私の視点 観光羅針盤
8月の日本は国民的行事が各地で開催される。広島と長崎の「原爆の日」における平和祈念式典、「終戦の日」の全国戦没者追悼式など、戦争の悲惨さと平和の大切さを実感する日々となる。一方「夏の甲子園」では高校球児が野球の聖地で栄冠をめざして熱戦を展開し、国民を引き付ける。
米国のベースボールが日本に伝来したのは1872年で後に「野球」と名付けられ、社会人や大学生が楽しんだが、やがて中等学校(現在の高校)に広まった。1915年に第1回全国中等学校優勝野球大会が豊中グランドで開催され、第3回から阪神電鉄所有の鳴尾球場に移ったが人気の高まりで大きな球場が必要になった。阪神電鉄は「東洋一の大球場」建設を決断し、1924年に阪神甲子園球場が完成。その功労者は三崎省三氏で1886年に19歳で米国に留学して電気工学を学び、帰国後に阪神電鉄で技師長として鉄道建設で活躍したが、留学中に野球の楽しさを知ったために大球場建設を決断した。
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