北村氏
はじめに
ホテルの競争力を考えるとき、私たちは一般に、立地、ブランド、客室面積、ADR、RevPAR、客室稼働率などを見ています。もちろん、いずれも重要な指標です。しかし、ホテル市場を長く分析していると、ときどき、こうした物差しだけでは説明しにくいホテルに出会います。
最も強い立地ではない。圧倒的なブランド力があるわけでもない。それでも、周辺ホテルより高い客室単価を確保しながら、高い稼働率を維持している。
なぜなのでしょうか。
私は、その理由を考えるうえで、従来のホテル市場分析に一つ重要な視点が不足していたのではないかと考えています。それは、「誰が、何人で泊まるのか」という視点です。
ホテル業界は長く、「一室」を基本単位として市場を見てきました。しかし、実際にホテルを選択するのは客室ではありません。旅行者です。
一人旅、二人旅、家族旅行、友人同士の旅行。それぞれ旅行する人数が違います。
本稿では、この旅行者のまとまりを「旅行単位(Travel Unit)」と呼び、ホテル市場を「一室」ではなく「旅行単位」から捉え直してみたいと思います。
ADRと、旅行者が感じる価格は同じなのか
ホテル側は、価格をADRで管理します。例えば、一室3万円なら「3万円のホテル」です。しかし、3人で旅行する場合を考えてみてください。3人が一室で快適に泊まれるホテルが3万円。一方、一般的なツインルーム中心のホテルでは2室必要となり、一室1万7千円なら合計3万4千円です。ADRだけを見れば、前者の方が高いホテルです。しかし旅行者から見れば、3人全員が泊まるための総額では、3万円のホテルの方が安い。しかも、全員が同じ客室で過ごすことができます。つまり、ホテル側から見た「一室価格」と、旅行者側から見た「旅行単位の価格」は、必ずしも同じではありません。ホテル側は、「この部屋はいくらか」と考えます。一方、旅行者は、「私たち全員が泊まるために、全部でいくら必要なのか」と考えている可能性があります。ここに、ADRだけでは捉えにくい価格競争力があります。
大きな部屋をつくれば売れるわけではない
では、4人、5人、6人で泊まれる大きな客室を増やせば、ホテルは強くなるのでしょうか。
これも、そう単純ではありません。複数施設の客室タイプと実績を分析すると、収容人数の大きな客室は高いADRを実現しやすい一方、収容人数が大きいという理由だけで稼働率が高くなるわけではありませんでした。
また、予備的な分析でも、宿泊実績に現れる平均同伴人数と稼働率の間には一定の関係が示唆された一方、「大人数対応客室を多く持っていること」そのものが、高い稼働率につながるとは限りませんでした。これは重要です。収容力そのものが競争力なのではない。重要なのは、その地域を訪れる旅行者の人数構成と、ホテルの客室商品がどれほど合っているかです。同じ100人の旅行者でも、50組の2人旅行なのか、25組の4人旅行なのか、では必要となる客室商品は全く違います。
2人旅行が中心の地域で、大型客室ばかりを用意しても需要とは合いません。
反対に、3〜5人の家族や友人旅行が多い地域で、その人数が一緒に快適に泊まれる客室が不足していれば、その商品には強い競争力が生まれる可能性があります。
私はこれを、需要単位適合性(Demand Unit Fit)と呼びたいと思います。難しい考え方ではありません。その地域に来るお客様の人数と、そのホテルの部屋が合っているかということです。
K-HC Indexという考え方
ここから、ホテル固有の商品競争力を簡単な式で考えてみます。
私はこれを、
K-HC Index = D × P × U
と表したいと思います。
K-HC Indexとは、Kitamura Hotel Competitiveness Indexの略です。
Dは、Demand Unit Fit。旅行人数と客室商品の適合度です。
Pは、Party-Level Price Competitiveness。同じ人数で宿泊した場合の総宿泊費競争力です。
Uは、Uniqueness / Substitutability。同じ条件を満たす代替商品がどれだけ少ないか、つまり代替困難性です。
ここで地域需要そのものを式に入れていないのには理由があります。
K-HC Indexは、あくまで、「そのホテルだから選ばれる力」を測るための指標だからです。地域そのものが旅行者を呼ぶ力は、後述するK-HEGMの第一層として別に扱います。
Dは「需要と客室の相性」。D、すなわち需要単位適合性は、地域の旅行人数構成とホテルの客室構成を比較して考えます。
例えば地域需要を、1人、2人、3人、4人、5人以上に分けます。ホテル側も、それぞれの人数に対して、実際に販売可能で、かつ快適に利用できる客室がどの程度あるかを整理します。両者が近いほど、需要と商品の相性が良いことになります。
理論的には、
D = 1 − 1/2 × Σ|旅行人数別需要比率 − 客室供給比率|
と表すことができます。
完全に一致すればDは1となり、ズレが大きいほど0に近づきます。ただし、これはあくまで概念式です。
6人まで泊まれる客室は2人でも4人でも使えるため、実際の推定では、最大定員だけで単純に分類するのではなく、「その人数でどの程度快適に利用できるか」という実利用適合性まで考慮する必要があります。
一方、ホテルの現場で毎回この式を計算する必要はありません。
例えば、「最近3〜4人のお客様が増えているのに、うちは2人向け客室ばかりではないか」
と考えるだけでも、需要と商品のズレは見えてきます。これは新規ホテルの企画だけでなく、既存ホテルの改装にも使える考え方です。「次の改装ではツインを増やすべきか、3〜4人対応客室を増やすべきか」という判断を、供給側の都合だけではなく、需要側から考えることができます。
Pは「1室いくら」ではなく「全員でいくら」
次にPです。
例えば4人旅行で、自ホテルなら1室4万円。
競合ホテルでは2室必要で、1室2万2千円、合計4万4千円だったとします。
この場合、
P = 競合で同人数を泊める総額 ÷ 自ホテルで同人数を泊める総額
ですから、
4万4千円 ÷ 4万円 = 1.10
となります。
Pが1を超えていれば、旅行単位で見た価格競争力があると考えられます。
ここで重要なのは、ADRが高いホテルが、旅行者にとって高いホテルとは限らないという点です。
3人、4人、5人と人数が増えれば、競合ホテルでは2室、場合によっては3室必要になります。そのため、価格競争力を見る場合には、「競合よりADRがいくら高いか」だけではなく、「この人数全員を泊めた場合、総額はいくら違うのか」を見る必要があります。
また、Pを実際に計算する場合には、競合ホテルの選び方も重要です。
同一商圏で、立地、グレード、客室品質、価格帯などがある程度近い施設を競合集合として設定し、その旅行人数を収容するために必要な総宿泊費の中央値などを使う方法が考えられます。
地域で3人旅行が多いのであれば3人時のPを、4人旅行が多ければ4人時のPをより重く見る。
こうすることで初めて、実際にその地域を訪れる旅行者にとって、そのホテルが本当に高いのか、安いのかを判断できます。
Uは「代わりがあるか」。最後のUは、代替困難性です。
例えば4人が泊まれる客室があっても、同じ地域に同じような客室が大量に供給されていれば、その商品の価格決定力は強くありません。
反対に、複数人が一緒に泊まれる。
一定の広さがある。
キッチンや洗濯設備がある。
特徴的な付帯設備がある。
といった、旅行者が求める複数の条件を同時に満たす商品が少なければ、代替は難しくなります。
つまり、豪華だから高く売れるのではなく、「代わりが少ない」から高く売れるという場合があるのです。ここでも、競合ホテルの軒数だけを見るのでは十分ではありません。
重要なのは、同じ人数を、同じような条件で収容できる客室が、市場に実際に何室供給されているかです。
したがってUは、代替可能な客室供給量が少ないほど高くなる指標として扱うのが適切です。具体的な数式については、今後、実証分析を通じて検証する必要があります。
K-HEGM 2.0へ
私はこれまで、ホテルと地域の関係を「重力」という考え方で整理してきました。
その考え方を今回の議論まで広げると、ホテル競争力は大きく三つの層に整理できます。
第一は、
地域が旅行者を呼ぶ力。
第二は、
そのホテルが旅行者に発見され、立地や利用価値を理解される力。
そして第三が、
そのホテルだから選ばれる力。
この三つ目を表すのが、今回のK-HC Indexです。
したがって、考え方を極めて単純化すれば、
K-HEGM 2.0 = 地域の引力 × 発見・理解される力 × K-HC Index
と整理できます。
さらに、
K-HC Index = D × P × U
です。
三つの層を掛け算として考えるのは、それぞれが互いに代替しきれないからです。
地域に十分な需要がなければ、どれほど魅力的なホテルでも市場には限界があります。ホテルが検索結果に出ず、立地や利用価値が理解されなければ、商品の魅力は旅行者に届きません。そして、旅行人数と客室商品が合わず、同人数で見た価格競争力もなく、代替も多ければ、そのホテルが積極的に選ばれる理由は弱くなります。今回の考え方は、従来のK-HEGMを否定するものではありません。むしろ、ホテルが持つ競争力を、旅行者の「人数」という需要単位まで掘り下げた、K-HEGM 2.0(Travel-Unit Extension)という位置付けです。「一室」ではなく「旅行単位」で見る。この考え方は、アパートメントホテルだけに当てはまるものではありません。東京のファミリールーム。京都の町家型宿泊施設。沖縄のコンドミニアム。温泉旅館の和室。リゾートのヴィラ。そして、一般的なビジネスホテル。すべて同じ考え方で見ることができます。
一人客が中心なら、一人客に合った商品が必要です。
二人旅行が多いなら、二人に合った客室が必要です。
家族や友人旅行が多いなら、3人、4人、5人がどのように泊まるのかを考える必要があります。
大切なのは、客室を先に見るのではなく、旅行者を先に見ることです。誰が来るのか。何人で来るのか。何のために来るのか。その人数で、どのような客室が必要なのか。その人たち全員が泊まるために総額でいくらかかるのか。同じ条件を満たせる客室が、市場にどれだけ存在するのか。
この順番で考えると、ホテルの商品設計、客室構成、改装計画、価格設定はかなり違って見えるはずです。
おわりに
ADR、RevPAR、客室稼働率は、これからもホテル経営に欠かせない指標です。
しかし、いずれも基本的には「一室」を中心とした指標です。一方、旅行者は一室という単位で旅をしているわけではありません。
一人で旅をする。
二人で旅をする。
家族で旅をする。
友人同士で旅をする。
需要側には、旅行単位(Travel Unit)があります。だからこそホテル市場を見るとき、「ADRはいくらか」だけではなく、「誰が、何人で泊まり、その全員が泊まるために総額でいくら必要なのか」を見る必要があります。そして、その旅行人数に客室商品が合っているか。同じ人数で比較した総宿泊費に競争力があるか。同じ商品を提供できる代替客室がどれだけあるか。この三つを見る。本稿で示したD、P、Uは、ホテル競争力を旅行単位から捉えるための概念指標です。
複数施設を対象とした予備分析では、収容人数が大きいこと自体ではなく、実際の旅行人数との適合が重要である可能性が示されています。
今後は、地域別の旅行人数分布、客室構成、同人数を収容する競合ホテルの総宿泊費、代替可能客室供給を組み合わせ、K-HC Indexの実証精度を高めていきたいと考えています。
収容力そのものではなく、需要との適合力が競争力を生む。
そして、ホテル市場の分析単位を、「一室」から「旅行単位」へ。
この視点の転換によって、これまで立地やブランドだけでは説明できなかったホテルの強さが、より明確に見えてくるのではないでしょうか。
株式会社日本ホテルアプレイザル代表取締役/株式会社サクラクオリティマネジメント代表取締役/一般社団法人宿泊施設関連協会副理事長 北村剛史




