前回、ハンガリーとチェコで日本の温泉文化を伝える講演を行うことで、日本の温泉文化を再考したとお伝えしました。
渡航中、たくさんの温泉取材もしましたが、特に興味深かった体験を記します。
ハンガリーの首都ブダペストからバラトン湖の西端を目指して、バスで2時間半ほど乗るとへーヴィーズ湖に着きます。
この湖は温泉で満たされています。水深38.5メートルの洞窟の底から温泉が湧き出ているのです。40度と17.2度の2本の源泉が混ざり合い、湖の表面は37~39度ほどのぬる湯です。源泉から毎秒410リットルが湧出するため、東京ドーム4個分という大きさの湖は、約72時間で完全にお湯が入れ替わります。日本の泉質でいえば、弱アルカリの炭酸水素塩泉。
人々は浮き輪を使って、この温泉湖に浮かびます。湖を囲むようにデッキチェアが置かれていて、ここで日がな一日を過ごしていました。
この温泉湖の周辺は緑豊かな美しい保養温泉地です。滞在型のホテルが並び、1週間ほど過ごす人もいます。高価格のホテルには温泉が引かれていますが、基本的には入浴はへーヴィーズ湖に通います。
まさにヨーロッパ特有の保養温泉地の光景です。
一方、いにしえより継承してきた日本の「湯治」も、かつては宿は泊まるだけで、入浴は外湯を利用していました。宿には最低1週間、長ければ数カ月逗留(とうりゅう)しました。
ただ現在は、宿で温泉入浴するのが一般的になりました。
この日本の「湯治」も世界に誇れる「価値」といえるでしょう。
本連載でもたびたび触れていますが、拙著の河出文庫の「ひとり温泉」シリーズは「ひとりで温泉を旅する」と「おいしいごはん」をテーマに、全国津々浦々を巡ったエッセイです。
11月に刊行される4冊目には新たに「プチ湯治」の要素を加え、忙しい現代人のライフスタイルに合わせた手軽な湯治案内をしています。
こんな旅をつづりました。
東京駅から特急「踊り子」で1時間強で着く神奈川県湯河原温泉で、ひとり客大歓迎の素泊まりの宿に宿泊。
湯河原のお湯はずっと入っていても飽きず、また疲れないお湯です。
「湯治」にふさわしく、何度も何度も温泉に浸かり、夕食も朝食も町中の店で自分でチョイスしました。
湯河原温泉には、水辺の近くに万葉公園という気持ちのいい空間がありますので、ここでランチと読書を愉しみました。
従来の「旅館」に泊まる楽しみ以外の「プチ湯治」を提案してみたのです。
実はこの湯河原行きは3日前に思い立ち、計画しました。「これくらい気軽に温泉へ行こう」と、私は読者に訴えたいのです。
昨今、ニュースでも「泊食分離」や「イチアサ(1泊朝食)」の新たな宿泊スタイルが話題となっています。
とはいえ、宿泊業界の深刻な人手不足により、料理が提供できないという裏事情もあるので、全面肯定までいかないかもしれません。
ですが、利用者として求める気軽な「温泉旅行」と、旅館側の事情が合致するスタイルが「プチ湯治」なのです。
いずれ「プチ湯治」も世界に誇る日本文化にならないか、と大それたことを思ったりしています。
(温泉エッセイスト)




