響く。また、お履き物、お召し物といった旅館ならではの言い換えも学ぶ。
二つ目は「接客時の言葉遣い」である。敬語には相手を敬う尊敬語と自分を卑下する謙譲語があるが、敬意の度合いは謙譲語よりも尊敬語の方が高いので顧客と話をするときは謙譲語ではなく、尊敬語を使うのが基本だ。
例えば、飲み物の注文を取る時、「お飲み物はいかがいたしましょうか」と聞くのは誤り。「いたす」は「する」の謙譲語なので主体が話し手側にある。つまり、接客係が顧客に対し「私は何を持ってくればよいのか」とただしていることになってしまう。飲み物を選ぶのは顧客なので、ここでは「する」の尊敬語「なさる」を使って「お飲み物はいかがなさいますか」と聞くのが正しい。
そして、三つ目が「社会人としての言葉遣い」だ。元来、肩書に敬称はつけないが、外国人スタッフは上司を指すときに「社長さん」「支配人さん」とさん付けにすることが多い。
日本人でも敬語を使いこなすのは難しい。外国人であれば、なおのことだ。外国人スタッフの活躍のカギは言葉遣い。まずは、「接客用語100」をまるッと覚えてもらうことから始めよう。