VJ大使のつながりは強固です。私は観光庁ができる前の2008年1月に、第1回目の任命でしたので、大使の皆さんとは、もう10年以上のお付き合い。私にとって、とても大切な方々です。
この日は、JNTOの柏木理事、観光庁国際観光課の伊地知課長もご参加くださり、歌舞伎座舞台社長の荒牧大四郎大使に「四月大歌舞伎」の席を取っていただきました。人間国宝である片岡仁左衛門さんが演じる「実盛物語」。それはそれは、仁左衛門さんの振る舞いが美しかったこと。脳裏に焼き付きました。
その後は、沖縄ツーリスト会長の東良和大使が経営する“旅職人がつくる居酒屋”「AGARI(あがり)」へ。内装が凝っており、だしが本格的な沖縄そばがおいしかったです。
「AGARI」では、澤の屋旅館のご主人の澤功大使と日本ミシュランタイヤ社長のデルマス大使と同じテーブルでした。デルマス大使は日本通であり、温泉好きが高じて、ご自身の別荘も温泉付き。フランスからお客さんが来るときには、まず別荘に招き、温泉に入ってもらうという方ですし、よく旅館も泊まり歩いておられます。そんなデルマス大使が私に、「山崎さん、いま、日本の旅館は危険です」とおっしゃるのです。
外国人観光客が利用しやすいように、旅館形態を変えようとしていることに危惧を抱いておられました。「夕食のメニューが決まっていて、朝ごはんも、食べる時間が朝早くに決められていること。これは日本のオリジナルです。絶対、変えてはいけない」
お隣にいた澤大使がうなずきながら、こんな話をしました。「澤の屋ではこれまで30年間、畳に布団を敷くスタイルでした。ただ最近のお客さんのアンケートを見ると、『背中が痛くなる』という声が圧倒的に多くて、厚いマットレスを敷くようになりました。けれど、『それでは日本らしくない』というお客さんもいます。私は、マットレスを敷くのは仕方ないのかなと、悩んでいました」
その話に、デルマス大使は「日本にやってくる前に、きちんと旅館の滞在作法を伝えるべきです。その意味も伝えなくてはいけません。日本人は説明をしてくれない。もし背中が痛くなっても、それが日本人の生活スタイルである『畳に布団を敷いて寝る』という体験がもたらしたことだと知れば、背中の痛みは日本ならではの思い出になります」
デルマス大使はこうも言いました。「日本は建物を残すことが上手でない。一度、なくしたら二度と元には戻らないのに…」
ふと、人間国宝である仁左衛門さんの姿が浮かんできて、デルマス大使の「旅館スタイルを簡単に変えてはいけない、伝統がなくなってしまう」という言葉が胸に刺さりました。
訪日外国人観光客の受け入れ整備の際に、忘れてはならぬことでしょう。
(温泉エッセイスト)