北村氏
宿泊施設におけるSDGsやサステナビリティというと、省エネルギー、プラスチック削減、食品ロス削減など、環境への取り組みを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
しかし、持続可能な観光が対象とする範囲はもっと広いものです。GSTCなどの持続可能な観光の考え方を踏まえて大きく整理すれば、①コンプライアンスや人権、労働環境などを含む持続可能な組織、②地域社会への配慮と地域保全、③地域固有の文化や文化遺産の保全、④自然環境への配慮、という4つの領域があります。
ここで私は、SDGsを少し違う方向から考えてみたいと思います。
これらは「取り組めば顧客が喜ぶもの」なのでしょうか。それとも、「できていなければ顧客がストレスを感じるもの」なのでしょうか。
評価現場で繰り返し感じてきたこと
サクラクオリティの評価活動を通じて、私はこれまで数多くの宿泊施設・旅館を訪ねてきました。その中で、後者を強く感じた経験が何度もあります。
地域には素晴らしい食材や地産品があるのに、それらにほとんど関心を示していない宿泊施設がありました。地域の歴史や文化について尋ねても、ほとんど関心が感じられない施設もありました。
別の宿泊施設では、顧客にも聞こえる場所で、上司が従業員を激しく叱責していました。また、廃棄物を施設側の判断で不適切に処理している場面を目にしたこともあります。
そのとき私が最初に考えたのは、「この宿泊施設はSDGsができていない」ということではありません。
先に感じたのは、違和感、不快感、不安、そしてストレスでした。
考えてみれば当然かもしれません。
地域まで旅行しているのに、その土地の食に触れられない。地域文化への関心が感じられない。目の前で従業員が威圧的に扱われている。環境に対して疑問を感じる行為を目にする。
皆さんは、そのような宿泊施設にもう一度泊まりたいと思うでしょうか。
地域とのつながりが失われるとき
まず、地域との関係です。評価の現場で強く感じるのは、地産品や地域文化への取り組みは、単なる「料理の付加価値」や「観光サービスの一要素」ではないということです。
旅行者は、その土地に行ったからこそ経験できるものを求めています。地域の食や文化への接続が失われれば、「なぜここまで来たのだろう」という違和感が生まれます。
既存研究でも、地域産品や文化的真正性と観光客の満足との関係が指摘されています。
Jebbouri、Zhang、Wang、Bouchiba(2021)は、中国・広東省開平市を訪れた406人を対象とした研究で、地域住民の参加、文化的真正性、地域産品へのアクセスが観光地イメージに正の影響を与え、そのイメージが観光客満足やロイヤルティと関係することを示しています。
つまり、地産品や地域文化は「あると楽しいオプション」にとどまりません。
地域と宿泊施設との接続が失われることは、地域貢献の不足であると同時に、顧客体験そのものを弱める可能性があります。
私自身、そうした施設では「また訪れたい」という感覚が弱まることを、何度も経験してきました。地域保全は、施設側から見れば「地域社会への貢献」ですが、顧客側から見れば「その土地を訪れる意味」を守るものでもあるのです。
組織のあり方は、ハード・サービス・ヒューマンを通じて顧客に届く
組織の持続可能性も同様です。従業員への人権配慮や健全な職場環境、適切な労務管理は、一般には「社内の問題」「バックヤードの話」と考えられがちです。
しかし宿泊施設という業態において、組織のあり方は決して社内だけに留まりません。私は、ハード、サービス、ヒューマンという3つの経路を通じて顧客に届いていくと考えています。
(1)第一に、ハード面です。
組織が疲弊し、投資判断が短期的になれば、その影響は清掃の細部、設備の維持管理、消耗品の状態、館内のわずかな傷みなどにも現れ得ます。顧客は「壁紙が少し傷んでいる」という一点だけを見ているのではありません。そうした細部の劣化が積み重なれば、「この施設はきちんと管理されているのだろうか」という感覚につながります。ハードは、組織の意思決定や運営姿勢を映す一つの鏡でもあるのです。
(2)第二に、サービス面です。
離職が多く、教育や引き継ぎに十分な時間を割けない組織では、担当者によって対応が異なる、情報共有が滞る、繁忙時にオペレーションが乱れるといった現象が起こりやすくなります。
サービス品質は、マニュアルの精度だけで決まるものではありません。その背後にある組織が、現場をどれだけ支えているかにも大きく左右されます。組織の健全性は、サービスの安定性と切り離して考えることはできません。
(3)第三に、ヒューマン面です。
これは最も直接的です。顧客の前では笑顔で接していても、少し離れたところから従業員を怒鳴る声が聞こえてくれば、その笑顔の見え方まで変わります。
この点について、Yuら(2022)は観光・ホスピタリティ産業を対象に、abusive supervision、すなわち威圧的・不適切な監督行動を目撃した第三者の感情や行動を研究しています。その結果、目撃者には否定的感情、回避、噂、被害者への支援など、さまざまな反応が生じることを示しています。同研究で主に扱われている第三者は職場内の人々ですが、宿泊施設という業態では、顧客もまた組織内の行動を偶然目撃する存在になり得ます。
顧客は、自分自身が不適切に扱われていなくても、従業員がどのように扱われているかを見ています。
「この会社は大丈夫なのだろうか」。
一度そう感じれば、それまで形成されていた安心感は揺らぎます。
組織のあり方は、ハードの状態として、サービスの安定性として、そして人の表情や振る舞いとして、複数の経路から顧客へ伝わります。
バックヤードと顧客空間を完全に切り離すことはできません。従業員が大切に扱われていない組織では、その影響がどこかで顧客体験にも表れる可能性があります。
持続可能な組織は、施設側から見れば「労務管理」や「コンプライアンス」ですが、顧客側から見れば「この施設は信頼できる」という安心感の土台なのです。
環境問題は「信頼」の問題でもある
自然環境への配慮についても、「環境に良いから評価される」という単純な話ではありません。
Chen、Bernard、Rahman(2019)は、宿泊施設のグリーンウォッシングと顧客行動との関係を分析しました。
同研究では、宿泊施設の環境配慮が「見せかけ」だと認識されるほど、green trust、すなわち環境面での宿泊施設への信頼が低下することが示されています。また、green trustが高いほど再訪意向が高く、ネガティブな口コミ意向が低いという関係も確認されています。
ここで重要なのは「信頼」です。廃棄物が不適切と思われる方法で処理されている場面を目にすれば、顧客はその一つの行為だけを見ているとは限りません。
「衛生管理は大丈夫なのか」「食品管理はどうなのか」「ほかにも見えないところで同じようなことをしていないか」。一つの出来事が、施設全体への不安へと広がる可能性があります。逆に言えば、環境への誠実な取り組みは、顧客に対して「この施設は適切に運営されている」という無言のメッセージにもなり得ます。
環境への配慮は、施設側から見れば「サステナビリティ活動」ですが、顧客側から見れば「この施設は安全で、誠実に運営されている」という信頼の基盤でもあるのです。
さらに大切なのは「チェックインからチェックアウトまでの一貫性」である
ここまで、SDGsが守る4つの領域について考えてきました。
しかし、評価現場での実感を突き詰めると、もう一つ重要な視点があります。それは、チェックインからチェックアウトまで、一貫して同じ価値観を感じられるかどうかです。
到着時のフロントの応対は温かく、地域への誇りも感じられた。しかし、レストランに移った瞬間に地域とのつながりが消え、深夜にはバックヤードから怒声が聞こえ、翌朝のチェックアウトでは事務的な対応だけが返ってくる。こうした滞在では、個々の場面が優れていても、全体としては「ちぐはぐな滞在」として記憶される可能性があります。
逆に、チェックインの瞬間からチェックアウトの見送りまで、地域への敬意、従業員同士の穏やかな関係、環境への誠実な配慮が途切れることなく感じられる滞在があります。その一貫性は、単に「サービスレベルが揃っている」という意味ではありません。その施設が何を大切にしているかという価値観が、滞在時間の隅々にまで通っている状態です。
組織が健全であれば、時間帯や担当者が変わっても対応はぶれにくくなります。地域や文化への敬意が組織に根付いていれば、食事、館内の設え、スタッフの言葉の端々にも、共通した価値観が表れます。環境への誠実さがあれば、客室でもレストランでもバックヤードでも、同じ姿勢が保たれます。
一貫した体験の背後には、一貫した組織文化があります。
そして、その一貫性が、「また来たい」という意向を超えて、実際の再訪につながるような、記憶に残る滞在をつくるのではないでしょうか。SDGsは「加点」ではなく「減点を防ぐ」品質ではないか。こう考えると、宿泊施設のSDGsについて別の姿が見えてきます。
地域の食材を大切にする。地域文化を理解する。従業員を尊重する。環境を適切に管理する。これらがきちんと行われていても、顧客が一つ一つに感動し、それだけを理由に高い料金を支払ってくれるとは限りません。しかし、逆になったときにはどうでしょうか。
地域を無視する。文化を知らない。従業員を粗末に扱う。環境に疑問を感じる行為をする。
それを顧客が認識した瞬間、評価は大きく下がる可能性があります。
ここには、品質研究でいう「基礎品質」に近い非対称性があるのではないでしょうか。つまり、「あるから大きく満足するとは限らない。しかし、ないと大きな不満になる」という性質です。
私は、宿泊施設におけるSDGsの本質の一つがここにあると考えています。
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持続可能な組織は「信頼」を守ります。
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地域保全は「地域とのつながり」を守ります。
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文化保全は「その土地を訪れる意味」を守ります。
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自然環境への配慮は「安全・快適性への信頼」を守ります。
そして、その4つの先にあるものが、顧客の「安心感」です。
さらにその先には、チェックインからチェックアウトまでを貫く一貫した体験があり、それが記憶に残る滞在へとつながっていきます。
4領域 → 安心感 → 一貫性 → 記憶に残る滞在。
私は、これが宿泊施設のサステナビリティと顧客体験をつなぐ、一つの階層構造ではないかと考えています。
サステナビリティは日々の顧客体験そのものである
顧客はSDGsのチェックリストを持って宿泊施設に泊まっているわけではありません。しかし、SDGsが守ろうとしているものが損なわれたとき、その結果を違和感、不快、不安、怒り、ストレスとして感じ取ることがあります。ここが重要なのではないでしょうか。顧客は最初に「この宿泊施設はSDGsができていない」と判断しているのではありません。先にストレスを感じ、その原因をたどっていくと、持続可能な組織、地域、文化、環境という領域の問題に行き着く。そう考えると、SDGsとは「顧客とは直接関係のない社会的な活動」ではありません。むしろ、「実施すれば加点されるもの」ではなく、「実施されていなければ顧客価値が損なわれるもの」という側面を持っています。そして同時に、一貫して実施され続けることで、顧客の安心感を支え、記憶に残る滞在体験へとつながっていくものでもあります。SDGsを環境や社会のためだけではなく、「顧客にストレスを与えず、安心して滞在してもらい、記憶に残る一貫した体験を届けるための基礎品質」として捉え直す。
そう考えると、サステナビリティは宿泊施設経営から遠い理念ではありません。
それは、宿泊施設の日々の運営そのものであり、顧客体験そのものであり、さらには顧客の記憶に残る滞在をつくるための、極めて実務的な設計原理なのです。
参考文献
1)Chen, H., Bernard, S., & Rahman, I. (2019). Greenwashing in hotels: A structural model of trust and behavioral intentions. Journal of Cleaner Production, 206, 326–335. https://doi.org/10.1016/j.jclepro.2018.09.168
2)Jebbouri, A., Zhang, H., Wang, L., & Bouchiba, N. (2021). Exploring the Relationship of Image Formation on Tourist Satisfaction and Loyalty: Evidence From China. Frontiers in Psychology, 12, 748534. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2021.748534
3)Yu, Y., Li, Y., Xu, S. T., & Li, G. (2022). It’s not just the victim: Bystanders’ emotional and behavioural reactions towards abusive supervision. Tourism Management, 91, 104506. https://doi.org/10.1016/j.tourman.2022.104506
株式会社日本ホテルアプレイザル代表取締役/株式会社サクラクオリティマネジメント代表取締役/一般社団法人宿泊施設関連協会副理事長 北村剛史




