松浪氏
総理官邸での記者会見では、必ず左横に手話通訳がいる。動きが大きく疲労を伴うからか、交代しながら伝えてくれている。同時に、口を大きく開いて、口の形を読む「口話法」との併用が多数を占める。聴覚障害があって、記者会見の内容を理解していただけるよう、中央省庁のみならず、地方自治体でも手話通訳が一般化してきた。バリアフリーの時代に突入してからは、手話は大切な言語となっている。10年前にその法律ができた。
「改正障害者基本法」には、手話が言語であると明記された。以来、ろう教育の現場でも、手話はコミュニケーションをとる重要な方法となり一般化している。手話の本も幾種類も刊行され、多くの人たちが学んでいる。だが、前記の法律が成立する前までは、手話は認められず、「口話法」による教育が続いてきた。私どもの日体大荏原高に入学してきた聴覚障害をもつ女子生徒たちは、「口話法」だけでも成績優秀であった。
就職するにしても、大学進学するにしても日本語の読み書きの力が必要であり、生徒たちは「口話法」も駆使していた。また、剣道部に所属していたので、試合の際は事前に審判に「聾唖者（ろうあしゃ）」であることを伝えておく必要があった。剣道、柔道、空手等には技を仕掛けたときに大声で気合いを入れる必要があるからだ。
教育現場では、手話で日本語を教えるのも容易ではなく、いわゆる聴覚口話法との併用が好ましいかもしれない。特別支援学校に通う児童・生徒たちのうち、全国で聾唖者（重複聴覚障害者）は約8千人といわれる。幼少時から耳が不自由であった子どもたちにとって、日本語の学習は困難を伴う。手話だけでは十分に、きちんとした日本語の習得は難しいという。相手が手話を理解できなければ、筆談となる。日本語を正確に書く能力が求められる。それらは私たちも台湾、中国旅行で体験済みだ。
日体大に進学した聴覚障害者たちは、特別支援学校の教員を目指し、そのための「特別支援学校教員免許」を取得すべく単位を履修している。夢を諦めずに手話で日本語能力を磨き、努力している。聾の教員を目指しながらデフレンピック（聴覚障害者のオリンピック）出場のためにピストル競技の練習にも取り組んでいる。全国の支援学校には耳が不自由で話せない聾唖者の子どもたちが多数いる。この子どもたちにも夢を持てるように、さまざまな可能性があるゆえ、親切な指導が大切である。かかる情報を自治体は公表すべし。
近年、聴力を向上させるための医療機器たる「人工内耳」を埋め込む手術が発達している。しかも低年齢化が進んでいて、幼稚園児や小学生で約4割が「人工内耳」を埋め込んでいるらしい。が、手術が成功しても効果には個人差があるに加え、リハビリが必要となるが、これらの情報も各自治体が公表して支援する必要がある。少し聴こえるようになったとしても、会話の障害があるため手話もきちんと身に付けておかねばならない。
聴力差は個人個人によって異なる。生まれながらの聾唖者もいれば、10代で聴力を落とした人もいる。聴こえないが話すことができる人もいる。健聴者では想像できない精神的苦痛があるだろうし、学ぶためには大きなハンディを背負う。家族の協力は当然のこととして、各自治体の支援学校も障害別の支援学校にしないことには、聴覚障害児たちはきちんとした教育を受けることができない。
聴覚特別支援学校であるならば、先生の手話も一流であろうし、障害児の心理を読むことができる。また、学校のプログラム、行事等も特化させた特徴を取り込むこともできる。身体にどんなハンディを背負っていても、子どもたちにあらゆる夢を与え、可能性を追求できるように指導せねばならない。
昔、ＮＨＫテレビで「ジェスチャー」という番組に人気があった。身ぶり、手ぶりの面白さだったが、聴覚障害の手話は、人の心奥までも深く語ることができる。自治体は手話を全ての人に学んでいただく環境を整備すべきだ。
