山菜など、春食材の苦味成分がカラダの不調を整えてくれるから、「春の皿には苦味を盛れ」と昔からいわれるのだと、前回述べた。今回は山菜の王様と呼ばれる、たらの芽について。
先月、宮崎県から春の知らせが届いた。たらの芽だ。送り主は「NPO法人ほとくり会」の理事長と作業所長。精神障害者の自立と社会復帰を目指す同法人については、以前一度ご紹介させていただいたが、筆者が役員を務めるお弁当製造販売会社に、銀杏や南天の葉などを納めてくださっている。
いつも笑顔で、お会いすると何だかホッとする平﨑美保理事長と、元刑事で強面だが、実はひょうきんな吉田育弘作業所長は、長年地道に地域の福祉に貢献してこられた名コンビ。
…10年ほど前だろうか。たらの芽が筆者の大好物と知ったお2人が、作業所近くの山で採って送ってくださった。だが梱包を開いた途端、「ひゃっ!」と叫んでしまった。緑色のたらの芽のあちこちに、小さな黒い点がたくさんついていて、それがうごめいているではないか。
再び段ボール箱のふたを閉じた筆者、多少の虫なら何とか闘えるが、あまりにおびただしい数だったので戦意喪失。第一、どうすれば取り除けるかも分からない。天ぷら職人なら経験があるだろうと、弊社飲食店の、当時の料理長に処理を頼んで事無きを得た。
後日調べたところ、どうやら、たらの木の葉や新芽を食べるドウガネツヤハムシかアオグロツヤハムシというヤツだと分かった。私の大好きなたらの芽を食べちゃうなんて、けしからん! でも、虫の方だって言っているかもしれない。人間がたらの芽を摘むのはけしからん!って。
いずれにせよ、コイツがついてるってことは、天然物の証拠。近年たらの芽は天然物より、栽培物の流通量が多い。露地栽培物と、「ふかし促成栽培」という水耕栽培のハウス物だ。出荷量全国1位の山形県や、2位の新潟県など雪の多い地域では、他の作物が育てられない降雪期の貴重な収入源となっているようだ。
地域によるが、天然物は3月下旬~6月上旬、ハウス物は12~3月ごろが旬。「山のバター」といわれるほどコクがあり、植物性油脂やタンパク質が豊富だ。天然物はハウス物より苦味が強く、野趣あふれる味わい。
フキノトウ同様、あく抜きの必要がない天ぷらで食すのが一番♪ ほろ苦さの中に潜む甘味やうま味、ホクホクしつつモチッとした独特の食感が楽しめる。たらの木は頂芽といって木の天辺に芽を付けるので、大抵1本の木に芽は1個だけ。鋭いとげがあるのは、その大切な芽を動物に食べられないための自衛策だ。
話を戻そう。頂いたたらの芽は、形がきれいにそろっていた。ふと10年前のことを思い出されたようで、裏山でも採れるのに、今回はわざわざ青果店に注文してくださった。でも、アイツが1匹潜んでたから、きっと露地物だ、なんて想像しながら味わえば、春の苦味とお2人の優しさが、心とカラダに染み渡った。
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。