今年の夏はオーストリアに行っていました。音楽の都ウィーンでは音楽を楽しみながら、もちろん温泉にも足を伸ばしました。オーストリアは各地で温泉が湧き、ハプスブルク家ゆかりの温泉もあればべートーベンが愛した温泉もあります。かつてドイツ文学者の池内紀さんが書かれたエッセイを読んでいたこともありまして、ハプスブルク家ゆかりの温泉を目指しました。
ウィーンから高速長距離列車「レイルジェット」に乗って2時間程でザルツブルグへ。ローカル線に乗り換えてバードイシュルに入ります。
バードイシュルはハイシュル川とトラウン川の中州に開けた静かな地。かつて塩鉱床があり、ハプスブルク家の直轄地としてザルツカンマーグート(塩の御料地)と呼ばれ、親しまれました。バードイシュルはザルツカンマーグートのちょうど真ん中くらいにあります。
フランツ・ヨーゼフ皇帝の御母堂ゾフィーは子供に恵まれずにいた時に、ウィーンの名医に勧められ、フランツ・カール大公と共にバードイシュルに逗留しました。翌年にヨーゼフ皇帝が誕生。次々と2人の男の子が生まれ、オーストリアでは「塩の3兄弟」と呼ばれています。
そしてバードイシュルはヨーゼフ皇帝とエリザベートが出会った地でもあります。ヨーゼフはエリザベートの姉と見合いをしましたが、見合いに同行した妹のエリザベートに一目ぼれ。2人の結婚後に、ゾフィーはここに保養所としてカイザーヴィラをプレゼントしました。ヨーゼフ皇帝とエリザベートはウィーンからやって来てひと夏を過ごしたといいます。
バードイシュル駅前にホテル・ロイヤル・バードイシュルがあります。温泉入浴施設へはホテルと内廊下でつながれているので、チェックインの時に渡されるバスローブとスリッパを使えば、そのまま客室から温泉へ移動できます。
温泉プールに到着して目を奪われたのは明かりです。かつて塩が取れたことを示す演出だと思いますが、建物を支える柱は塩のブロックを模したデザインが施され、中から光が放たれています。その光は柔らかいオレンジ色で、湯までほのかに照らしていました。煌々と強い光の蛍光灯とは異なり、明かりが優しい。
プールに入ると、身長165センチ弱の私がつま先立ちするくらい深いところもありますし、寝湯ゾーンもありました。寝湯は身体にフィットするライン。日本では木枕が用意されがちですが、ここでは浮輪。ほのかな明るさと浮輪の枕の心地よさで、ついつい眠りに誘われました。
一番興味深かったのは流れるプールです。勢いよく温泉が流され、その流れに沿って、外のプールを一周できます。ルートの途中には炭をあしらったゾーンがあり、空気が清浄された上に、ほのかなアロマの香りもしました。
明かり、香り、くつろぎ、それらが大人のリゾートの空気を醸し出していました。
(温泉エッセイスト)