北村氏
訪日市場の拡大が見込まれるなかで重要なのは、その増加が47都道府県のどこへ向かうかです。東京、大阪、京都がさらに伸びるのか、それとも地方へ需要が広がるのか。これは地域観光だけでなく、ホテルの開発、投資、運営、さらには不動産価値を考えるうえでも中心となる問いです。
そこで本稿では、インバウンドの増加可能性を次の六つの要素に整理してみます。
インバウンド増加可能性 = 日本人気 × 為替 × 交通アクセス力 × 地域魅力度 × 宿泊力 × 将来性
精密な予測式ではなく、地域を同じ物差しで比べるための整理の方法です。日本人気は国別に見て、政治・制度リスクも補正する訪日需要の動きは国・地域によって異なります。2026年8月の訪日外客数は前年同月比9.6%減でしたが、韓国、台湾、香港、米国、欧州主要国など14市場は8月として過去最高でした。7月には台湾が単月で初めて70万人を超えています。
国別の訪日外客数の前年比を基本の指標とします。ただし、日本が好きかどうかと、実際に来られるかどうかは同じではありません。外交関係の悪化、渡航注意、査証制度の変更、団体旅行規制、大幅な減便があれば、需要は急減します。
国別需要指数 = 日本人気 × 政治・制度リスク係数
とし、特段の影響がなければ1.0、需要を抑える要因があれば0.9、0.8と下方修正します。ただし、すでに数字に表れた減少は前年比に含まれているため、係数はまだ表れていない今後の影響に限って用い、二重に差し引かないようにします。
この国別需要指数を、各県の外国人宿泊者の国籍構成比で加重平均し、県別の日本人気指数とします。特定の国の比率が高い県ほど、その国の動きを強く受けます。逆に、国籍が分散した地域は、一国の急減をある程度吸収できます。上位1か国の比率を参考指標として併記すれば、依存度も見えてきます。
為替も国籍構成で換算する
円安は日本の宿泊、飲食、交通の割安感を高めます。為替だけで旅行先は決まりませんが、同じ予算でより良いホテルに泊まれるのであれば、日本を選ぶ理由の一つになります。
ドル、ユーロ、ウォン、台湾ドルなど通貨ごとの対円レートの変化を、同じく国籍構成比で加重平均し、県別の為替指数とします。米国人旅行者の多い地域と、韓国人や台湾人旅行者の多い地域とでは、為替の影響が異なるからです。
交通アクセス力は「入口」と「地域内の移動」で見る
まず、日本への入口となる国際航空アクセスを週便数で測ります。2026年夏期スケジュール当初の国際旅客便は週5,445.5便で前年より4%減りましたが、中国路線の大幅減が主因で、韓国、台湾、香港、米国本土、欧州路線などは増えています。
自県の空港だけでは不十分です。奈良なら関西空港、滋賀なら関西空港や中部空港からの流入があります。
航空流入力 = 自県空港の国際線週便数 + 近隣主要空港の国際線週便数 × アクセス係数
とし、主要空港から1時間以内なら係数を大きく、2時間、3時間と離れるほど小さくします。
ただし、入口だけでは地方の需要は説明できません。長野は大規模な国際空港を持ちませんが、東京から新幹線で入れます。北陸も東京や関西から新幹線や特急で移動できます。
新幹線、特急、国内航空、高速バスなどの広域交通を、主要都市からの移動時間と運行頻度で見ます。さらに、駅や空港から温泉地や観光地へ動けるかという二次交通も重要です。所要時間、運行頻度、乗り換え回数、レンタカーなしで周遊できるかを見ます。三つは単位が異なるため、それぞれ全国平均=1.0で指数化し、その平均を交通アクセス力とします。
地域魅力度は「行きたいか」で見る
世界遺産数や温泉地数を積み上げるとモデルは複雑になります。そこで、供給側の資源ではなく、外国人の地域別訪問意向を基本とします。
DBJ・日本交通公社の意向調査でも地方への訪問意向は高く、地方誘客の核は「自然・食・温泉」とされています。
資源があっても海外で知られなければ需要にはならず、逆に知られれば、今は外国人旅行者が少ない地域でも伸びる可能性があります。
県別の値がそろわない場合は、地方ブロックの値を主要観光地の回答で補正すべきでしょう。
宿泊力は「来た人がどれだけ泊まるか」
有名観光地でも、大都市から日帰りできれば宿泊需要は伸びにくくなります。
宿泊力 = 外国人延べ宿泊者数 ÷ 外国人訪問者数
とします。
これは厳密な平均宿泊日数ではなく、訪れた外国人1人当たり、どの程度の宿泊需要が生じているかを見る指標です。分子は観光庁の宿泊旅行統計調査、分母は訪日外客数に訪日外国人消費動向調査の都道府県別訪問率を掛けて推計します。訪問率は標本調査のため、訪問者の少ない県では誤差に注意が必要です。また、客室がなければ泊まれません。宿泊力は、「泊まる必然性」と「泊まれる受け皿」の両面で見る必要があります。
将来性は「加点」で見る
世界遺産登録、IR、国際イベント、新幹線や空港、MICE施設などは、計画ごとに
「実現確度 × 需要インパクト × 持続性」
で、採点し、県内で合計します。それぞれ1〜5点程度です。
正式決定・着工済みなら実現確度を高く、構想段階なら低くします。IRや交通インフラのように効果が長く続くものは持続性を高く、単年度のイベントは低くします。新幹線延伸などは、完成前は将来性、完成後は交通アクセス力として評価します。掛け算のモデルでは、計画のない県が0点だと全体が0になります。
将来性指数 = 1.0 +(県内の評点合計 ÷ 全国で最も高い県の評点合計)× 0.5
とし、計画がなければ1.0、最大でも1.5までの上乗せとします。全国平均=1.0で掛け合わせるほかの五つは全国平均を1.0として指数化し、六つを掛け合わせます。
インバウンド増加可能性指数 = 日本人気指数 × 為替指数 × 交通アクセス指数 × 地域魅力度指数 × 宿泊力指数 × 将来性指数
どの指標が評価を押し上げたかを後から確かめられ、自治体、DMO、ホテル事業者、金融機関などが共通の考え方で地域を比べられます。
ただし、掛け算は差を大きく見せます。1.2が六つ重なれば約3倍ですが、需要が3倍になるという意味ではありません。指数は相対的な位置関係を見るためのものです。
また、魅力度と宿泊力、アクセス係数と広域交通には一定の重なりがあります。これはモデルの限界として認識しておく必要があります。
「今の強さ」と「伸び代」を分ける
そのまま並べれば、すでに強い地域が上位を占めます。
実績指数 = 外国人延べ宿泊者数の全国シェア ÷ 平均シェア(約2.13%)
とし、さらに、
伸び代指数 = 増加可能性指数 ÷ 実績指数
とします。
潜在力に比べて実績が小さい県ほど、伸び代指数は高くなります。
ただし、実績が極端に小さい県では値が過大になります。そのため、伸び代指数については、増加可能性指数が1.0以上の県を中心に比較するなど、一定の条件を設ける方がよさそうです。
現時点で見える地域
今の強さでは、東京、大阪、京都、北海道、福岡、沖縄が引き続き上位でしょう。認知度、航空アクセス、宿泊施設の集積をすでに備えた地域です。
なかでも北海道は、自然、雪、食、温泉と東アジア市場との親和性から、現在の強さと今後の伸び代を併せ持つ地域と見ることができそうです。
伸び代では、東北、長野、北陸、広島・瀬戸内、九州各県に注目します。
青森や宮城など東北は、外国人旅行者が地方に求める自然、雪、温泉、食といった要素を備えており、広域交通と二次交通がさらに使いやすくなれば、伸びる余地は大きいように思います。
長野は、東京から新幹線でアクセスでき、山岳、雪、温泉、自然など、宿泊を伴いやすい明確な目的があります。いわば、「東京から行きやすく、行けば泊まりやすい地方」です。
北陸は、食、文化、温泉、自然に加え、東京と関西の双方から入りやすく、両方面との回遊需要を取り込めます。
広島・瀬戸内は、知名度の高い広島を入口に、鉄道や船、バスによって周辺地域へ回遊を広げられ、欧米豪の比較的長期滞在型の市場とも相性が良い地域です。
九州は、福岡空港という大きな国際ゲートウェイから、熊本、長崎、大分、鹿児島などへ需要を広げられる可能性があります。福岡だけを見るのではなく、九州を一つの広域観光圏として見ることが重要になりそうです。
一方、特定国への依存度が高い地域では、外交関係や制度変更が大きな下振れ要因になります。旅行者の数だけでなく、どこから来て、需要がどの程度分散しているかも地域の強さを左右します。
これは現時点での仮説です。実際に47都道府県へ当てはめれば、印象とは異なる地域が上位に出る可能性もあります。
「次に伸びる場所」を見る
為替、航空路線、外交関係、査証制度、二次交通は変わります。大型計画にも不確実性があります。だからこそ、同じ指標を継続して見ていくことに意味があります。
このモデルの目的は、ランキングづくりではありません。外国人宿泊者数という「結果」ではなく、それを生む条件を見ることです。
なぜ日本に来るのか。どの国から来て、需要を妨げる要因はないか。どこから入り、地域内を動けるのか。なぜそこへ行き、泊まるのか。そして将来、何が起こるのか。
47都道府県を同じ物差しで見続けることで、条件がそろい始めた地域だけでなく、現在は強くても特定市場への依存というリスクを抱える地域も見えてくるはずです。
それが、現在の順位とは少し違う「次に伸びる地域」を考える、一つの手掛かりになるのではないでしょうか。
株式会社日本ホテルアプレイザル代表取締役/株式会社サクラクオリティマネジメント代表取締役/一般社団法人宿泊施設関連協会副理事長 北村剛史




