【旅館経営最前線 人財を生かす】危機乗り越え、人材定着 


湯本社長(左から2番目)と同館スタッフ。若い社員を中心に、生き生きと日々の仕事に当たっている

長野県渋温泉さかえや

「掃除で雰囲気変化」「社員全員で経営」

 長野県渋温泉の「春蘭の宿さかえや」は、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)青年部が主催する「旅館甲子園」で2度のグランプリ(第2回=2015年、第3回=17年)を獲得した宿だ。不登校の子どもを受け入れ、社会復帰への支援をしたり、社員全員で宿の経営を考える意識を醸成したりと、人の成長を促すさまざまな取り組みを進めていることが評価された。宿泊業界で人手不足が叫ばれる中、若者を中心に社員が定着。湯本晴彦社長以下、26人が生き生きと日々仕事に打ち込んでいる。

 「旅館に戻ったときからの10年間は父親と衝突の連続だった」と湯本さん。団体から個人へと旅行形態が変化する中、個人志向の宿にコンセプトを転換したい湯本さんと、従来の団体志向を継続したい父親と意見が対立。湯本さんの母親が宿の名物女将として宴席で活躍。多くのファンが付いていたことも個人化に踏み切れない理由の一つだった。

 湯本さんが宿に戻った当時、長野県内は冬季五輪を控えて空前の好景気。県内旅館・ホテルの多くが設備投資を行い、さかえやも年間売り上げの数倍の融資を受けて設備をリニューアルした。その効果もあり、97年度は過去最高の売り上げとなるなど経営は絶好調だった。

 しかし五輪終了後は「ガタガタと売り上げが落ちた」。ITバブルの崩壊、そして当時就任した知事の方針で公共工事が減り、建設業を中心に法人の宴会利用が大きく落ち込んだ。06年には名物女将だった母親が急逝。宿は転機を迎えた。

 徐々に権限移譲を受けていた湯本さんは、紆余(うよ)曲折がありながら、07年年に全ての権限を掌握。しかし経営は最悪の状態だった。「どう立て直せばいいのか。コンサルタントを雇ったり、セミナーや自己啓発に行ったり、ありとあらゆることをした」。

 11年に東日本大震災が発生。長野県も一時的に顧客が減ったが、夏からは東北からの顧客のシフトがあり、売り上げが増加。これらを原資に団体用の大広間を個室の食事処に改装するなど念願だった設備の個人客対応を行う。

 しかしさらなる試練が湯本さんを襲う。宿の幹部の1人と意見が対立。他の幹部とともに対立した社員が退職してしまう。「『現場を見ず、セミナーばかり行っている』と批判をされた」。そして個室の食事処を作った矢先に湯本さんが信頼を寄せていた料理長が急逝。「終わったと思った」。

 傷心の中、旧知のコンサルタントがたまたまさかえやに宿泊。雰囲気の異変を察したコンサルタントが湯本さんにアドバイスした。まず進言したのは「セミナーや自己啓発に行くのは一切やめろ。そして現場を固めろ」。

 行ったのは館内の掃除と倉庫の片づけ。「古いものを全部捨てろ。社員が働きやすくなるように変えていくのがあなたの役目だ。ああしろこうしろと指示するのではなく、まずあなたがやれ。頭の中で一生懸命経営しているつもりでも、社員の顔一つ、館内の飾り付け一つ見ないのでは、それは経営ではない」。

 営業活動もストップし、1年間を館内掃除と倉庫の片づけに費やした湯本さん。「ただでさえ苦しいのに、さらに売り上げが落ちた」が、社内の雰囲気が徐々に変わっていった。

 「強制したわけではないが、掃除を一緒に行う社員が少しずつ増えていった。館内の飾り付けを自主的に行う社員も出てきた。社員の間にまとまりができ、組織が活性化していった」。

 不登校など、問題を抱える子どもたちを受け入れだしたのもその頃だ。コンサルタントの話をヒントに「当時は人手が足りなかったので、とにかく誰でも来てもらえればと」。引きこもり、非行少年、養護学校の生徒と、さまざまな子どもを受け入れた。1日、3カ月、1年と、その人に合ったプログラムを作成。バックヤードを中心に、調理や接客などさまざまな仕事を任せた。不登校の子ども向けに、15年には自らフリースクールを開校。2人が卒業し、うち1人がさかえやに就職。今も元気に働いている。

 社員が定着している現在も子どもたちの受け入れはやめていない。「今のわれわれの原点。彼らがいなければ今のうちはなかった。絶対にやめてはいけないと思っている」。

 「家業から企業へ」の転換を目指す湯本さん。その一環で社員全員に経営者の意識を持たせる教育を行っている。その一つがマネジメントゲーム研修だ。一つの卓に5~6人が集まり、一人一人が経営者として単価、固定費、変動費をコントロールしながら会社を運営し、もうけを目指すというボードゲーム。楽しみながら経営感覚を学べると好評だ。ほかにも「指導の仕方を教える」人材育成セミナーなど、さまざまな教育を行っている。

 地元山ノ内町の町議会議員も務める湯本さんは、人口減少による町の衰退に強い危機感を感じている。「うちで育った社員が将来独立して、宿や店や会社を立ち上げて、地域に貢献する。そんなことを目指している。人を育てることで地域の活性化に貢献したい」。

【森田淳】

湯本社長(左から2番目)と同館スタッフ。若い社員を中心に、生き生きと日々の仕事に当たっている

 
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