Trip.comは観光を通じて石川県・能登町の復興を支援する取り組みを始めた。その名も「Go, walk with Noto ~旅が復興支援になるHope Tourismプロジェクト~」。7月16~17日に社員130人が現地を訪れ、松波酒造でボランティア活動を行ったほか、松波酒造・ホテル日航金沢と連携した特別宿泊プランも7月27日に発売した。7月16日に能登町役場で、能登町長の吉田義法氏、松波酒造 若女将の金七聖子氏、ホテル日航金沢 宿泊本部長の岡島憲孝氏、Trip.com日本法人代表取締役社長の高田智之氏に話を聞いた。
プロジェクト始動の背景
Trip.comは7月22日、「Go, walk with Noto ~旅が復興支援になるHope Tourismプロジェクト~」を正式に発表した。能登半島地震から2年半が経過した現在も、地域では復旧・復興への取り組みが続いている。同プロジェクトは、「今、能登を訪れることが支援につながる」というメッセージを国内外へ発信し、旅行会社・宿泊施設・地域事業者が連携しながら地域経済の活性化と継続的な復興支援に取り組む新たな観光モデルの構築を目指すものだ。
プロジェクト立ち上げのきっかけを語ったのは、Trip.com日本法人代表取締役社長の高田智之氏だ。高田氏はもともと石川県とゆかりが深く、前職での営業活動をきっかけに能登各地を巡るうちに深く魅了されたという。
「私自身、震災発生直後から継続的に能登町へ現地支援やボランティアベース訪問等を実施してきました」と高田氏は語る。その活動を通じて、「復興はまだ道半ばであること」、そして「多くの地域事業者が能登へ足を運んでほしいと願っていること」を実感したことがプロジェクト始動につながった。
高田氏は2025年初頭から私費で8歳の娘を連れて能登に通い続けてきた。「東京から来る人間としてどういうふうに皆さんと接するのが正解なのかわからなかった」と率直に明かしながらも、現地でお会いする方々から「特別なことではなく、普段どおりに来てほしい」という言葉を繰り返し聞いたことが、このプロジェクトの核心的なメッセージになっているという。
社員130人が能登を訪問、松波酒造でボランティア活動

2026年7月16日から17日にかけて、Trip.com日本法人社長の高田智之氏と社員130名が石川県・能登町を訪問した。
復旧工事が進む和倉温泉街や被災施設を視察したほか、松波酒造で瓦礫の撤去およびサッカーコートの整備などのボランティア活動を実施。高田氏を含む13名のスタッフが松波酒造の敷地でガラスや陶器の破片を拾うなど、復興の現状や課題について理解を深めた。残りのスタッフは別エリアの見学に回り、少しでも関係人口を増やすための取り組みとして位置づけた。
本活動には報道関係者数名も同行して取材。能登町役場では、能登町長 吉田義法氏、松波酒造 若女将 金七聖子氏、ホテル日航金沢 宿泊本部長 岡島憲孝氏、Trip.com 高田智之氏が会見し、それぞれの立場から復興への歩みや「観光による復興支援」の意義について語った。

仮設店舗で再起、製造再建には「あと2年以上」

松波酒造の若女将 金七聖子氏
松波酒造の若女将、金七聖子氏は、震災と水害の二重被害を受けながら現在も前を向いて歩み続ける。
「建物は仮設店舗で今これができたから10%かなって感じで、全然酒蔵という状態ではない」と金七氏は語る。製造施設の再建はいまだ見通しが立っておらず、現在は他社の酒蔵を借りて酒造りを継続している状況だ。製造上の完全な再建には「あと2年は絶対かかる」という。
その背景には複合的な課題がある。敷地の横を流れる川の工事が来年11月に始まる予定で、その工事が完了しなければ井戸を掘ることも建物を建てることもできない。水源の確保が再建の前提条件となっているのだ。
酒米の予約も3年前から行う必要があり、製造体制の再構築には時間がかかる一方、物流面での制約も大きい。金沢には翌日届くAmazonの荷物も、この地域では発送から到着まで3日程度を要する。「物流の悪いところで物を作って外に出すのはいかに大変か。来てもらった方が早い」と金七氏は言う。
それでも、店舗は週3日の営業を続け、「ゼロの日は今まで1日もない」。県外からの来訪者が中心で、個人のファンが足を運んでくれているという。震災前は年間6,000人から1万人の団体客を受け入れていたが、団体ツアーはいまだほとんど戻っていない状況だ。
「ただここ草が生えた場所になる」、QRコードで記憶をつなぐ
金七氏が特に力を入れているのが、訪れた人に酒蔵の歴史と現在をつないで伝える取り組みだ。
「来店客が自分で前の姿を見れるような仕掛けをしたい」と金七氏。明治元年(1868年)以前から続く老舗酒蔵の歴史、試飲コーナーを設けた昔の店構え、冬の湯気が立ち上る製造風景、祭りの日の宴会風景——そうした映像や写真をQRコードで読み取れるボードを敷地内に設置する計画だ。
「昔はここはこうだったよと言ってみた方がいい。ここ見てもわからんから」と金七氏は言う。更地になった敷地を訪れた人が、ただ草の生えた空き地だと思ってしまわないよう、過去の姿をデジタルアーカイブとして見せることで、現在との違いを伝えやすくする。
「これが槽絞り(ふなしぼり)って酒絞るとかをする場所が奥にあったんですとか、そういう場所が奥にあったんですとか、それを知らないと、ただここ草生えた場所になる」と金七氏は強調する。
能登の蔵をつなぐプロジェクトを通じて全国19社の酒蔵から支援を受けたことも紹介した。地震発生直後の2024年1月1日の夜、体育館に避難している最中に仲間からの電話が通じ、「能登の先を止めるな」という活動が立ち上がった経緯も語られた。トヨタが大変になったから日産のラインで作るようなものだ、と金七氏は例えた。「普段からのお付き合いの酒蔵仲間はもちろん、初めての酒蔵さんまで助けますって言ってくれた」。
「変わらない魅力が今もある」、今だからこそ来てほしい
酒蔵見学の概念についても、金七氏は新たな見方を示す。
「酒蔵仲間から、製造所じゃなくて今やってるのを今しか見れないんで、逆にこんなんやったんですって聞いて、その辺歩いてもらって、お酒試飲して買って帰ってもらったら、それでも十分酒蔵見学として成り立つんじゃないのって言われた」という。製造現場ではなく、復興の過程そのものを体験してもらう価値。今この時期にしか見ることができない姿を、観光コンテンツとして再定義しようとしている。
「忘れられるのが一番つらい」と金七氏は率直に語る。「こういう場所になってしまったって大変ですねって言われるよりは、ちょっとずつ良くなってますねとか、変わっていくのを見に来てくれる人が来てくれるっていうことが、住民からするとすごく力になる」。
海外からの反応も生まれている。アメリカ・サンディエゴのレストランでは、SNSを通じて松波酒造の状況を知ったスタッフがバンドを連れてチャリティーイベントを開催し、松波酒造や石川県の酒蔵のお酒を使って支援の輪を広げた。「インスタグラムを見て応援したいって言って来てくれた。お客様というよりはわわって家族で来て楽しんでお酒飲んで帰るとか、そういうのがすごい励みになる」と金七氏は話す。
コロナ禍から継続してきたライブ配信も、ファンとのつながりを維持する手段として機能している。金曜夜7時から1時間、120回にわたって続けてきた配信が個人のファン層を厚くし、震災後も全国から来訪者を呼び込むハブとなっている。
ボランティアの受け入れについても、金七氏は率直に現状を伝える。「草刈りとゴミ拾いみたいな言い方はしたけど、多分想像してるのと違うかもしれない。瓦礫っていうのがうちの家のかけら、瓦とかガラスとか商品とか、あれを拾ってもらったら被災地ってさら地って言ったら綺麗な土地かと思われるけど、そうじゃないっていうのを知ってもらえれば」と語った。
能登町長「復旧は始まった段階、宿泊施設の整備が急務」

能登町役場で
能登町長の吉田義法氏は、震災後2年半の道のりを「今までの2年間はほとんど何もなくて、住まいの再建とか、そういったところも進めていく必要があったので、観光というのはもう程遠いかなと思っていた」と振り返る。
「ようやく今、復旧が始まったという状態」と吉田氏。観光に関しても、まずは元々宿泊施設として営業していた事業者が元に戻れるよう支援していく方針だという。地域の人口は震災前と比較して約4割減少しており、課題は深刻だ。
観光振興についての課題として吉田氏が強調したのが宿泊施設の不足だ。「のとには来てくれるが、泊まる場所はよそで、というところがあった。すごく残念に思っていた」と明かす。現在、同級生が経営する宿のオープンが近づいているほか、ホテルの誘致にも取り組んでいると語った。
「ぜひ一度能登に足を運び、変わらない食や自然、そして復興へ歩む今の姿をご覧いただきたい。訪れて、泊まって、食べて、地域の魅力を発信していただくことが、復興への大きな力になる」と吉田氏はメッセージを発した。
地元・県外の観光関係者へのメッセージとして吉田氏は「まずとりあえず能登に足を運んでください」と呼びかけた。「食べ物や飲み物はずっとおいしい。景色は一部変わってしまったところがあるが、こういったところも見たいという方はいる。復興の段階を見ていただけるように来ていただければ。そして完全に復活した時にももちろん来ていただければありがたい」と話した。
定住・移住の促進についても言及。能登町には定住協議会という団体があり、町と連携して取り組んでいる。「今後は実際に住む方だけでなく、旅行やボランティアなど、いろいろなところで交流できるような人口も増えていってほしい」と期待を示した。

能登町長 吉田義法氏

能登町役場エントランスホールの吹き抜け
ホテル日航金沢・岡島氏「人と人のつながりで生まれたプラン」
ホテル日航金沢 宿泊本部長の岡島憲孝氏は、金沢の観光動向について「石川県に訪れる客は、金沢の宿泊・観光がメインであるものの、能登があっての石川県の観光というふうに私たちも、お客様も捉えている。2泊3日、3泊4日で能登半島をぐるっと巡る方が非常に多かった」と振り返る。
地震後は宿泊客が減少し、現在回復傾向にあるものの「今多く来ているのは海外のお客様で、国内のお客さんが安心安全に昔の能登半島を訪問したいという段階にはまだ至っていない」という。
今回のプロジェクトについては「Trip.comさん、松波酒造さんとともに本取り組みに携われることを大変嬉しく思う。能登とのつながりはホテルとしても非常に深く、地域の皆さまと共に歩みながら復興を応援していきたい」とコメント。高田氏との旧来の関係性、ホテルのスタッフや前任総支配人の母親が松波出身であることなど、会社間の関係にとどまらない「人と人とのつながりで今回はこういう風なプランができた」と述べた。
7月7日には能登里山空港での運航が再開されたほか、和倉温泉を含む宿泊施設の開業も少しずつ進んでいると岡島氏は報告。「訪問できる意味のあるものがたくさん増えてきているので、それをどんどん発信していただいて、能登にもういけるんだな、という安心感で気軽にお越しいただける状況になっている」と語った。

ホテル日航金沢 宿泊本部長 岡島憲孝氏
松波酒造×ホテル日航金沢の特別宿泊プラン、7月27日から販売開始
「Hope Tourismプロジェクト」の一環として、Trip.comでは松波酒造とホテル日航金沢が連携した特別宿泊プランを販売する。販売開始日は2026年7月27日(月)から10月末頃まで。宿泊施設はホテル日航金沢で、料金は6万1,100円から(2名1室)。予約はTrip.com限定となる。
プランの内容は以下の通り。
- 客室:コンフォートツインルーム(高層階から金沢の街並みを一望できる、木の温もりを感じる洗練された空間とセパレートバストイレ付き)
- 食事:日本料理店「弁慶」で能登の食材を使用した「能登会席」(メニュー内容は季節や仕入れ状況により変動)
- 飲み物:松波酒造の個性を味わう3種飲み比べセット(大江山GO純米大吟醸、大江山復刻版純米吟醸、大江山大吟醸)
- 特典:先着20室限定で松波酒造の日本酒「大江山 純米吟醸 初しぼり」300mlを1室につき1本プレゼント
「まず来ること、SNSで今の能登を発信してほしい」

Trip.com日本法人社長の高田智之氏
高田氏は観光関係者や全国の旅行者に向けて、「観光は宿泊だけでなく、食事や買い物、地域で過ごす時間そのものが復興支援につながる。まずは気軽に能登を訪れ、SNSなどを通じて今の能登の魅力を発信していただくことが、交流人口・関係人口を増やし、地域の未来につながる」と呼びかける。
Trip.comのプラットフォーム上では、石川県を目的地とした旅行予約が前年比で増加傾向にある。香港・台湾では2倍、シンガポールでは2.7倍、マレーシアでは3倍、アメリカでも2倍の伸びを示しているという。一方、予約の約9割は金沢市が目的地であり、能登への来訪者数は絶対数でいまだ少ない状況だ。
高田氏はこの課題に対して、「まずは金沢に来るところまでは来ているので、そこから我々のサイトを通じて海外の方がそのまま能登の方に来てもらって、YouTubeないしはInstagramで何かの情報を見てそこに立ち寄ってみる。まずはそこに来る人口を少しでも増やすことができる」と語り、インバウンド需要を取り込みながら能登への回遊を促す戦略を示した。
酒蔵ツーリズムが外国人観光客の間で広まりを見せているという情報も会見で共有された。グローバルなプラットフォームを持つTrip.comにとって、その動向は能登への誘客においても可能性を秘めるものだという認識が参加者の間で共有された。
金七氏は県外で販売活動を行うたびに「今行けるんですか、大丈夫なんですか」と聞かれると話す。「大丈夫です、私もこうやって来ているし。古い情報で石器時代かよぐらいの意識で止まっている人もいる。情報は日々変わっていくので、常にアップデートしてほしい」と強調した。
「試しに来てもいいんです。ここまでいけるんだ、レンタカーもやってるんだとか、ガソリンスタンドはあるけどコンビニは早く閉まるんだとか、そういうのは来てみないとわからない。何が不便で何が便利かを来てみて知ってほしい」と金七氏は語る。

松波酒造の若女将 金七聖子氏
Trip.comは今後も能登の復興状況や地域の魅力を継続的に発信するとともに、地域事業者と連携した旅行商品の企画・販売や観光プロモーションを推進し、「旅することが復興支援につながる」という新たな観光モデルの普及を目指す。


【kankokeizai.com 編集長 江口英一】




