先般、中国・大連を訪れた際、現地の人に勧められて食した料理がある。回鍋肉(ホイコーロー)だ。「レトルト調味料でお手軽に作れる家庭料理じゃないか」と思う方も多いだろう。レトルトは使わなくても、丸ごとのキャベツが余った時の、大量消費料理といったところか。
だが彼らに言わせると、日本の回鍋肉はホントの回鍋肉ではないらしい。同じく四川料理の麻婆豆腐も担々麺もエビチリも、日本で四川料理を広めた陳建民氏によって、日本人の口に合うようにアレンジされたというのは有名だが、回鍋肉、オマエもか!
テーブルに運ばれてきたそれは、豚バラ肉と野菜の茶色っぽい炒め物で、特に変わった様子はない。でも、何か違うぞ? と思ったら、キャベツがどこにも見当たらないのだ! 野菜は蒜苗(ソンミョウ)(葉ニンニク)だった。よく見かけるニンニクの芽は、花茎部分なので全く別物。葉ニンニクはあまり日持ちしないため、産地以外ではほとんど出回っていない。つまり陳氏は、その代用としてキャベツを使ったというワケだ。
本場四川では、具材は豚肉と蒜苗だけと至ってシンプル。そして調理法も異なる。日本では手間を省いて薄切り肉を使うのが主流だが、現地では皮付きの豚肉を塊のまま使うのだ。中国語で「回(ホイ)」とは、元へ戻すという意味があるそうだ。塊のまま茹(ゆ)で火を通していったん取り出し、切ってから「鍋(グオ)」に戻し、炒めるという手順で調理される「肉(ロウ)」という意味で、「回鍋肉」という名前が付けられたという。
かつて祭祀の折に捧げた塊の茹で豚を、祭りの後に食べたのがこの料理の起源とされている。昔は冷蔵庫がなかったため、生肉のままでは保存ができないから、まず茹でたようだ。
調味料も違い、甜麺醤(テンメンジャン)多めの甘辛い味付けも日本独自。向こうでは豆板醤と豆豉(トウチ)がメインで、当然辛い。この豆豉が良い仕事をする。大豆または黒豆に塩を加えて発酵させたもので、アミノ酸などのうまみ成分タップリ。これを刻んで使うのだが、日本の家庭ではペースト状の豆豉醤(豆豉味噌(みそ))の方がおなじみだ。
実際いただいてみると、もし料理名を付けるなら「豚肉の四川風炒め」とでも言おうか。回鍋肉とは思えない! 逆に本場の味に慣れた方には、日本の回鍋肉は不思議な食べ物なのかもしれない。同様に、四川料理の担々麺も、本場では今日本でブームの「汁なし担々麺」なのだとか。ラーメン風に汁ありにアレンジし、胡麻風味にしたのも陳氏のようだが、コレは中国に逆輸入され、向こうでも定番化したそうだ。
日本には、イタリアにはないパスタ「ナポリタン」があったり、インドのそれとは違う「カレーライス」があったりするが、ホンモノもいただける。回鍋肉も、肉厚キャベツ無しの本格派を提供する店があるそうだ。世界各国の料理の他、日本独自の進化を遂げた料理もいただけるのだから、日本の食環境って贅沢(ぜいたく)だと思う。口福だぁ~!
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。