入社して3年ぐらいたった「中堅どころ」の社員が、「その先」にやりがいや希望を見いだせず転職していくといったケースが、各地の旅館でかなり多く見られるようになった。この事実は、若い人の仕事と人生に関して、腰を据えてしっかり考えていくべき重要なテーマがこの業界にあることを示唆している。
前回は、能力の分野を(1)業務能力(2)管理能力(3)個性的能力(4)創造的能力―の四つに分類して述べたが、このうち「業務能力」については、ある程度一通りのことがこなせるようになると、それ以上伸ばすことが難しい場合が多い。そこから先、どんな能力を伸ばしていくか、やりがいをつくっていくかは、大きな課題といえる。またそもそも、あまり変わり映えのしない同じ仕事を10年1日のごとくやらせておいてよいのか、ということにも目を向けていく必要がある。そうした仕事のさせ方だけでは、おそらく企業としての発展も望めない。そればかりか、伸びる意欲と可能性のある人材にとって、その会社で働き続けること自体が、一種の不幸であるともいえる。
いくつかの進むべき道がある。(1)管理職となり組織運営や部下の管理に軸足を移していく(2)社内講師として後進の指導育成に当たる(3)何か一つの職務でその道を極め、カリスマ的専門職となる―。
これらのどれかになるなら、それはそれで良い。しかしいずれも、そう多くの人が当てはまるわけではない。大半の人が「それ以外」であり、彼ら、彼女らの能力開発とやりがいづくりを考えていく必要がある。
一つの方向としてお勧めしたいのは、「公的資格の取得」である。世には旅館の業務に関わりのある資格も多い。それらへのチャレンジは、社員にとって新たなモチベーションとなる。そして取った資格は誰のものでもない、自分のものだ。また公的資格というものは、それ自体がよくできた学習プログラムになっているので、下手な社内教育よりもよほど体系的な知識、技能が身に付く。これをマスターした社員を抱えることは、会社にとっても大きな財産となるはずだ。だから会社としてこれを奨励し、支援することをぜひ検討していただきたい。どんな資格があり、会社として推奨するのかを知らせていくこと、そして取得に対して、奨励金なり資格手当を付けることをお考えいただきたい。
もう一つ大事なことは、こうした資格取得への支援を、会社の戦略と結び付けて考えることだ。利き酒師やソムリエ、バーテンダーといった資格なら、宣伝やブランド力向上に生かせるだろうし、例えば旅行業務取扱管理者などの資格は、事業展開戦略を考える上で要となる。
昔は、育つ者は勝手に育ち、そうでない者は振り落とされるだけ、ということでよかったかもしれないが、今はそういう時代でもない。人の育て方(能力の伸ばし方)を組織的に考えていく必要がある。これは決してきれい事ではない。旅館も、そうやって人を育てて「有効な資源」として生かし、また育った人の中から有能な人材を取り立てていくという「選択肢」を持つ必要があるのだ。
人それぞれの能力を伸ばしてあげる「援(たす)け」をすることは、会社としての使命であり、業界として取り組むべき共通の課題でもあると考える。
(株式会社リョケン代表取締役社長)