北村氏
はじめに
先に提起したK-HEGM-Route(Kitamura Hotel Economic Gravity Model―Route Extension)は、ホテルと地域の関係を「重力」という考え方で捉え、旅行者がどの地域に引き寄せられ、どこに何泊するのかを整理するための実務モデルです。
地域の魅力が強く、ホテルに十分な競争力があり、受入能力が整い、交通経路も利用しやすければ、その地域には宿泊需要を引き寄せる力が生まれます。
しかし、インバウンド市場をより細かく見ていくと、それだけでは説明できない問題が存在します。
同じ都市の中にあり、立地や設備、サービスに大きな差がないホテルであっても、海外の旅行者から発見されやすいホテルと、候補に入りにくいホテルがあります。その差を生んでいるのが、主要海外OTA上での「地域の見え方」です。
現在、多くの訪日外国人旅行者は、Booking.com、Expedia、Agoda、Trip.comなどの主要海外OTAを利用して宿泊施設を検索しています。旅行者は、OTAが設計した検索画面、地図、駅名、観光地名、エリアフィルターを通じてホテルを比較します。つまり、地域やホテルが本来どれほど強い魅力を持っていても、OTA上で発見されなければ、宿泊候補にすら入りません。また、検索結果に表示されたとしても、そのホテルが「どこにあり、何に便利で、どのような滞在に適しているのか」が理解されなければ、選択には結びつきません。
そこで本稿では、K-HEGM-Routeを都市内、地域内、OTA検索画面というミクロの単位に拡張したK-HEGM-Route/Microを提起します。
このモデルが扱うのは、地域やホテルが本来持つ力そのものではありません。
その力が、海外OTAを通じて旅行者に発見され、理解され、実際の選択へ結びつくまでの過程です。
「地域の中のどこに泊まるか」を決める仕組み
K-HEGM-Routeが主として扱うのは、旅行者がどの都市や地域へ向かい、旅程の中で何泊を配分するのかという問題です。
一方、K-HEGM-Route/Microが扱うのは、旅行者がある都市や観光圏を訪れることを決めた後、その内部でどのエリアを選び、どのホテルを候補に入れるのかという問題です。
たとえば、旅行者が京都を訪れることを決めたとしても、京都駅周辺、祇園、四条河原町、二条、嵐山など、宿泊候補となるエリアは複数あります。しかし、海外の旅行者が、これらの地域の位置関係や特徴を最初から理解しているとは限りません。多くの場合、旅行者はOTA上で表示されるエリア名、駅名、観光地名、地図上の位置によって、それぞれのホテルを理解します。そのため、ホテルが現実の都市空間の中でどこに位置しているかだけでなく、OTA上で「どの地域のホテルとして見えているか」が重要になります。同じホテルであっても、あるOTAでは主要観光地の周辺施設として表示され、別のOTAでは広域の行政区に含まれ、さらに別のOTAでは駅周辺ホテルとして表示されることがあります。
つまり、海外OTAは単なる販売経路ではありません。
旅行者が地域を理解し、宿泊先を選ぶための「地域認識装置」でもあるのです。
本来の引力と、届く引力
K-HEGM-Route/Microでは、地域とホテルが本来持つ宿泊需要の吸引力を「本来の引力」と呼びます。
本来の引力は、次の四つの要素によって形成されます。
V_potential = A × G × H × R
V_potentialは、本来の引力です。
Aは地域の魅力度、Gはホテルの経済重力、Hは地域の受入能力、Rは経路の利用しやすさを表します。地域に観光資源があり、ホテルにブランド力や商品力があり、十分な客室供給と飲食、交通などの受入基盤が整い、主要な目的地からの移動もしやすければ、V_potentialは高くなります。
しかし、インバウンド市場では、本来の引力がそのまま予約需要になるわけではありません。
その力が海外OTA上で旅行者に届く必要があります。
そこで、旅行者に実際に届く宿泊引力を、次のように表します。
V_visible = V_potential × S
V_visibleは、海外OTA上で旅行者に届く引力です。
Sは、海外OTA上における見つかりやすさと理解されやすさを表します。
さらに、Sは次の二つに分けて捉えることができます。
S = F × C
Fは発見可能性です。検索結果、地図、駅名検索、観光地検索、エリアフィルターなどを通じて、ホテルが旅行者の目に入る可能性を表します。
Cは立地理解可能性です。
そのホテルがどこにあり、どこへ行くのに便利で、どのような滞在に向いているのかを、旅行者が理解できる程度を表します。
この考え方によれば、届く引力は次のように整理できます。
V_visible = A × G × H × R × F × C
どれほど魅力的な地域にあり、ホテルそのものの競争力が高くても、検索結果に出なければFは低くなります。
また、検索結果に表示されても、エリア名や立地の意味が分からなければCは低くなります。
インバウンド市場で選ばれるためには、見つかることと、正しく理解されることの両方が必要なのです。
OTA上のエリア区分が選択を変える
海外OTAでホテルを検索すると、旅行者は都市名だけでなく、駅名、観光地名、ランドマーク名、行政区名、OTA独自のエリアカテゴリーを使って宿泊施設を絞り込みます。問題は、このエリア区分が必ずしも、地域の実態やホテル側が伝えたい立地価値と一致していないことです。
あるホテルは、実際には著名観光地から徒歩圏にあるにもかかわらず、OTA上では広域の行政区に含まれているため、観光地周辺ホテルとして認識されないことがあります。
逆に、著名な観光地名と紐付けられることで発見されやすくなる一方、実際の距離や交通経路が十分に説明されず、旅行者の期待と現地体験にずれが生じることもあります。
また、同じホテルであっても、OTA、表示言語、利用市場、検索条件によって、異なるエリア名やランドマークと結びついて表示される可能性があります。したがって、重要なのは、主要OTAを一律に分類することではありません。
自ホテルが、それぞれのOTA上で「どの地域のホテルとして見えているのか」を、実際の旅行者画面で確認することです。
地域やホテルが現実に持つ価値と、OTA上で旅行者が受け取る地域像との間にずれがあれば、そこに未実現の宿泊需要が存在します。
Sを構成する四つの実務要素
海外OTA上での見つかりやすさと理解されやすさであるSは、実務上、四つの要素に分解できます。
第一は、エリアカテゴリーの粒度です。
ホテルが分類されているエリアが広すぎる場合、個々の立地の特徴が埋没します。反対に、細かすぎるエリア名で、旅行者に認知されていなければ、検索対象になりにくくなります。重要なのは、旅行者が理解でき、なおかつホテルの立地特性が伝わる適切な大きさで分類されていることです。
第二は、エリア名の識別容易性です。
地元ではよく知られた地名でも、海外の旅行者がその場所をイメージできるとは限りません。行政区名、町名、地元独自の呼称だけでは、立地の価値が伝わらないことがあります。一方、主要駅、有名観光地、世界的に認知されたランドマークなどは、旅行者が位置関係を理解する起点になりやすい傾向があります。
第三は、代表観光資源や交通拠点との紐付けです。
旅行者は通常、自分が訪れたい観光地や利用したい駅を起点にホテルを探します。したがって、自ホテルが主要観光地、駅、繁華街、国際会議場などとどのように結びついて表示されているかが重要です。単に「近い」と書くだけでは十分ではありません。徒歩、鉄道、バス、タクシーなど、具体的な移動方法と所要時間が理解できる必要があります。
第四は、フィルタリング到達性です。
旅行者は、エリア、価格、口コミ評価、客室タイプ、朝食、キャンセル条件、宿泊施設の種別など、複数の条件で検索結果を絞り込みます。最初の検索では表示されていても、条件を追加するたびに候補から外れてしまえば、最終的な選択には残りません。
どの検索条件で自ホテルが表示され、どの条件で消えるのかを確認することも、Sを評価する重要な作業です。これら四つの要素は、それぞれ独立しているのではなく、掛け算的に働きます。エリア名が分かりやすくても、地図上の表示位置がずれていれば、立地は正しく理解されません。観光地との距離が近くても、エリアフィルターで表示されなければ発見されません。検索結果に表示されても、説明文が抽象的であれば、旅行者は宿泊拠点としての価値を判断できません。
「引力ギャップ」という未実現価値
本来の引力と届く引力との差は、そのホテルや地域が持つ未実現価値を表します。
この差を「引力ギャップ」と呼びます。
引力ギャップ = V_potential − V_visible
または、
引力ギャップ = V_potential ×(1−S)
と表すことができます。
ホテルや地域が本来持つ力が強いほど、Sが低い場合に失われる価値も大きくなります。
観光資源に恵まれ、交通利便性も高く、ホテルの商品力も十分であるにもかかわらず、OTA上のエリア区分や立地説明が不適切であれば、本来得られたはずの予約機会を逃している可能性があります。
この引力ギャップは、建物の老朽化やブランド力の不足だけで生じるものではありません。ホテル名の表記揺れ、駅名の翻訳、地図座標、行政区名だけに依存した立地説明、観光地との関係が分かりにくい紹介文など、情報設計上の小さな問題によっても生まれます。一方で、こうした問題の多くは、大規模な設備投資を必要としません。正しい情報を、旅行者が理解できる形で、適切な場所に配置することで改善できます。
ホテルは「どこにあるか」ではなく「何のために選ばれるか」を伝える
OTA上の立地説明では、駅からの距離や観光地までの所要時間だけが記載されがちです。
しかし、旅行者が本当に知りたいのは、その場所に泊まることで、旅がどのように便利になり、どのような過ごし方が可能になるのかということです。たとえば、「駅から徒歩五分」という説明は、位置を示していますが、宿泊価値までは伝えていません。これを、「空港からの到着後、乗り換えなくホテルへ向かえる」 「朝の混雑前に主要観光地へ移動できる」 「夜遅くまで飲食を楽しんだ後も徒歩で戻れる」 「複数の観光エリアを巡る拠点として使える」と表現すれば、立地情報が滞在価値へ変わります。ホテルは、自らが地図上のどこにあるかを説明するだけでは不十分です。その場所が、旅行者の旅程の中でどのような役割を果たすのかを伝える必要があります。つまり、立地説明とは住所の説明ではありません。旅行者にとっての「利用目的の説明」なのです。
現場で明日から確認できること
K-HEGM-Route/Microは、複雑な数値計算を行わなければ利用できないモデルではありません。まずは、現場で主要海外OTAを実際に検索することから始められます。自ホテルが、どのエリアカテゴリーに分類されているかを確認します。そのエリア名が、海外の旅行者に理解できるものかを考えます。
主要駅、観光地、ランドマークとの位置関係が、物件説明の冒頭で明確に示されているかを点検します。地図上のピンが正しい位置に表示されているかを確認します。ホテル名、駅名、地名の外国語表記が、OTAごとに異なっていないかを調べます。競合ホテルが、どのエリア名やランドマークと結びついて表示されているかを比較します。また、検索条件を変えながら、自ホテルがどの段階まで候補に残るかを確認することも必要です。価格帯を絞った場合、評価点を指定した場合、駅周辺を選択した場合、特定の宿泊施設タイプを選んだ場合に、自ホテルが表示されるかどうかを点検します。さらに、予約が多い市場ごとに、表示言語を切り替えて確認することも重要です。同じ日本語の地名であっても、英語、中国語、韓国語などへの翻訳によって、旅行者が受け取る意味が変わる可能性があります。こうした作業は、OTA担当者だけの仕事ではありません。フロントスタッフ、予約担当者、セールス担当者、マーケティング担当者が、実際に旅行者の立場で検索し、自ホテルがどのように見えているかを共有することが重要です。
宿泊業界全体で地域名を育てる
一つのホテルだけが立地説明を改善しても、地域全体の認知が形成されなければ、効果には限界があります。同じ地域にあるホテル、旅館、飲食店、観光施設が、それぞれ異なる英語名や地域説明を使っていれば、旅行者の頭の中に一つの地域像が形成されません。地域名の表記を一定程度そろえ、代表的な交通拠点や観光資源との関係を共通の言葉で説明することが必要です。これは、各ホテルが同じ広告文を使うという意味ではありません。地域としての基本的な位置づけを共有したうえで、各施設が独自の価値を上乗せするということです。地域が何のために選ばれる場所なのか。どのような旅行者に向いているのか。どの観光地や交通拠点を結ぶ位置にあるのか。
これらを宿泊事業者が共通言語として持つことで、OTA上でも地域の意味が蓄積されていきます。
実務モデルとしての位置づけ
K-HEGM-Route/Microは、K-HEGM-Routeを否定するものではありません。
地域とホテルが本来持つ魅力、経済力、受入能力、交通経路を捉える枠組みは、そのまま有効です。
ミクロ分析版が加えるのは、その力が旅行者へ届くまでの間に、海外OTAという媒介者が存在するという視点です。
K-HEGM-Routeが、旅行者がどの地域へ向かい、何泊を配分するのかを捉えるモデルだとすれば、K-HEGM-Route/Microは、その地域の中でどのホテルが発見され、理解され、選択候補に残るのかを捉えるモデルです。
このモデルは、現時点で、S、F、Cの具体的な測定方法や、OTA、市場、言語ごとの重み付けが完全に確定した完成理論ではありません。
今後は、宿泊予約データ、OTA上の表示順位、検索条件、口コミ、地図閲覧、予約転換率などを用いて検証を重ねる必要があります。しかし、実務の現場では、すべてのデータが揃うまで待つことはできません。インバウンドの旅行者は、今日も海外OTAを使って宿泊施設を探しています。そのとき、自ホテルがどの地域のホテルとして表示され、旅行者に何が伝わっているのかを確認することは、明日からでも始められます。
おわりに
地域とホテルが本来持つ重力は、それだけではインバウンドの旅行者に届きません。
旅行者の検索画面に表示され、立地の意味が理解され、旅程の中で利用する価値が伝わって初めて、宿泊需要へ変わります。
ホテルがOTAに掲載されていることと、旅行者に発見されていることは同じではありません。発見されることと、正しく理解されることも同じではありません。本来の引力と、届く引力の間には、しばしば大きなギャップがあります。しかし、そのギャップを縮めるために、必ずしも大規模な投資が必要なわけではありません。OTA上のエリア区分を確認する。地図表示を点検する。駅や観光地との関係を具体的に伝える。外国語の地名表記を統一する。旅行者にとって、その地域へ泊まる意味を言語化する。こうした地道な作業によって、本来の引力は、届く引力へと変わっていきます。私たち宿泊業界の仕事は、地域の魅力を宿泊体験へ変換することだけではありません。その体験が、海外の旅行者に発見される場所に置かれ、正しく理解される状態をつくることも、重要な仕事です。
株式会社日本 ホテルアプレイザル代表取締役/株式会社サクラクオリティマネジメント代表取締役/一般社団法人宿泊施設関連協会副理事長 北村剛史




