東急ホテルズ総料理長兼ザ・キャピトルホテル東急名誉総料理長の曽我部俊典氏(=写真左)と龍宮城スパホテル三日月洋食料理長の松崎亮輔氏(=写真右)
一般社団法人外食アレルギー対応協会と一般社団法人宿泊施設関連協会(JARC)は7月28日、無料セミナー「俺を料理に集中させろ!調理現場を変革するFOODTECH」を東京ミッドタウン八重洲セントラルタワーのRX Japanセミナールームで開催した。外食アレルギー対応協会の代表理事 田ヶ原絵里の進行で、東急ホテルズ総料理長兼ザ・キャピトルホテル東急名誉総料理長の曽我部俊典氏と龍宮城スパホテル三日月洋食料理長の松崎亮輔氏が対談を行った。
セミナーのテーマは「理想の調理現場の在り方」。発注・衛生管理・個別対応・労務という4つの課題を軸に、現場の総料理長たちが直面するリアルな実情と、テクノロジー活用への期待が率直に語られた。「包丁よりもマウスを握っている時間の方が長い」——事前打ち合わせでシェフが口にしたこの言葉が、セミナーのタイトル「俺を料理に集中させろ!」に込められた問題意識を端的に表していた。
セミナー開催の背景
外食アレルギー対応協会は、調理現場を中心に食の対応の効率化を追求する団体だ。年2回の合同研修、月1回のアレルギー対応ウェブテスト、資格試験など、実践的な取り組みを展開している。
今回のセミナーは、12月に開催予定のホスピタリティ業界向け展示会「ホスピタリティテックエキスポ」を主催するRX Japan合同会社、および一般社団法人宿泊施設関連協会との共催で実現。料理人が「包丁を握る本来の仕事」に専念できる環境をどう整備するか、という問いを中心に、現場とシステム提供者双方の視点から議論が深められた。
対談の前半では、株式会社リクルート ホットペッパーグルメ外食総研所長の田中直樹氏による基調講演として、消費者のデジタルツール利用状況に関するデータが紹介されたほか、アレルギー対応食品メーカーやITサービス各社によるプレゼンテーションが行われた。記事では、対談の核心部分である曽我部氏と松崎氏のディスカッションを詳報する。

外食アレルギー対応協会の代表理事 田ヶ原絵里氏(=写真右)、東急ホテルズ総料理長兼ザ・キャピトルホテル東急名誉総料理長の曽我部俊典氏(=写真左)、龍宮城スパホテル三日月洋食料理長の松崎亮輔氏(=写真中央)
「アナログ作業の精神的負担は深刻だった」——曽我部氏が語る40年のリアル

曽我部俊典氏は愛媛県の地方ホテルから料理人としてのキャリアをスタートさせ、28歳で名古屋東急ホテルに移籍。以降、渋谷セルリアンタワー東急ホテル、横浜の東急ホテルを経て、現在はザ・キャピトルホテル東急の総料理長を務めながら、昨年から東急ホテルズ全体の統括も担う立場にある。料理人歴40年超。
発注・衛生・個別対応・労務の4テーマについて、今もっとも大変なのはどれかと田ヶ原代表理事から問われた曽我部氏は、「全体を管理している今は労務と衛生」としながらも、現場で料理に向き合っていた頃のリアルをこう明かした。
「特別対応、特にアレルギーの個別対応に費やす時間はとても長かった。今のようなITシステムがなかった時代は、一つひとつ本当にアナログで対応していた。事故が起きたら大変だという緊張感の中で慎重に重ねてきたので、精神的な負担はかなり大きかった」
管理職・統括の立場になった今も、現場の管理職が個別対応に費やすエネルギーの大きさを肌で感じているという。「現場としては、今の個別対応の負担がかなり重いと実感している」と語った。
衛生管理については、入社当初は年1回、保健所での食品衛生勉強会があるだけだったと振り返る。だが管理職として現場のレストランを統括し始めてからは、本社からの通達帳票が増える一方で減ることはなく、手書きの記録管理が続いた。「何かを足したら何かを減らしてほしいと思うけれど、それはない。そこを合理化できないかと今もやっている最中だ」と打ち明けた。
教育の負担も深刻だ。キャピトルホテル東急では毎月、料飲部門の勉強会を実施しているが、取り上げるべきテーマは「追いつかないくらいある」という。食物アレルギー、ビーガン、ハラル、宗教食、職員衛生、ノロウイルス対策——それだけのテーマを、現場スタッフのアイドルタイム(休憩時間)を使って1時間、全員を集めて学ぶ体制をとっている。
「アイドルタイムは本来、休憩を取る時間だ。残業を減らしなさいという中で、かなりの負荷がかかっている。だからこそ、進んでいるITや各種ツールを使いながらいかに効率を落とすか。私たちは料理を作るのが本職だから、その時間を確保したい。それが現場の本音だ」
「発注は手がつけられない状態」——入社1年の料理長が直面する多重課題

松崎亮輔氏は、辻調理師専門学校を卒業後、フランスのリヨンでポール・ボキューズの研修を経験。母校での教員歴7年、グランハイアット東京六本木のメインキッチン、複数の飲食店での経験を経て、株式会社エスクリで10年間総料理長を務めた。現在は龍宮城スパホテル三日月に入社して1年。もともと和食スタッフのみだった環境に洋食部門を新設するため招かれた料理長だが、今は洋食料理長と購買部を兼務し、衛生・安全管理にも携わる。
「バイキングがメインなので、アレルギーの表記漏れがないようにすることの重要性は非常に高い」と松崎氏は語る。さらに宴会では100名規模のものも受けており、「その1割から2割が個別対応になると、現場にかかる労力は相当なものだ」と現状を率直に述べた。
前職では年間30万人の来客があり、披露宴1件あたり最大60名中20名がアレルギーによる個別対応を要するケースもあった。「調理は大変だが、結局出す側(ホールスタッフ)が出し間違いをするリスクを大きく抱えてしまう。そこが課題だ」と言う。
発注については「今は手がつけられない状態」と明かした。過発注・過在庫・在庫管理の不備が多発しているうえ、ホテルはシフト制のため発注担当者が休むと別の誰かが「在庫がない」と判断して発注をかけてしまう属人化が常態化している。1日最大1,600名の食事を朝・昼・夜3食提供するなかで、「現場の確認と発注数量の精度を上げていかないと、廃棄困難が非常に課題だ」と語った。
IT活用の注力点については「残業の抑制と、スキルの均等化」だと明言。特定の人物に残業が集中しないよう、スキルの差を踏まえながら現場と対話を続けているという。
一方で、情報過多という別の課題も浮かび上がった。「会社側はいろいろなシステムを入れる。でも調理場のスタッフが情報を消化し見切る時間が、そもそもない」と指摘。アイドルタイムにしか情報確認ができない現場では、会社から届く通知の取捨選択をする余裕もなく、重要な情報が見落とされる。「部署をまたぐ情報が一斉に届く状態では、調理に関わるものだけに絞って限定的に届けないと、スタッフ一人ひとりに落ちていかない。そこを変えないと本当にだめだ」と松崎氏は強調した。
「リスクヘッジはITで、私たちは料理する時間を」——理想の調理現場像

理想の調理現場の姿について問われた曽我部氏は、管理職の役割に言及しながら答えた。
「管理職である自分たちがいろいろなツールを使えるように整えて、安定を担保しながら、部下にはどうぞお料理を作ってください、という環境に持っていけるのがいい」
特にアレルギー対応については、宴会のように事前情報を把握できる場合と、レストランでその場で対応しなければならない場合とで、難しさの質が異なると語る。「レストランでは、お客様がいらっしゃってその場でアレルギーを申告される。一瞬のうちに外して考えるのはかなり難しい」と述べ、ITシステムの活用でリスクを減らす必要性を訴えた。
「現場が考えなくてもいいメニュー、つまり『これを作りなさい』という形に持っていくことが一番安全を確保できる。情報が多すぎて、それを消化できる状態に現場がない」
さらに、冷蔵庫の温度管理の自動化や、アレルギー情報の入力・アラートなど、ITが「気づく」役割を担う部分については「リスクヘッジはITでやりたい。その分、私たちは調理をする時間が取れる。それが理想の調理現場だ」と明確に語った。
教育体制については、曽我部氏は「講師をやる人間が一番勉強する」という考えのもと、管理職に担当を割り振って講師役を務めさせる方式をとっている。「外部講師も入れているが、どれだけ内容が浸透しているかを一番気にしている。ぶどまり(定着率)が低ければ、いくら良い話をしても時間の無駄だ」とし、テストを実施して定着度を測る試みも続けている。スマートフォンを活用した効率的な学習方法の導入も検討中だという。
アレルギー対応の追加料金、ハラル対応——現場が直面する境界線
会場からの質問では、アレルギー対応を無料で行うことへの限界と、追加料金設定の難しさについて議論が展開された。
三重県で旅館を運営する参加者からは、「60名中20名がアレルギー個別対応となると、本来は料金をいただくべきではないか。ただ、サービスの基礎をしっかり持っていないと請求もできない」という問いが投げかけられた。
松崎氏は、宴会でのアレルギー・好き嫌いのヒアリングについて、旅行代理店が介在するため正確な情報取得が困難だと説明。数ヶ月前から「9大アレルギーのみ無料で別のお料理を用意する。それ以外は1,000円いただく」という方針に変更したが、「好き嫌いによる要望は減らない。旅行代理店を挟んでいる以上、追いかける工数を考えるとまたやらざるを得ない形になってしまう」と課題を明かした。
曽我部氏も、現状として追加料金を取っているわけではないとしながら、「難しい対応については断っていい、と会社方針にはなっている。ただ、政治家や国家元首が利用するホテルだけに、断れないケースも現実にある」と打ち明けた。
ハラル対応については、「100%リスクなしとは言えない。コンタミネーション(混入)の可能性がある以上、それを理解してほしいと伝えている」と曽我部氏。一方で、アメリカから定期的に来日する40名の団体客への対応で印象的なエピソードも語られた。「日本のホテルには専用アレルギーキッチンがないので、コンタミネーションの可能性を伝えると、アメリカでは別のキッチンが当たり前だと言われた。だから日本でも、今後新しく施設を作る際にはそういった設計も考えないといけないのかな、と今実感している」と述べた。
田ヶ原代表理事は、ハラール認証取得に向けた動きについて、「国土交通省の資料では、認証取得よりも情報開示——ピクトグラムによる表示や原材料の明示——が優先事項として位置づけられている。まずは情報を開示することから考えていくのが実際的だ」との見解を紹介した。
調理スタッフのITスキルをキャリアパスに
対談の最後に田ヶ原代表理事が指摘したのは、調理現場におけるITスキルの評価制度という論点だ。
「ITサービスの導入が進む中、ExcelやPCが使えるスタッフに管理系業務が集中してしまうケースがある。料理人として入ったのに事務作業ばかりさせられる、でも料理をしていないと評価が上がらない、というジレンマを現場から聞いている。そういった方々が正しく評価され、キャリアを積んでいける仕組みを設計していく段階に差し掛かっている」
「包丁を握る力」と「マウスを握る力」——その両方が調理現場には求められるようになってきた今、評価制度のあり方を見直す必要性が現場から提起された形となった。
セミナーは16:30から18:00まで、リアル開催限定・参加無料で実施された。主催は一般社団法人外食アレルギー対応協会、共催はRX Japan合同会社および一般社団法人宿泊施設関連協会。
なお、RX Japan合同会社が主催するホスピタリティ業界向け展示会「ホスピタリティテックエキスポ」は12月、東京ビッグサイト近隣の「ダリア・H・メイクス」で開催予定。国内外約100社が出展し、今回紹介されたようなIT系サービスも多数展示される予定だという。
【kankokeizai.com 編集長 江口英一】




