「なんとなく旅行しなかった」層の掘り起こしが急務 JRCが5テーマで観光戦略を提言


 じゃらんリサーチセンター(JRC)は、自治体観光担当職員などを対象とした「観光振興セミナー2026」を7月29日から9月7日まで全国9カ所で10回開催している。初回の7月29日は、関東・甲信越エリアの自治体を対象に東京・八重洲のリクルート本社で実施した。発表プログラムは、高橋佑司センター長による「愛着の連鎖が豊かな地域を創る~これからの観光のあり方~」、池内摩耶研究員による「国内編:日本人の最新国内旅行トレンド『じゃらん観光国内宿泊旅行調査2026』」、松本百加里研究員による「インバウンド編:訪日旅行の期待を読み解く『インバウンド都道府県ポジショニング調査2026』」、パネルディスカッション「JRCが考える、今地域に必要な観光戦略とは?」の4本立て。

 パネルディスカッションには、高橋センター長と松本研究員が登壇。森戸香奈子主席研究員が進行を務めた。その内容を紹介する。

テーマは参加者アンケートから選定。日本人市場の縮小から情報発信まで5本柱

 パネルディスカッションで取り上げたテーマは、事前の参加者アンケートで寄せられた意見と、JRCが日頃から意見を求められる問いを組み合わせて選んだ。「日本人の国内旅行市場」「オーバーツーリズム」「人手・人材不足」「住民視点の観光」「情報発信」の5テーマ。

国内旅行実施率、コロナ前水準に戻らず 若い男性の「なんとなく」が最大課題

 「じゃらん観光国内宿泊旅行調査」のデータによれば、国内宿泊旅行の実施率は2004年度の約65%から緩やかに低下し、新型コロナウイルス禍の2020年度には3割台まで落ち込んだ。その後回復傾向にあるものの、2025年度は48.9%にとどまり、コロナ前の水準には戻っていない。人口減少だけでなく、旅行に行く人の割合自体が下がっている構図だ。

 高橋センター長が「特に注目すべき」と指摘したのが、旅行に行かなかった理由の1位。「なんとなく旅行しないまま過ぎた」が25年度全体で26.2%と、「家計の制約で旅行にお金をかけられなかった」(26.2%)と並んで最多だ。

 「旅行に興味がなかった人を動かすのはハードルが高い。しかし『なんとなく』はもったいない」と高橋センター長は強調した。

 属性別では、18〜29歳男性の「なんとなく旅行しないまま過ぎた」が30.9%と全体平均を上回る。この層への対策が急務とされた。

 需要を動かす切り口として、高橋センター長は「動機」「プロセス」「環境」の3つを提示した。

 「動機」は行くための心理的正当化をつくること。記念日やお得感といった「行く言い訳」が心理的ブレーキを和らげる。「プロセス」は検討から予約までの手間を減らすこと。旅行に行きたいとは思っていても、調べて探した段階で止まってしまう人が多い。ここにAIが後押しの役割を果たせると指摘した。即時予約できる商品の拡充も重要な施策として挙げた。

「環境」については、「誘われるのを待っていたが誰にも誘われなかった」という層が約6割にのぼるデータを示し、地域や宿泊施設が再訪を促す仕掛けを街全体で設けることの重要性を訴えた。「おすすめ」を届ける仕組みが鍵だとした。

 商品造成については、地域資源の掘り起こしから商品化まで取り組んでいても、知らせる段階で止まってしまうケースが多いと問題提起した。SNSレコメンドやAI活用を含む継続的な広報・プロモーション、即時予約対応のOTA掲載、口コミを書きたくなる仕組みづくりをセットで進めることが必要だと述べた。

オーバーツーリズムは4タイプに分類。住民感情を「不安・不快・不利益」で段階把握

 松本研究員はオーバーツーリズムを地域特性に応じて「都市型」「リゾート型」「アイランド型」「自然型」の4種に分類して提示した。

 都市型はバルセロナ、アムステルダム、京都、鎌倉などが該当し、交通混雑とマナー問題が複合的に発生するため対策難易度が高い。リゾート型は軽井沢や湯布院などで、過度な開発による自然環境の悪化が問題になりやすい。アイランド型はヴェネツィア、西表島などアクセス手段が限られる地域で、独自の観光資源が失われるリスクが高い。自然型は富士山や屋久島、知床など自然遺産・国立公園で、訪問者のマナーによる生態系破壊が課題だ。

 オーバーツーリズムの深刻度を測る指標として、住民の感情を「不安」「不快」「不利益」の3段階で把握する手法も紹介した。「不安」は観光化が進む中で地域の風景や生活文化が失われることへの漠然とした懸念。「不快」はマナー違反など直接的な実害とまではならない小さな不快感。「不利益」は路線バスに乗れない、不動産価格が高騰して住めなくなるなど、住民生活に実害が生じる状態だ。段階に応じて自治体やDMOが取るべき対策は変わるとした。

 台東区での研究事例も共有された。浅草エリア周辺でオーバーツーリズムが集中している一方、観光客増加を「好ましくない」と感じる住民の割合は浅草エリア居住者で17.4%と、通勤通学時の混雑が不満につながっていることが分かった。可視化を起点に分散策を検討するプロセスが重要だとした。

 城崎温泉外湯めぐりの事例では、QRコードで入場管理を行い、外湯ごとの利用状況を公式サイト・各施設のサイネージ・観光案内所でリアルタイム共有している取り組みが紹介された。需要のアンバランスを可視化し、利用者が分散して動けるようにする仕組みだ。

 熱海観光局の平準化戦略も取り上げた。8月と3月、週末に宿泊需要が集中する現状を課題として設定し、月別に「来訪理由・泊まる理由」をテーマ設計し、ターゲットを月ごとに明確化して宿泊施設との連携プロモーションに結びつける戦略を進めている。さらに「花火のまち・熱海」として「350日手持ち花火が楽しめる街」をコンセプトにした「ATAMI NIGHT WALK」を展開し、花火大会当日だけに頼らない宿泊需要の平準化にもつなげている。4・5月実績では来訪者2,045名のうち平日964名・週末1,081名を記録した。

 宿泊事業者向け勉強会では、じゃらんの口コミデータをAIで分析し、宿ごとの強みや客層・課題に合わせた個社別の打ち手まで一気通貫でまとめる「AIロコミ診断書」を配布して活用している。

離職率25.1%の宿泊業。「今いる人を辞めさせないことが採用への近道」

 人手・人材不足について、森戸主席研究員は「今いる人を辞めさせないことが採用への近道だ」と提言した。

 令和6年雇用動向調査によれば、宿泊業・飲食サービス業の入職率は28.4%、離職率は25.1%。人の流動が大きく定着しづらい業界の実態が数字に表れている。

 人が辞めない・育つ職場をつくるための動機づけとして、「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」の2軸を示した。外発的動機づけは給与・待遇・キャリアパスなどの「条件」。ここでは属人的なサービスからの脱却、スキルの言語化と評価基準の設定、生産性向上を明確なステップアップと給与増として還元する仕組みが重要だとした。

 内発的動機づけはエドワード・デシとリチャード・ライアンの自己決定理論に基づき、「自律性」「有能感」「関係性」の3つの心理的ニーズを強化する考え方だ。自律性では現場への裁量付与やリーダーへの判断委任。有能感ではフィードバックによる肯定や褒め合いのカルチャー形成。関係性では宿泊施設を横断したサークル活動や地域の「同期」コミュニティづくりが効果的だとした。

 JRCが実施した「観光人材留学」の実証実験結果も紹介。オフシーズンの宿からオンシーズンの宿へ従業員を「交換留学」させる取り組みで、留学した従業員の満足度とコミットメントが大きく向上し、人手不足解消だけでなく経験値向上や視野の広がりといった効果も確認された。ホテルリニューアルに伴う休業期間中の従業員定着策としても応用可能だとした。

 シニア人材の活用も重点テーマとして取り上げた。働けるが働いていない50〜80代のシニアは推計2,200万人にのぼるとされる。採用成功のポイントとして「働く」から「関わる」へと意識を転換し、社会参加や生きがいを軸に役割を設計することが重要だとした。世代間摩擦を防ぐため、事前に役割期待を共有することも必要だと指摘。このノウハウは今年中に研究発表する予定だという。

ポーランドの住民参加型都市づくりを紹介。「同行者自慢割」の導入を提案

 住民視点の観光については、松本研究員が2026年6月に視察したポーランド・シュチェチンの事例を紹介した。

 シュチェチンは「Floating Garden 2050」を掲げ、水辺・緑地・公共空間を生かした持続可能な都市づくりを推進している。住民参加型予算の制度を設け、公園・自転車道・地域イベントなどについて住民が課題を見つけ、事業を提案し、投票を通じて実施内容を決める仕組みだ。さらにGDS-Indexに取り組み、住民満足度や観光への負担感、住民参加の状況を指標で毎年振り返る体制を整えている。実施して終わりにせず、振り返りと改善につなげることが重要だとした。

 GDS-Indexの考え方を参考にした指標例として、住民満足度(観光に肯定的な住民の割合)、観光への負担感(混雑・騒音・マナーへの不満度)、住民参加(観光まちづくりの対話参加者数)、意見反映(住民意見から改善された施策数)などを示した。

 高橋センター長は「同行者自慢割」の導入を提案した。住民が地元の観光資源を来訪者に自慢しながら自身も割引で楽しめる仕組みだ。国内外の既存事例として、沖縄県の首里城公園における県民限定年間パスポート価格、東京都墨田区の東京スカイツリー区民3割引、群馬県富岡市の富岡製糸場における市民同伴の市外客見学料無料(期間限定)、バルセロナのグエル公園市民無料制度、ヴェネツィアの入島税免除制度を挙げた。

 宿泊施設でも、リピーターが誰かを連れてきた場合の割引など、住民が地域資源を自慢できる仕組みをそれぞれが検討してほしいと呼びかけた。アイデアはアンケートで募集し、研究にも活用する方針だ。

AI時代の情報発信は「エンティティ統一」と「HP ブランディング」強化が鍵

 最後のテーマ「情報発信」で松本研究員は、AI時代に対応した情報発信として「情報統一とHPブランディングの強化」を提言した。

 まず現状把握の手段として、Google Analyticsの「トラフィック獲得」でAI流入数を確認する方法と、Google Search Consoleの「生成AI機能」レポートでGoogle検索の生成AI経由の表示回数を確認する方法を共有した。

 GEO(生成AIエンジン最適化)対策のヒントとして5つの施策を提示した。

 第1に「エンティティ統一」。地域名・施設名・住所・SNS名を公式サイト、SNS、Googleビジネスプロフィール、取材プロフィール、OTAで統一し、AIに「同じ存在」として認識させる。

 第2に「サイト構造化」。FAQ・アクセス・料金・営業時間を構造化し、AIが読みやすい公式情報にする。

 第3に「一次情報を出す」。混雑傾向・問い合わせ・口コミ・雨天代替など、現地でなければ分からない数字や事実・更新日・現場の声を掲載する。独自情報が選ばれる理由になる。

 第4に「外部言及を積む」。メディア・大学・観光事業者・プラットフォームなど信頼できる媒体から自社サイトへのリンクを獲得し、信頼ネットワークを広げる。

 第5に「計測ループ」。ChatGPT・Gemini・Claude・Perplexityなどで定期的に自地域の紹介状況をエゴサーチ的に確認し、不足している情報を追加・調整する運用体制を整える。
 
 「なんとなく闇雲に情報を並べただけのサイトはAIに使われない。ウェブサイトのポジションを明確に決めることが重要だ」(松本研究員)。AIをきっかけにこれまでの運用を見直す好機と位置づけた。

 「観光振興セミナー2026」は、7月31日の東海Meeting(名古屋)、8月3日の関西・北陸Meeting(大阪)、8月18日の沖縄Meeting(那覇)、8月20日の東北Meeting(仙台)、8月28日の北海道Meeting(オンライン)、9月1日の中国・四国Meeting(広島)、9月2日の九州Meeting(福岡)、9月7日の関東・甲信越Meeting(東京、2回目)と続く。参加費は無料。申し込みはじゃらんリサーチセンターのセミナー特設ページ(https://jrc.jalan.net/seminar/7667/)で受け付けている。各開催日の2日前が申し込み締め切り。

GDS-Indexフォーラムの詳細については、松本研究員が執筆した詳細記事(https://jrc.jalan.net/research/7999/)でも確認できる。

【kankokeizai.com 編集長 江口英一】

 
 

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