文明開化の明治時代から戦前にかけて創業したクラシックホテルは、いつの時代も旅情を醸す。文豪に愛され、戦後はGHQによる接収や政治交渉の舞台にもなった。ナンバールートで日本の国際観光に先鞭(せんべん)をつけ、激動の日本を朽ちることなく生き抜いた悠久のホテルが、ポストコロナで人気を集めている。
世界的な疫病まん延で国内旅行回帰が鮮明となり、県民割など支援策も追い風だが、インバウンド再開のこれからが真の“回収どき”になりそうだ。五輪開催決定が新規ホテル開業の狂騒を生み、クラシックホテルもまた、耐震工事や改装、買収、さらには売却と翻弄(ほんろう)された。
「日本クラシックホテルの会」発行のスタンプ帳「クラシックホテル パスポート」を入手したのは2018年、奈良ホテルでのこと。昔、旅行会社勤務時代に研修で訪ねて以来だったが、ちょうどJR西日本が完全子会社化したときで、温故知新の衝撃を受けた。好印象が増したのは、自身が歳を重ねたせいかもしれないが。
以降、蒲郡クラシックホテル、ホテルニューグランド、富士屋ホテル、万平ホテル、雲仙観光ホテルと泊まり歩き、直近では川奈ホテルと日光金谷ホテルで懐かしいホテルマンたちと再会した。コロナに負けず、伝統あるホテルを守り抜いている姿に心打たれた。
全室リニューアルしたばかりの軽井沢プリンスホテル イーストの取材で07年に世話になった村井宏通氏(現・川奈ホテル代表取締役社長)は、今では西武・プリンスホテルズワールドワイドで伊豆地区の総支配人も務める。予約者リストで私の名前を見つけて、フロントには顔写真も用意していたらしい。5月の大型連休の家族旅行で、15年ぶりのまさかの再会。客足はコロナ前の7割近くに回復していた。
このコロナ禍で、西武ホールディングスはプリンスホテルや系列のスキー場など30施設以上を海外ファンドに売却するアセットライトを行った。ただ、大倉財閥の元別荘で、名門ゴルフコースで知られるここ川奈ホテルを、西武グループは手放さなかった。
来年、創業150周年を迎える日光金谷ホテルは、現存する日本最古の西洋式ホテルで、東武鉄道が16年に買収した。「現在の本館2階はかつて正面玄関で、昭和の初めに掘削で1階部分を増築した」。こうしたホテルの知られざる歴史を、辣腕(らつわん)コンシェルジュが説明する館内ツアーが面白い。
金谷ホテル取締役総支配人の奥間政宣氏と知り合ったのはコロナ前の渋谷東武ホテルである。教え子たちの就職採用が縁だった。その後、金谷ホテルへ異動して今に至る。
料理も自慢のクラシックホテルへと、新料理長と一緒に注力した。そこで早速、メインダイニングで、「100年前のメニューを再現!クラシックディナー」という名のフルコースを注文した。「紅鱒(ます)のソテー金谷風」や「大正コロッケット」など、懐かしくも洗練された味で感心した。ほぼ満席だった。
さて、パスポート加盟9ホテルで未泊は東京ステーションホテルのみ。東京在住ゆえに会食利用はたびたびでリニューアル時のインスペクションもしたが、宿泊しないと押印されない。有効期限も迫るなか、ついに泊まる決意をした。
(淑徳大学 経営学部 観光経営学科 学部長・教授 千葉千枝子)